第十話
久しぶりの鼠小僧の再来に、町中が深夜のお祭り騒ぎになった翌日。
市長の手下達が、血眼になって町中のお金をかき集める姿を見て、ほとんどの
住人達は外出を控えていた。
「はぁ、お客さん、全然こないよ……」
すれ違っただけでも『昨日の騒ぎでいくら拾ったんだ』なんて聞かれたら、外
に出る気もなくなってしまう。
今日はいつものおばあちゃんも店に来なくて、特等席の長いすは常時空席。
あたしは1人独占して朝からばっちゃのお団子を頬張っているのだった。
「杏子さん、看板娘ともあろう者がまるで中年の親父さながらではないですか!
いつでも笑顔でお客さんをお迎えする態勢を忘れてはいけませんわ!」
「あー、玉子さーん。おはようございまーす」
世の言う日曜日のお父さんさながら、長いすに横になって団子を食べている姿
を見られるとは一生の恥!
と言うわけでもなく、朝から大通りを歩く人もほとんどおらず、本当に人が居
ないとなっては、やる気もなくなってしまうというもの。
さすがに気を抜きすぎとも思うけど、気だるい体を起こして玉子さんを特等席
に招待する。
「どうですか、当店の早いもの勝ちの特等席をご利用になりますか?」
「切り替えの早い人ですわね。でも、少し話があってきたのでお邪魔しますわ」
玉子さんから話があると言われたのは、これで2度目。
真面目な話のときほど、あまり表情に出ないので何か大事な事を話しにきたの
だと思う。
「話ですか?」
「ええ。今日はうちのお店も客足が遠のいてしまって、少し時間ができたので、
町の少し外にでも出かけてみようかと思いまして」
客足が遠のいてしまった事には二人とも心当たりがありすぎる。
町の様子を見てもこれから賑わうといった風ではないと思う。
「さすがに今日は退屈ですよね。ばっちゃに出かけて良いか聞いてきますね」
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「う~ん~っ! やっぱりこっち側の空気はおいしいですね」
「ええ、昨夜もきましたけれど、気分転換に調度良い場所だと思いますわ」
大きく伸びをして胸いっぱいに美味しい空気を吸い込む。
玉子さんに誘われて町の西側にやってきたけど、ここは山の近くで畑もあって
と、昼間でもひんやりとした空気でとても居心地が良い。
「でも、なんでここに来たんですか? 玉子さんならもっとお洒落な所に行きそ
うなのに」
「私、この町のことをちゃんと見たことがなくて、昨日初めてここの事を知った
くらいで……。普段、出歩かないところでも、杏子さんなら案内してくれるか
と思いましたの」
玉子さんがこの町に興味を持ってくれてとても嬉しく思う。
中心部に比べたら少し寂しく感じるほど何もないけど、四季で表情が変わる山
や、透き通った川などの人の手が入っていない自然が沢山ある。
「そうそう。昨日、あの赤い鳥居も気になっていましたの。あそこは神社になる
のでしょうか?」
「そうですね。ばっちゃに頼まれてお供え用のお団子持って行ったりしますよ。
休憩できる場所もあって、参拝した人が一息ついてるのをよく見ます」
「なら、調度良かったですわ。サンドウィッチ作ってきましたから、そこでお昼
にしませんか?」
「おおっ。玉子さんの手作りですか! 楽しみです!」
さすが玉子さん。先をみて準備している所がちょっと怪盗っぽい。
神社は山のふもとを切り開いて作られているので、お年よりや、子連れのお母
さんも参拝しやすくなっている。
たしか巫女さんがいるのは知っているけど、神主らしき人は一度も見たことが
なかった。ばっちゃなら知っているかもしれない。
「ここの神社って、いつも不思議なくらいひんやりした空気なんですよねー」
「な、なんですの。怖がらせようとしてもそうはいきませんわよ」
神社の石段を上るとすぐに2基めの鳥居が立っている。
目の前の拝殿を右に曲がると、町を見下ろせる休憩所がある。
『あらあら~、団子屋さんじゃない? 今日はお供えもの頼んでいなかったと思
うけど。記憶違いかしら~?』
鳥居を抜けると、すぐに背後から気の抜けた声をかけられた。
玉子さんが小さく、ひぃっと悲鳴をあげたのは聞かなかったことにしておく。
「こんにちは。今日は新しく越してきた人に町案内してるんです」
振り向くと紅白の衣装を着た巫女さんがいた。
いつもの事であたしは慣れているけど、気がついたら音もなく背後に立ってい
る事が多く、どんなに意識していても気配が感じ取れない不思議な人だ。
語尾がのびたり、糸目でにこにこしている姿からは想像も出来ないほど、怒ら
せると怖い人という噂もある。
「まぁまぁ~、それはご苦労様ですね~? 休憩所もあるので、ゆっくりして
いってくださいね~?」
巫女さんがペコリと頭を下げると、玉子さんも慌てて頭を下げる。
その後は、御用があれば社務所にいるので声をかけてください。と言って、境
内の裏側へ歩いていった。
「なんだか、不思議な雰囲気をした人でしたわね。突然、背後に現れた時は、心
臓が止まるかとお思いましたわ」
「いつもこんな感じなんですよ。音もなくうしろにすぅっと現れるんです。しか
も鳥居をくぐってすぐに。」
どこかで監視している……。と言うわけでもなく、鳥居をくぐるまで辺りに人
気はまったくないのに、急に背後に立っている。
これを怖がってこなくなる人ももちろん多いけれど、慣れてしまえばどうって
事はない。
「つかみどころの無い所もどこか怪しいですわ」
「あたしは、優しくてふわふわした感じの人に思えますけど。きっと今日会った
ばかりだからそう思ったんですよ」
「そうでしょうか。また話す機会があれば、印象が変わるかもしれませんわね」
その後、お参りをして休憩所へ。
今日は誰もいなくて、切り株で出来たテーブルセットを独り占めできた。
「ここに越してきた頃は、桜もつぼみ程度でしたのに、あっという間に満開です
わね」
玉子さんがバスケットからサンドウィッチを出しながら、ぽつりと言った。
大通りにも沢山咲いているはずなのに、今言われるまで気にも留めなかった。
神社の休憩所からは、遠くの町の様子が見え大通りもうっすらと見える。
あたし達が住んでいる大通りには沢山の桜が満開になり、山を通り抜ける風に
吹かれて山頂の桜の花びらがひらひらと舞い落ちてくる。
「毎日が楽しい出来事だらけで、桜も楽しみにしていたはずなのに……、すっか
り忘れてました」
「さぁ、どうぞ召し上がれ。紅茶はおかわりもありますわ」
あっという間にランチの準備が整っていた。
真っ白なテーブルクロスまで引かれていて、高級レストランさながらだった。
「あたし、外でご飯食べるの初めてかもしれません」
「さっきお団子食べていたじゃありませんか」
「あ、あれは別です! ちゃんとしたご飯の話です!」
そう言われると、意外と色んな所で食べている気がする。
だけど、誰かと一緒にお昼ごはんを食べると言うことは今までなかった。
「あたし、玉子さんとあえて良かったです」
「な、なんですかいきなり! 恥ずかしいこと言わないで下さいっ」
玉子さんの顔が桜色に染まって顔をそらす
照れてる仕草は大人の雰囲気と違って可愛い。
「最初はお客さんが取られちゃう。と思ってすごく嫌な感じがしましたけど。で
もカステラも紅茶もとっても美味しくて、何よりカフェの雰囲気や玉子さんが
いるだけで、なんだか外国旅行にきたみたいな気分になれるんです」
「や、やめてくださいな。誉めたって何も出ませんわ」
「まだあるんですよー。夜の美術館で鉢合わせした時は、本当に心臓が爆発する
んじゃないかってくらいドキドキして」
出会ってまだ一ヶ月しか経っていないのに、沢山の思い出ができている事にも
驚く。
玉子さんとの思い出が次から次へと溢れてくる
「実は超がつく有名な怪盗ステラだったり、沢山の警官隊がいるのに泥棒を成功
させたり! あの変装技術は本当に羨ましいですし、華麗に脱出する作戦も憧
れます」
「杏子さん……、もう、ちょっと……。恥ずかしいのでその辺で」
気がついたら空のバスケットで顔を隠す玉子さん。
ありのままに思った事を言っただけだけど、相当恥ずかしかったみたいだ。
「えへへ。なんだかずっと一緒にいたみたいに色んな思い出があるんですけど、
まだほんの一ヶ月って所が驚きですよね」
「そうですわね。私もこの町に、こんなに長居するとは思っていませんでしたか
ら……。違った意味で驚きですわ」
耳を疑った。
あっと言う間に過ぎた一ヶ月だったけど、あたしと玉子さんではまったく感じ
方が違ったのだ。
「決心つきましたわ。杏子さんには、これから大事なお話をします。他愛もない
私の自分語りですけれど、最後まで聞いてもらえるかしら」
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