2 我が家の残念な長男
笹原尚紀。
建築関連という仕事柄ガタイのいい体格をしている笹原家の長男。筋骨隆々とした体と男らしい顔立ちで、スポーツや筋肉好きの女子から人気が高い。
「男らしくて素敵」
「あの腕に抱きしめられたい!」
とか前に言われたことあるけどさ。男らしい人が好きなら尚兄はやめといた方がいいよ、絶対。だってさ……。
「あ、裕ちゃん。おかえり~」
玄関を開けると同時に届いた黄色い声。ふわりと翻る長い金髪。美しい金糸に西陽が反射してとてもお綺麗でございます。
ところでオニイサマ、また新しいヅラ買ったんですか?
「……ただいま、尚兄」
これが理想と現実の差ってやつ。男らしい外見に反して本性は乙女。趣味は女装。一応職場では男らしく振舞っているみたいだけど、家の中だと大体こんな感じ。マッスルボディに反してそこまで日焼けしていないのは、日々の努力の賜物。毎朝塗りたくってるからね、日焼け止め。
「ねえ裕ちゃん。ちょっと用事があるんだけどぉ……」
そっと横を通り過ぎようとしたが、直前で尚兄は私の腕を掴んだ。どうしよう、嫌な予感しかしない。
「遠慮しときます」
「そう言わないでよ」
掴まれた腕が痛い。尚兄の顔は笑顔のはずなのに、それが余計に怖い。さすがはガテン系の眼力。オニイサマ、そんな顔してると折角のつやつやお肌に皺ができますよ?
「……なんでしょうか?」
余計な一言は心に留めて用件を聞いた。私が観念した事で、ようやく腕が解放される。尚兄の用事、大体予想はついてるんだけどね。願わくば気のせいであってください。
そして案の定、私の願いが神に届くことはなかった。
「実はね、今日の帰り道に服屋さんの前を通ったんだけど、そしたら見つけちゃったの。裕ちゃんに似合いそうな服!」
尚兄は廊下の隅に置いてあった、ショップの名前が書かれた紙袋を私に突き出してきた。尚兄、笹原五兄妹唯一の女である私にオシャレさせたがるんだよね。可愛い物大好きだから仕方ないんだけど。
でも男系家族の呪いのせいか、私は外見も中身もあまり女らしくない。服は兄達のおさがりばかりでボーイッシュだし、誰が好きだの恋バナしてるよりも、サッカーやバスケをしている方が楽しい。尚兄にして見ればそんな妹を心配しての事なのかもしれないけど、だからってフリルたっぷりの服を私が着ると本気で思っているのか?完璧に自分の趣味だよね?
「え、え~っと……」
差し出された紙袋を受け取らず、極力見ないように視線を外す。ここ最近尚兄の着せ替えごっこからずっと逃げていたから、そろそろ言い訳は通じないかもしれない。もう諦めるしかないか――そう思った時、階段の上の方から尚兄を呼ぶ声がした。この声は風兄だ。風兄、ナイスタイミング!
「尚兄、風兄が呼んでるよ。行かなくていいの?」
「そうね。風紀ったら何かしら。仕方ないわねぇ……」
尚兄は名残惜しそうに紙袋を見た後、「また今度ね」と言い残して去っていった。とりあえず嵐は通り過ぎたらしい。金髪のオニイサマが見えなくなった後、私は二階の風兄に向けて合掌した。
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