第七話
「おあつまりの皆様こんばんは。随分な人数に歓迎されて、無類の喜びを感じて
いるよ」
鐘のなる音がなり終わると共に、あたしの知っている怪盗姿の玉子さん、いや
今は怪盗ステラが登場する。
上から見ていたあたしも気がつかないほど、それは闇から溶け出したように、
音も無く静かに現れた。
『なに!? 怪盗ステラは中年の男ではなかったのか!?』
ざわつく警官隊は何が起きたのか理解できずざわつく中、先ほど他の警官隊に
命令をしていた男が、不思議なことを言った。
館内の視線は、怪盗ステラに釘付けになった。
いや、館外にいるあたしも目が放せなかった。
「ほう、私の事を良く調べている。それはきっと、こんな顔だったのかな?」
ステラの髪の毛がするりと床に落ち、空いた左手で首から顔面にかけての皮を
ベリベリとはがしていく。
あたしは活動写真で見た、いくつもの顔を持つ泥棒の作品を思い出していた。
今まで玉子さんの顔だったものが床に落ち、その下からはまったく見ず知らず
の男の顔が現れた。
『怪盗ステラ!! 変装の達人とは聞いていたが女にまで化けるのか!! 何を
ボサっとしている! 奴を捕まえろ!!』
棒立ちになっていた他の警官隊がやっと我を取り戻して階段を駆け上がる。
頂上にたどり着くよりも早く、銀時計を胸ポケットにしまったステラの指の間
には小さなボールが3つ挟まっていた。
「銀時計は私のコレクションにさせてもらうよ。それでは、もう2度と逢うこと
はないだろう。さようなら、無能な警官隊諸君」
一番最初の警官隊が最上段までたどり着くと同時に、ステラが小さなボールを
床に叩きつける。
一瞬でステラの周囲と階段が真っ白な煙に包まれる。
(た、助けに行かなくて大丈夫かな!?)
天井で傍観者になっていたあたしもやっと我を取り戻した。
(怪盗ステラは玉子さん、でも、玉子さんの顔の下にはあたしの知らない中年の
男の顔が隠れていて……。ということは、あたしの知っている玉子さんも本当は
まったく知らない男の人……?)
我に戻ったまでは良かったけど、頭の中がまったく整理しきれていない。
助けに行こうと思っても、何をしたらいいのか、そもそも知らない人を助けに
行ったほうが良いのか。
そうこう考えていると、白い煙が薄らいでいた。
『怪盗ステラはまだすぐ近くにいるはずだ!! 館内をくまなく探せ!!』
もう一度、怪盗ステラが居た場所を見ると、そこには金髪と剥がされた顔の皮
が落ちているだけで、怪盗ステラの姿はどこにもなかった。
階段の下にはまだ沢山の警官隊がいて、1階には降りていないはずだから、2
階の小部屋のどこかに隠れているかもしれない。
「隊長! こっちの窓が開いています!!」
1人の警官が2階の奥を指差しているのが見えた。
『なに! 外は野次馬で囲まれているぞ! 逃げ込まれては探しきれん!』
あたしの記憶だと、さっきまで窓は開いていなかった……。と思う。
もし開いていたら、煙がそちらに流れていただろうし、あの警官だけ体格が小
柄なことも気になる。
『1班から3班まではこのまま館内で手がかりを探せ! 残りは俺について館外
を探すぞ!』
(あ、外に出てくるってことはここも離れなきゃ……)
美術館は汽車の線路が近くにあるのでそちら側ならひと気が少ない。
玉子さんの安否が気になるけど、1度町の外に出ないと警官隊に鉢合わせしそ
うだった。
急いで美術館の屋根から適当な木に飛び移って、美術館の外へと脱出する。
「おい、そこの女! 止まれ!」
後は帰るだけ。だと思った矢先に、後ろから男の声がした。
まさか、こんなに早く警官隊が外にまで来ているとは思わなかった。
「お前、怪しい奴だな。さては怪盗ステラの仲間だな!」
声は1人だけ。
だとしたら、走れば逃げきれる自信はある。
思わぬところでピンチになり焦る気持ちで、嫌な汗が出ていることがわかる。
「ふふふ。同業者ですけど、仲間ではありませんわね」
警官の姿から、玉子さんの声がする。
美術館の上から見た、顔の皮がはがれるシーンがもう一度目の前で再生され、
男の顔の下から玉子さんの顔が現れた。
「玉子さん! え!? なんで警官隊の服を!?」
「相変わらず声が大きいですわね。ここも安全ではないので、話はまた今度にし
ましょうか」
そう言って玉子さんも線路の向こうへ歩いていく。
よく見たら美術館で窓が開いているのを発見した警官だった。
「杏子さんは独自の逃走ルートが決まっているのですか? もし無ければ、ご自
宅まで送りますわよ?」
玉子さんが振り返って聞いてくる。
気がついたら、警官隊の服ももう脱ぎ捨てていて、怪盗ステラの衣装に着替え
ている。
満月まではいかないけど、大きな月を背景にした立ち姿がとても綺麗だ。
「送るってどういう……」
あたしが言い終わる前に車のエンジン音が近づいてきた。
一昨日の夜もきっとこうして車で帰ったのだと思う。
「じゃ、じゃあ、お願いしてもいいですか?」
「ええ、せっかく招待に応じて素敵なお返事も頂いたので、お見送りぐらいおや
すい御用ですわ」
玉子さんの変装は言うまでもなく、洗練されていて熟練のものだと分かった。
声も男の人っぽく出せて、新聞に載るだけの有名人だ!
「そうそう。お次はこの町の人気者のお手並みも拝見させてもらいたいですわね
ど・ろ・ぼ・う・さ・ん♪」
「へ……?」
聞き間違いであってほしかった。
たぶん玉子さんからの挑戦状だと受け取って間違いない。
半分からかっているんだと思うけど、少し期待もこめた眼差しであたしを見る
玉子さん……。
どうやら、次に何かする時には声をかける必要がありそうだ。
とりあえず、今は苦笑いを返す事しかできなかった。
お向かいさんは、世間で話題の大怪盗!?
警官隊すら華麗にあざむく変装技術に、あたしも驚かされるばかり。
桜の開花よりさきに、この町の話題は怪盗ステラで埋め尽くされるのでした。
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