第五話
「どうぞ。何も無い部屋ですけれど、適当に座ってもらって構いませんわ」
手を引かれるまま進んで、玉子さんの部屋へ案内される。
机と椅子のセットに、本棚とベッド。クローゼットがある辺り、イメージどお
りの洋風な部屋だった。
「お、お邪魔します」
お茶を用意しますわ。とすぐに部屋を出て行ってしまい、とりあえず入り口の
邪魔にならない所へ正座してみる。
そう言えば、友達の部屋ってもう何年も遊びに行っていない。
団子屋を手伝い始めてからは学校にも行かなくなってしまって、人の部屋に入
るのはどこか落ち着かない。
(玉子さんとあたしは、友達でいいのかな……?)
余計なことを考えてしまいなんだかそわそわしてしまう。
間もなく入り口のドアが開いて、玉子さんが帰ってきた。
「あら、そんな隅っこじゃなくて奥まで入ってくださいな」
お店で使っている紅茶のセットを片手に、クッションふたつを抱えていた。
「あ、どちらか持ちます!」
「では、クッションをお願いしますわ」
抱えていたクッションを受け取って部屋の真ん中に置く。
紅茶のポットからはほんのりと甘い香りがして、いつもお店で飲んでいるもの
とは少し違う気がした。
「香り付きのお茶はお店で使っていないので、うまくいれられたか自信がありま
せんけど」
そういって、真っ白なカップに琥珀色のお茶が注がれると、果物のような甘い
匂いが部屋に広がった。緑茶でもたまにあるフレバーティーの一種だと思う。
「レモンですか?」
「ご名答。なんだか緊張しているようでしたので、レモンバームのハーブティー
を選んでみましたわ」
一口飲んだだけで口の中いっぱいに広がる甘酸っぱい香り。体も少し温まって
きて、紅茶のおかげなのか、玉子さんの優しい声のおかげなのか、もやもやした
気持ちが薄らいでいた。
「やっと、調子を取り戻したようですわね。まぁ、昨日の今日ですし分からなく
もないですけれど」
玉子さんも紅茶を一口飲んで会話が始まる。
「さて、どこから話をしましょうか」
「あの、カナコさん」
「ふふ、ここでは玉子と呼んでもらって構いませんよ」
話が先に進まない……。
「で、では、玉子さん。昨日はなんで美術館に……?」
「そうですわね。先に聞いておきたいのですけれど、杏子さんがこの町で有名な
ねずみ小僧の生まれ変わりなのかしら?」
そんな風に名乗った覚えはないけど、あたしは町の困っている人のために、市
長の蔵からお金を拝借して配り歩いている。
その姿だけがいつの間にか一人歩きをはじめて名前が付いていた。
「名乗ってないですけど、そう呼ばれてます」
「意外ですわね。別にお金に困っているわけではないでしょうに」
「あたしは、市長が気まぐれで徴収する税金で困っている人のために動いていま
す。やっている事は悪いことだって自覚してますけど、毎日細々と生きている
人達からもむしり取るようなやり方に納得できないからです」
すぐ感情が高ぶってしまうのは性格だけど、つい熱くなってしまった。
玉子さんは、まっすぐこっちを見て話を聞いている。
「なるほど。理由はどうであれ、今度は私が答える番ですわね」
静かに受け止める。そんな印象だった。
玉子さんにはどう伝わったのだろうか。泥棒はどう見ても泥棒。軽蔑されてし
まったかもしれない。
「私が昨夜の美術館にいた理由ですが、少し気になる品物があってそれを確かめ
にいってましたの」
「気になる品物ですか?」
「ええ、私、各地の銀細工を専門に収集している、怪盗ステラと名乗っているも
のですわ」
「えっ! あの有名な怪盗ステラですか!?」
怪盗ステラ。この町の小さな新聞社でも取り上げるほどの有名人だ。
都心の大きな美術館から、地方の展示会にまで、予告状を出したら必ず手に入
れる神出鬼没の大泥棒。
見た目は、成人男性であったり、老婆の姿であったり、時には少女の場合もあ
り、年齢、性別の全てが謎に包まれたその人が、今あたしの目の前にいる。
「声が大きいですわ。今回の美術展で出展される銀時計に興味があったのですけ
ど、まだ到着していなくて無駄足になってしまいました」
それに、と続く言葉に違和感があって、全然意識が追いつかなかった。
「まさか、同業者に会うなんてどんなめぐり合わせなのかしら?」
昨夜の私の獲物。怪盗ステラ。同業者。
どう聞いても、玉子さんも泥棒だった。
玉子さん自身の口から現実を伝えられているのに、やっぱり信じられない。
「ずいぶんと驚いているようですけど、私のこと軽蔑していますか?」
淡々と話していたけど、その声色に変化が出ていることにやっと気がついた。
玉子さんも自分がどう見られているのか不安だったんだ。
「あの、正直な話、今でも玉子さんが泥棒だって信じられません。あたしからし
たら、泥棒しなくても手に入れられそうな……、そのお嬢様みたいな人だし。
なんなら、欲しいものも買えてしまうような」
「お嬢様……ですか。じい以外に久しくそう呼ばれましたわね。元ですわ。今は
カフェの看板娘をしながら、気にいった希少品を華麗に手に入れる、怪盗ステ
ラ。まぁ、そんな所ですわね」
初めて会ってからまだ間もないのに、やっぱり不思議な雰囲気の人だった。
秘密めいているというか、ちょっと普通と違ったというか。でも、どこか親し
みやすい優しい雰囲気とか。きっと、本心は悪い人ではないのだと思った。
「ところで、杏子さん。一つ訂正したいことがありますわ」
玉子さんの声の調子がいつも通りに戻った。
この空気があたしは心地よかった。言いたいことが言えるというか、思ったこ
とは黙っていられない。ちゃんと気持ちを伝えようとする真摯な態度。
「私は怪盗ですわ」
――こそこそと人様の家をあばく泥棒とは少し違いますわよ?
「はいー!?」
どこかハナタカにも聞こえる自信満々な言い方。
これが玉子さんお嬢様と思わせるもう一つの理由。
少しズレた発言というか、独特な持論があるというか。ピンポイントであたし
の神経を逆撫でする。
「それ! どういう意味ですか!!」
「何を怒っていますの? 私は予告状を出して、欲しいものがあるので取られた
なければ厳重に警備しなさい。と忠告していますわ。いつ、どこで、何をまで
書いているのに、隠しもしないなら持って行ってください。と、言っている様
なものです」
言っている事は分からなくもない。
だけど、あたしが怒っているのはそこではない。
たまに会話がかみ合わなくなるほど会話が飛躍する。
「言葉で説明するよりも見せた方が早いですわ。今夜は夜更かしせずに早く寝て
明日の号外新聞を楽しみにしていてくださいな?」
「それ、どういう……」
玉子さんは少し楽しそうだった。いや、少しじゃなないのかもしれない。
見せていないだけで、うっすらと口元からこぼれている笑みが、その内心を物
語っていた。
「あー、なんだか、緊張していたのが馬鹿らしくなりました。少し遅くなりまし
たけど、今日のおやつタイムにしましょうか?」
急にお腹もすいてきましたしトーストも用意しますわ。なんて鼻歌交じりに部
屋を出て行く玉子さん。
私は、現実的にも、会話的にも置いていかれてしまった……。
「行っちゃったよ……」
言われて見れば、もやもやした胸のつっかえも取れて、体が軽くなっていた。
あまりに急な展開に、さっきまで何に腹を立てていたのかすら、吹き飛んでし
まっていた。
たぶん。ううん、この後絶対。甘いお菓子に紅茶を飲んでしまったら、今日の
この不安だった気持ちも楽しい思い出になってしまうのだろうと思った。
明日の号外新聞を楽しみに。そう言った玉子さんの言葉も気になるけれど、そ
れ以上に今日この後、出てくるおやつタイムの主役が楽しみになっていた。
なんでもない。なんてもう言えないのはあたしだけ。
ライバル店の看板娘も泥棒で、なにやら美術館の展示品を狙っているみたい。
気温も上がってもう春の桜は開花目前、一緒に出回る号外新聞に乞うご期待!
毎週 火曜と金曜 午後三時 に投稿します。
よろしくお願いいたします。




