第十一話
玉子さんに誘われて、町の外れにある神社でランチを楽しんでいたあたしは、
思いがけない一言で一瞬にして笑顔を失った。
「そうですわね。私もこの町に、こんなに長居するとは思っていませんでしたか
ら……。違った意味で驚きですわ」
他愛もない私の自分語りですけれど、最後まで聞いてもらえるかしら。
玉子さんが言う長居の理由が聞けると言うのなら、いくらだって何時間だって
聞ける。
「まずは私が、いえ怪盗ステラが希少品を集めていることから話しましょうか」
玉子さんは落ち着いた様子で紅茶を一口飲み、話し始めた。
「そもそも、怪盗ステラというものは、1人ではありませんの」
「はいーっ!?」
いきなり話が脱線した上に、怪盗ステラの真実にして、衝撃の事実を聞かされ
て声が大きくなる。
「まだ始まったばかりなのですから、静かに聴いていて下さいな」
「あ、す、すみません……」
怒る風でもなく、たしなめられてしまった。
「怪盗ステラという人物は、私の祖父にあたる人の遺産を集めていますの」
「遺産、ということはもう亡くなってしまったんですね……」
「ええ、手先の器用な職人を集めて、銀細工やアクセサリーなどを作って販売を
していたのですが、事業拡大に失敗……。まぁ、詐欺師に騙されてしまったと
言う方が正しいでしょうか」
たまに見せる玉子さんの悲しい顔。
そういえば、この前手に入れた銀時計を見ている時は、いつもこんな顔をして
いた気がする。
今更知ったのだけど、辛い過去を思い出していたんだ。
「大きな借金を抱えてしまい、手がけた希少な銀細工を奪われ、売られ。それで
も少しでも借金のかたになればと、沢山の作品を作り続けるうちに、過労で亡
くなってしまいましたわ」
「玉子さんはお祖父さんの事好きだったんですね」
「それはー……、どうでしょう。懐かしいという気持ちは残っていますが、物心
つく前の話でしたから、はっきりとは記憶にありませんわね」
余計なことを聞いてしまったかもしれない……。
影のある笑顔で答えてくれた玉子さんに申し訳ない。
「まあ、これはただの昔話。その後、共に仕事をしていた職人さん達が、祖父の
事を慕ってくれていたみたいで、いくつかの作品を取り返してくれたんです。
嬉しさ半分、情けなさ半分といった感じで、祖父の作品が思い入れのない人の
手元でくすぶるくらいなら、いっそ取り返しましょう。と、始まったのが、怪
盗ステラですわ」
「じゃあ、取り返していないものもあるんですか?」
「もちろんですわ。喜んで使ってくれている人もいれば、もう行き先の追えなく
なってしまったものもありますの。全国各地で暮らしている職人さん達から、
どこで見かけたと言った情報をもらっては、旅をしながら取り返しに行ってい
るのが今現在ですわ」
「ここの町に来たのも……」
「ええ、銀細工の展示会と聞いて、きっと縁のあるものが並ぶだろうと思って、
引っ越してきましたわ」
玉子さんはお祖父さんの遺産の情報をもらっては引越しを繰り返し、今回はた
またまこの町に来たという。
思った以上に長居したというのは、次の情報がなく行き先を決めかねてのこと
だった。
「ただの通り道だったはずのこの町も思った以上に居心地が良くて、これもまた
思いのほか気に入っていますの」
「あたしもこの町が大好きですよ! 嫌味な市長はいますけど、のんびりした空
気や、四季が楽しめる自然もあって、ちょっと遅れてですが、流行ものだって
チェックできますから!」
嫌味な市長に力が入ってしまったけど、あたしの中では一番自慢の町だった。
玉子さんは少し元気になってくれたみたいで、くすくすと笑ってくれている。
「杏子さんの町自慢が始まったら、ずっと話していそうですわね」
「ず、ずっとは話しませんよ! ちょっと長いくらいです!」
「本当ですか? でも、私が一番気に入っているのは、そんな杏子さんが居るこ
となんですよ?」
長い髪を耳にかけ、悪戯っぽく目を細めて笑う。
大人の女性の魅力と言えばいいのか、どきっとさせられる。
「な、なにを! 冗談はやめてくださいっ」
からかわれているのは一目で分かる。
頬を膨らませてにらみ返してみる。
「そんなに怒らないで下さいな。物心ついた頃には遺産集めの旅が始まっていた
ので、こうして冗談が言い合えるような仲の人は居なかったんですよ?」
そう言われると返す言葉が見つからない。
今まで一つの町に長く居ることがなかったから、友達も出来なかった。きっと
そう言いたいのだと思う。
「初めて会った時は、どうせすぐにこの町から出て行くのだから、まともに相手
をせず、利用できるところは利用しようなんて思ってましたのよ?」
「それは酷すぎますっ」
面と向かって言われると、真実でもちょっと涙が出てしまう。
「ですけど、話せば話すほど人懐っこくて、お人よしで、夜の美術館で奇跡的な
出会いがあった時は本当に驚きました。まさか、このお人よしが町で噂の泥棒
だったなんて。って」
誉められているような、けなされているような。
何とも言いがたい複雑な感情になる。
それでも楽しそうに話す玉子さんを見ていると、許してあげたくなる。
「それを言うなら、ちょっと意地悪だけど優しいお向かいさんが、有名な怪盗ス
テラだった事にも驚きです! しかも神出鬼没な大怪盗が、実は大切な家族の
思い出を取り返してるなんて、あたしのきまぐれ泥棒と違って目的があるのは
カッコいいじゃないですか!」
「そうそう。それですわ。私は、てっきり売れない団子の売り上げ補填に、泥棒
をしているのかと思っていたら、本当に町の人のためだけにお金を盗んで、ば
らまいて。この辺りの困っている人たちには、少し多めに用意していますし」
――そんな優しい心の持ち主に、私はいつしか惹かれていたのでしょうね
「な、な、な……」
顔が真っ赤になっているのが自分でもわかる。
顔が熱い。ここは涼しいはずなのに、真夏を越えるくらい暑さを感じる。
そんな優しく微笑み掛けられたら、心臓が爆発してしまう!
「私達は自分のために泥棒を働きますけど、杏子さんの誰かのために何かをする
精神は、悪いことをしているのにどこか誇らしくも思いますわ」
「も、もうその辺で勘弁してください! それ以上誉めても何も出ませんから」
「ふふ、悪戯が過ぎました。ごめんなさい?」
玉子さんは言いたいことを全て言った。と言わんばかりに紅茶を飲みほす。
あたしもいつの間にかカラカラになった喉を潤したくなって紅茶を飲む。
「では、そろそろ町に戻りましょうか。楽しいお茶会ができていい思い出になり
ましたわ」
いい思い出。この言葉に違和感を感じた。
まるでこの後居なくなってしまうような。これが最後とでも言いたげな口ぶり
でとっさに口から言葉がこぼれてしまった。
「玉子さん、次に行く町は決まっているんですか?」
「え? まだ何も決まっていませんわ。ママも都内で別のステラとして潜伏して
いますし、情報が入るまではここにいるつもりですわ」
広げた紅茶セットを片付けながら玉子さんは答えてくれた。
「それって、急に決まったりするんですか?」
「そうですわね。今日帰ったら決まっているかもしれませんし、明日なのか明後
日なのか。今まで一番長くて1ヶ月と少しでしょうか。どうしてそんな事を急
に聞いたんですの?」
「玉子さん、急にいなくなったりしませんよね?」
聞いてしまった。
いや、聞かなければいけない気がした。
あたしと玉子さんの関係が、もしお互いに思っているものと同じであれば、こ
れだけはハッキリさせておきたかった。
「……。どうしてそう思ったのですか?」
「玉子さん、ずっと友達らしい人が居ないって言ってました。それに、いい思い
出になった。って。もうこれから先がないみたいな言い方でした」
「そうですか。私、杏子さんの事は良き友だと思っていますし、そう思われてい
ると信じていますわ。でも、家族で決めて祖父の遺産を取り返すと決めていま
すの。次が決まればすぐにでも行くつもりですわ」
得た情報が嘘であろうと本当であろうと、そこで確認しなければまた見失って
しまう事が多い。怪盗ステラ達にとってはわずかな手がかりであっても、追わな
ければいけない理由があるのだ。
でも、それならば、なおさら言わなければいけない事ができた。
「玉子さん。あたしも友達多くないですし、えらそうな事は言えませんが、友達
と呼ぶには条件があります!」
「条件……? 杏子さんと友達であるために必要ですの?」
玉子さんの表情が曇る。
きっとこんな事を言われるのは初めてだろうし、もし怪盗として町を転々とす
る旅を続けるなら、これから先、一生言われる事がないかもしれない。
「ひとつ、あたしに黙って勝手に消えないこと! 友達なのにさよならも言わず
に居なくなるなんて絶対許しません!」
人差し指を立てて条件を出す。
「ふたつ、どんなに遠くに行ったとしても手紙くらいはください! 友達が元気
なのかどうか、会えないからこそ心配になります!」
中指も立ててふたつ目の条件。
「みっつ、友達だって言ってもらえてすごく嬉しかったです。これからも仲良く
してくださいね」
薬指も立てて、3つの条件を笑顔で出した。
玉子さんは両手で口を覆って、何かを堪えていた。
「いいですか。約束ですよ! 勝手に居なくなったら全力で探し出して、お団子
を口いっぱいに詰め込みますからね!」
玉子さんは、こくこくと何も言わずに頷いた。
同時に目じりにたまった涙もこぼれて、おもいっきり抱きしめられた。
あたしと玉子さんは、ただの友達以上に特別な秘密を共有する関係。
向かい合うお店の看板娘で、お互いの創作お菓子を批評し合って、時々泥棒で
お互いの特技を見せ合って……。
きっとそんな関係を、ライバルだって呼ぶんだろうな。
桜の季節は出会いと別れ。
どうかそのお別れが、まだまだ先でありますように。
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