第四話
深夜の美術館での邂逅から、数時間後。
「ぅはぁ~~」
気の抜けたあくびが何度も出る。
ほんの少しの夜更かしのつもりだったのに、玉子さんと出会って、警備員に追
われて、町の外をぐるりと遠回りをして帰宅するはめになってしまった。
「玉子さん元気だなぁ」
美術館の外に出た後は、二人とも別々の方向に分かれて逃げた。
玉子さんもどこかに隠れたりしながら帰ったんだと思うけど、通りの向こうの
カフェでは玉子さんがいつも通りの笑顔で看板娘をしている。
一方あたしはと言うと……
「はふ~」
必死にあくびをかみ締めるけど、口から変な声がもれ出てしまう。
「あんちゃん、いつもより眠そうだねぇ。今日は朝からぽかぽかしてるから、
いいお昼寝日和だもんねぇ」
「あはは、ごめんなさい。お客さんがいるのに、あくびなんてしちゃって」
常連のおばあちゃんが、ニコニコしながら声をかけてくれる。
今はお仕事中なんだから、しっかり看板娘に集中しよう。
玉子さんには負けていられない。そう思って、もう一度カフェの方を見ると、
玉子さんもこちらを見ていて目が合った。
くすりと笑って手のひらだけ振って挨拶してくれたので、あたしも手を振り返
した。
昨日のことも気になるし、今日のおやつタイムの時に少し話を聞いてみよう。
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――カラララン
いつもと変わらないブリキのベルに、香ばしい焼き菓子と、コーヒーの香りが
迎えてくれる。
まだ、3時を過ぎて少ししか経っていないのに、今日のカフェはもうあまり人
が居なくなっていた。
「ごきげんよう。杏子さん」
「こ、こんにちはっ!」
いつもと変わらない看板娘姿の玉子さんが挨拶をしてくれたけど、あまりにも
いつも通り過ぎてなんだか反応に困ってしまった。
玉子さんは、昨日の事をどう思っているんだろう。
「ふふ。変な杏子さんですわね。いつもの元気はどこにいったんですの?」
元気がない。と言われて、やっぱりあたしだけが変に意識をし過ぎなのかと、
一瞬考えたけど……。
やっぱり昨日のことは普通じゃないっ!
「あの、玉子さ『カステイラ・カナコですわ』」
顔はニコニコしているのに、目がまったく笑っていなかった。
あたしが呼び間違えるのを予想していたと思うくらい、早く訂正される。
「あわわ……。カナコ……さん?」
「何を緊張していますの? 私に話があってきたのでしょう?」
「はいっ。あの、えっと、昨日の……」
「ちょっと待ってくださいな」
あたしの唇に玉子さんの人差し指が当てられる。柔らかくて真っ白な指で、も
しかしたら、マシュマロでできているんじゃないかと思う。
「店の中で話すことではないでしょう? ついてきてください」
言われてみるとごもっともだ。『夜のこと』を聞かれて困るのは、あたしだけ
ではないのだから。
玉子さんに手を引かれてカフェの奥に行くと、そこにはキッチンがあって、更
にその奥の扉から家の中に入れるようになっていた。
「パパ? 少し早いですけど、今日は部屋に戻りますわ。忙しくなったら呼んで
くださいな」
「おや? 今日は早いね。ああ、団子屋さんの。こんにちは」
キッチンでは玉子さんのお父さんと、昨日、車の運転をしてくれたお爺さんが
料理をしている最中だった。
あたしに気がつくと、やさしい笑顔で挨拶してくれた。
「後は、爺やと二人で大丈夫だよ。団子屋さん、ゆっくりしていってね」
この後、あたしと玉子さんが大事な話をすると知っているからか、ゆっくりし
ていってね。という言葉が引っかかる。
今後は毎週 火曜と金曜 午後三時 に投稿します。
よろしくお願いいたします。




