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三時の甘盗娘  作者: MTN(エムティーエヌ)
2/16

第二話

 お団子屋の朝は早い。

 仕込みも必要だし、お茶の準備や、お店の掃除もしなければいけない。

 なにより、祭事がある時は、お供え用の団子を別で作らなくてはいけない。


——ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……。


 最初の方は聞き取れなかったけれど、柱の掛け時計が7回ほど音を鳴らした気

がする。あたしの家の時計は、時刻に合わせて最大12回の鐘を打つので


「やばいっ!! 今何時!?」


 くるまっていた布団を蹴り飛ばし、体を勢いよく起こすと、


——ゴッ


と、鈍い音が頭の中へ響いた。


「っつ~~~~~」


 あたしの部屋は、屋根裏を少し改装した隠れ家のような作りになっている。

 昔は、物置として使われていたので天井はさほど高くなく、場所によっては屋

根を支える柱があるため、勢い良く体を起こせば当然頭をぶつけることになる。

 激しく痛むおでこを押さえながら、急いで着替えて一階の団子屋に降りる。


「ばっちゃゴメン! 寝坊しちゃった!!」


 店の奥にある厨房を覗くと、焼き団子の香ばしい匂いと、蒸しあがったばかり

の団子の甘い香り、ほんのり苦味のあるお茶の香りが混ざり合って、そこにいる

だけで食欲がそそられる。


「あんちゃん今日はよぉ寝とったね。声かけたんだけども、ぜーんぜん起きんから

 そっとしといたんだわ」


 お団子を串に刺しながら、白頭巾に割烹着を着たばっちゃが答えてくれた。


「ばあちゃんが甘やかすから、杏子がぐーたれるんですよ?」


「おやおや、お前も昔はよぉくさぼっとったでな」


 更に奥の方で釜戸の火を見ていたお母さんがこちらを見ずに、嫌味を言ってき

たけれど、ばっちゃは、カカカッと快活に笑い飛ばしてくれた。


「もう。杏子がいないとお店が開けられないんだから、しゃんとしなさいよね、

 看板娘?」


 なんて、心配半分、嫌味半分。


「お母さんもごめんね。すぐに準備するから!」


 まだ店の中に置いたままの、長いすと大風呂敷を持って家の外に出る。


「お待たせしました! 団子屋開店……、します……よ?」


 とびっきりの営業スマイルで家の外に飛び出したものの、お昼の待機列はそこ

になはく、朝の常連のおばあちゃんだけが待っていてくれた。


「あれ、なんで」


「あんちゃん、おはようね。今日はお寝坊さんかい?」


 あたしが寝坊したから、みんな帰っちゃった……?

 それにしても今日は人が少ない……。


「ごめんなさい、お布団がちょっと恋しくて……」


 不安で苦笑いになってしまったけれど誤魔化せたかな……。


「今日はお向かいさんに『かふぇー』ってのが出来たみたいで、みんな物珍しく

 て見物に行っちゃってるね」


 今更ながら落ち着いて辺りを見回してみると、道路を挟んでちょうど団子屋の

反対側に、人だかりができている。

 よくよく見てみると行列になっていて、その中には新聞屋の男もいる。


「なによあれ!」


 大きな声で驚くあたしに、新聞屋の男が気がついた。手を合わせて頭を下げる

姿は、今日はお仕事だから許して。と言いたげだった。


(次お店に来たら倍のお団子食べさせて、お代もらってやるんだから!)


 ふんっ。と息をならしてそっぽを向く私に、後ろ頭をかく新聞屋。


「おはよう杏子。今日はちょっと暇になりそうだね」


 通りの向こうから、お父さんが歩いてくる。


「なに言ってるの! お客さん取られちゃってるんだよ!」


「どこで何を食べるか決めるのはお客さんだよ。食べ比べてみてうちが良かった

と思ったら、またこっちに来てくれるさ」


 まくし立てるあたしに、お父さんは落ち着いた口調で答えた。


「さあ、お客さんを待たせているよ。早く準備を済ませてしまいなさい」


 予想外の出来事に、すっかり準備を忘れていた。ばっちゃも、お母さんもいつ

も通りで何だかあたしだけが、あたふたしてしまっている……。


「大丈夫だよ。可愛いあんちゃんに会いに来てるやからも多いんだから。なにも

 心配いらんよ」


 自分でも、元気が取り得だと胸を張っていえるのに。お客さんに心配されてい

 たら、元も子もない! 一抹の不安もないかと言うと、そうでもないけれど。


「ありがとう! 今日はお待たせしちゃったし、新しいお店も気になると思うけ

ど……。せっかくにうちに来てくれたんだから、お団子サービスしちゃうよ!」


 出来る限りのとびっきりの笑顔で、今日もお団子屋は元気に開店です。



************************************



「ふぅ。ちょっとは落ち着いたかな」


 開店の瞬間こそいつもより人が少なくて焦ったけれど、その後はいつも以上に

騒がしくて忙しい一日になった。

 いざ新しいお店にと人が集まっては、数時間待ちの長蛇の列に驚いてしまい、

団子屋で一服していく人たちで絶えず賑わった。


「あんちゃん今日はお疲れね。もうそろそろ材料がなくなるから、早いけど店じ

 まいにしようか」


 閉店までは、まだまだ時間があるけれど、確かに今日はいつも以上にお客さん

が沢山きてくれていた気がする。


「後は片しておくから、ちょっとお向かいさんで休憩しておいで」


 お小遣いだよ。と一円札を渡してくれた。


「ばっちゃ! お小遣い多すぎだよ!」


 それに、と続けて、


「あたしはばっちゃのお団子の方が良いよ!」


「そりゃ嬉しいねぇ。でも、この町では洋菓子なんて滅多に食えんからね」



 相手を知るのも大切な事さね。美味しかったら、ばっちゃにお土産買ってきて

ね。なんて、調子良く言いくるめられてしまい、仕方なく向かいのカフェに来て

しまった。


——カラララン


 木枠にガラスをはめ込んだ扉を開けると、ブリキのベルが鳴り響く。

 店の前まで漂ってきていた甘い香りが、扉を開けたとたんにいっそう強く飛び

出してくる。それは少し甘ったるいくらいの洋菓子特有な香ばしい匂いと、独特

な苦味のあるコーヒーの香りが混ざり合って、日本ではないどこかに来たような

感覚がした。

 午後3時を過ぎた頃から行列はなくなっていたけれど、店内はまだまだ満員で

賑わっている。


「いらっしゃ……。あら? お譲ちゃん、パパかママを探しにきたんですの?」


 店の中央で、飲み物をテーブルに出していた女の人がこちらに気が付いた。

 振袖と袴に真っ白なエプロン姿で、きっとこのカフェの店員さんなのかな。

 どうやらあたしの事を迷子だと思っているらしい。


「あたし、これでも今年16になるんですけど! 向かいの団子屋の杏子ってい

 います。ご挨拶ついでに試食にきました!」


 子供扱いされた事に腹が立ち、キッと相手を睨むように敵対心丸出しで言って

しまった。

 一瞬、店内の空気がとまったように静かになる。


「ああ、お向かいの——」


 カフェの店員さんは、あたしの目の前まで歩いてきた。思ったより高身長で、

少し見上げる感じになる。

 そして口の端を吊り上げて言った。


「古臭い団子屋ね」


 ブチっと、血管が切れる音がした。気がするだけでも十分だった。

 止まっていたお店の空気が一気に早送りになるように、ざわつき始める。


「うちのばっちゃの団子は日本で一番おいしいんだから! 古っちいのは認める

 けれど、昔ながらの親しみやすい良いお店だよ!」


 店だけじゃなくて、ばっちゃの事まで馬鹿にされた気がして。顔が熱くなる。


「あら。あの店はこの町以外にも支店があるのかしら?」


「ぐっ……」


 的確な反論に言葉が詰まる。今度は小ばかにする様な感じではなく、単純に疑

問を問いかけてくる感じだった。


「日本と言っても端から端までかなり広いですわ。もしかしたら、上には上がい

るかもしれないでしょう? 日本一と言うには早計ではなくて?」


 いくら元気が取り得でも、口より頭の回転の速さに完敗だった。


「なんだい、なんだい。お客さんとケンカかい?」


 私が言い返せないでいると、お店の奥から真っ白なエプロンコートを着た男の

人が出てきた。


「いいえ、お向かいの団子屋ですわ。うちの店に試食にきたんですって」


「それなら、大切なお客さんだろう? 入り口に立たせていないで、席にご案内

 しなさい」


「分かってますわよ。パパは早く次のお菓子を用意してくださいな」


「団子屋の娘さん、うちの玉子が失礼して悪かったね。ご馳走するから、好きな

ものを頼んでいってくれ」


 パパと呼ばれたエプロンコートの人は、あたしの目の前まで歩いてきて少しか

がんで目線を合わせて謝ってくれた。


「あの、あたしも大きな声だして……、ごめんなさい……」


 なんだか、毒気を抜かれたようにお店の空気も変わった。

 ざわついた店内は変わらないけれど、いつの間にか賑わい取り戻していた。


「パパ? 何度言ったら覚えてくれますの? 店に居る時は、『カステイラ・カ

ナコ』ですわ! いい加減、看板娘に慣れてくれませんと」


「ははは、すまないね玉子。お待ちのお客さんは、カステラと紅茶でよかったか

 な? すぐに準備するよ」


「『カステイラ・カナコ』ですわ!」


 言い合っているような、じゃれあっているような二人の会話は、聞いているだ

けで、親しい仲なのだと分かった。

 店員さんのお父さんらしい人は、一通り言いたいことを言い終えたら、また店

の奥に戻っていった。青い目をしているところや、ブロンドの髪はとても似てい

る。きっとこの姿もあって、私はこのお店に異国を感じたのかもしれない。


「まったくもう。私にも看板娘としてのプライドがありますのに」


 チラとこちらに青い瞳を向けて、せき払いを一つしてから店員さんが言った。


「さっきは言葉が悪かったですわ。昔ながらの。と言った意味で表現したかった

のですけど、適当な言葉が見あたらなかったもので」


 あたしが勝手に敵意を持っただけで、実は悪い人ではないかもしれない……。


「私、看板娘をしている、『カステイラ・カナコ』と申しますわ」


「でも、さっきの人は玉子って……『カ・ナ・コとお呼び下さいな?』」


 目が笑っていない玉子さんは、私の言葉に重ねて言った。

 本名は『数寺 玉子』と書いて、『かずでら たまこ』さんと読むらしい。家

族にすら強制するほどなので、あたしも郷に従った方が良さそうだ。


「試食と言ってましたわね。でしたら当店の看板娘が自信をもってお勧めする、

カステラと紅茶のセットいいかしら? もし紅茶を飲んだことがなければ、お砂

糖とミルクもありますけれど?」


「え、えっと、お任せします……!」


 一体どんな食べ物が出てくるのか想像も付かないけれど。あたしは、玉子さん

のお勧めセットを注文することにした。

 窓から差し込む夕日のオレンジと、お店のレトロな装飾が相まって本当に異国

に来た気分。ふかふかのソファに、ガラスのテーブル。印刷されたメニュー表。

 そのどれもがあたしの知らないもので、ちょっぴり大人になれた様な。

 そんな気分になれた。



 なんでもないような、のんびりした時間が流れるこの町で、今日はいきなりの

お祭り騒ぎにあたしは大慌て。

 日も傾いて、家路に着く人たちが行き交う大通りの桜はもう八分咲き。

 まだまだ始まったばかりの春の一日は、あっという間に過ぎて行くのでした。

毎週金曜 午後三時 に投稿します。よろしくお願いいたします。

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