ユズ
俺は里奈の特別な存在になりたい。
でも、ここから一歩踏み出すと、今までとは全く違う風になってしまいそうで。
今までのように一緒に笑ったり、楽しく居れない気がして。
何というか…壊れたら嫌なんだよな。
だから、俺はこの思いは里奈に伝えない。
里奈が幸せで居てくれればそれでいい。
そう、優先すべきは全部里奈。
…なんて、かっこいいことを思ってみる。
でも、里奈の笑顔や笑い声、俺しか見たことがないであろう表情も。
俺が好きになった理由でさえ、全てが違う男のモノとなってしまう。
うん、それは嫌だなぁ。
…いやいや、俺はワガママかよ。と1人、心の中でツッコミをいれる。
いいな、里奈の彼氏になれたら毎日幸せだろうな。
そう思いながら里奈を見つめる。
すると里奈が俺に気付いたらしく、笑顔でやって来た。
…やっぱり可愛いわ。
そう思っていつものように頭を撫でてやる。
あ、やばい。癖って怖いな。
いつも何気なくしてるけど、もし違う男のモノになっちまうとできないのか。
俺は少し悲しくなった。
「もー、子ども扱いしないでよー。」
ぷうっと頬を膨らます里奈。
それを見て俺は指で頬をぷすっと指すと
「そんなつもりはねぇよ?悪かったって。」
「えー、じゃ、何か奢ってよ!そうしたら許してあげないこともないよ!」
えへへー。と笑いながら里奈が提案する。
まじかよ。今お金ピンチなのに。
というか、あれだけで奢らされるのか。
「なにがいいんだ?」
…とか思いつつも奢ってしまう。やっぱり俺は里奈に甘いな。
高いのはやめろよ、と付け加えて俺が言うと
「んーとねー…。じゃ、いつもの帰り道に新しくできたケーキ屋さん!
そこでなにか美味しそうなの食べて帰ろう!」
「わかったわかった。」
「やったー!ありがとー!」
嬉しそうに微笑む里奈。
俺は帰りが待ち遠しくなった。
……帰る時間になるまではとても長く感じられた。
すると遠くから、
「もー!遅いよー!」
とこっちに寄ってくる里奈の姿が見えた。
「悪い悪い、お待たせ。行こうか。」
「うん!」
「そう!ここ!新しくできたケーキ屋さん!」
里奈が言っているそのケーキ屋さんは、とても可愛らしい見た目だった。
外にまで甘い匂いが漂っていて、いかにも美味しそうだ。
「ね!入ろう!」
早く早く、と俺を急かすように手を引く里奈。
…そんなに急いでもケーキ屋は逃げねぇよ。
中に入ると更に甘い匂いが立ち込めた。
ショーケースを見ると、定番のショートケーキやチョコレートケーキ、
モンブランやチーズケーキなど、様々な種類のものがあった。
さて、里奈は一体何を食べるのやら。
「注文は?終わった?」
「うん!全部美味しそうだから迷っちゃうね!」
「そうだな。店の中で食べるだろ?」
「そうだよ!」
「じゃ、席に行こっか。」
店員さんに案内された席に移動し、ケーキとドリンクを持ってきてもらう。
…里奈の皿にはケーキが3種類も乗っていた。
「え、まじ?そんなにも食うの?」
「うん、いやぁ、美味しそうだったから…つい!」
つい!じゃねぇよ…俺の奢りだぞ…。
これは更にピンチになるな…うーん。
そんな事を思っていると
「やっぱり美味しいー!」
とフォークを咥えたまま幸せそうな顔をする里奈が見えた。
「…ふー、美味しかったー!」
「よくあんなに食べれるな…」
「あれくらい楽勝だよー!」
…俺には絶対無理だな。
「今日はありがとね!」
「本当だよ…まさか3つも奢らされることになるとは…。」
「まぁまぁ、美味しかったからいーじゃん!」
確かに美味しかった。でもそれとこれとは違う。
「あんなに食べると太るぞ?」
「ダ、ダイエットするもん!」
「そーかい、そーかい」
…ま、里奈の幸せそうな顔が見れたからいいか。
その後、2人で喋りながらゆっくり帰った。
最近の出来事とか、学校の話。
成績が危ないんだ、なんて俺が言うと
"今度見てあげようか?"って里奈が言う。
そういえば里奈って成績が良かったよな。羨ましい。
俺はそんな里奈の言葉に"ありがとな"って返した。
いつもの帰り道。その道の突き当たりをいつものように右に曲がる。
…すると、俺たちの目の前には眩しいくらいに真っ赤に染まった夕日があった。
そんな夕日はもうすぐ沈もうとしている。
「おー、綺麗だな…」
そう俺が言うと
「うん…凄い、綺麗。」
そして、俺たちはその夕日に向かって歩く。
すると突然、里奈が足を止めた。
「ん、里奈?どした?」
「ねぇ…私たち、別々に生まれてきてよかったね。」
…は?…どういう意味だ。
俺にはさっぱりわからなかった。
すると里奈は続けてこう言う。
「…出会えて良かった。」
これは、意味を聞いてもいいのか…。
そう迷っていると、里奈は振り返り、俺の額にデコピンを入れた。
「痛っ!な、なにすんだよ。」
俺はデコピンされた額を摩りながらを見つめる
「早く気付けよ、ばーか…。」
はぁー、と里奈が小さくため息をつく。
俺の額は、じんわりと熱をもった。
ユズの花言葉:「恋のため息」
リナリアの花言葉:「この恋に気付いて」
里奈はリナリアのリナから取りました。
里奈が「奢って!」と言ったり、3つもケーキを頼んだのは、
少しでも長く「好きな人と一緒に居たかった」からなのかもしれません。
…単に食いしん坊なのかもしれませんが。
お互いがお互いに片思いをしている。そんな物語でした。