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人は見た目が10割

「出来たぞ!」

博士は思わず興奮気味に叫んだ。長年の研究の成果が実りついに発明品が完成したのだ。

その発明品とは人の内面を見た目に反映させる装置であった。人の心の中の他人を思う気持ちや優しさといった感情を読み取ると顔面の筋肉に作用しその人の顔を美しく変化させる。反対に人の不幸を喜んだり嫉妬や攻撃的な精神状態、それにより生じる罪悪感はその形状を醜いものへと変えていく。そんな装置が腕にはめるだけで簡単に動作するのだ。「この装置で、人々は皆善人になりこの世は地上の楽園となるんだ!」


「いやぁ素晴らしい」

見知らぬ男が突然現れた。全身真黒な恰好でいかにも怪しい。この国の人間ではないようだ。狼狽する博士に対して男は余裕たっぷりに話し始めた。

「驚かせてしまって申し訳ない。私はA国から派遣された者です。我が国は以前から博士の研究に注目していました。」

「A国といえば大統領がその人気から法律を変えて再選し続けているような事実上独裁国家じゃないか。そんな国に用は無い!」博士はあくまで取り合わないように努めたが、A国の男は話し続ける。

「我が国ならばあなたの研究にお好きなだけ予算をつけますよ。それに国民に広くあなたの装置を行き渡らせることも可能だ。この国ではそんな事ゆるされないでしょう。予算だって雀の涙ほどだ」

痛いとこを付かれたと博士は思う。実際博士の実験が自分の国では倫理観に照らし合わせて広く受け入れられるとは考え辛かった。

結局博士は話に乗ることにした。


A国では始め装置はおもちゃとして売り出された。たちまち若者の間で特に女の子の間で流行り始めた。クラスの美人を鼻にかけた女子が装置で突然醜い姿に変わるのは、そんな彼女を忌々しく思っていた女子たちの喝采を浴びた。しかしその女子たちも同様に醜い姿に変わり、地味で存在感の薄かった女子が絶世の美女に変わるという現象が全国で起きた。女をとっかえひっかえにしていた男もたちどころに醜い姿になり果てて、誰からも相手にされなくなった。

テレビでタレントが使い始めるとその人気は爆発的なものになった。もちろん局側はある程度性格の良いタレントを事前に選んで問題のある者にはつけさせない事を徹底していたのだが。また直ぐに偽物の装置が出回りもともと顔の良いタレントたちはそれを取り付けて自分の性格の良さをアピールした。だが装置に通信能力があり相手の内面を数値化したデータを読み取る事が出来る事が明かされた。偽物であれば当然通信は出来ず、使っていたタレントたちはすぐにテレビから姿を消すこととなった。

ブームが進むにつれていじめが助長されるのではないかと危惧する声も上がったが、そんなことをすると自らの醜さを誇示することになる為、だれもが内面を磨く方向に進んだ。またそのような自己啓発的な指南書が飛ぶように売れだした。しかし問題が無いわけではなかった。次第に装置をつけない人間が白い眼で見られるようになってきたのである。後ろめたいことがあるからつけないのではないか。つけないという事はすなわち性格が悪いのではないか。そのような疑心暗鬼により装置の売り上げはますます広がっていった。

またある若い政治家が装置を腕につけて自身の内面の美しさを売りに選挙活動を始めた。焦ったベテラン政治家はすぐに政治家の装置の取り付けを禁じるように動いたが、若い政治家がトップ当選を果たすことでひそかに装置をつけて選挙活動を行う政治家が増えてきてしまった。

結局政治家グループ内でも内面を美しくするセミナーを開きなんとか装置をつけても醜くならないように必死に努力をする羽目になった。むろんそう簡単に内面など変わるはずもなく、政治家たちは本来であれば直ちに装置を発売禁止に追いやっていただろう。だが今回装置を広めようと暗躍しているのは相当上の方らしいという情報をつかみ、泣く泣く引退する者も後を絶たなかった。

正義を標榜していたメディアもコメンテーターやキャスターが次々と装置をつけては醜い姿となり、テレビでは装置を取り付けることを一切拒否し、視聴者の不信感を募らせるばかりであった。宗教団体は末端の美しい顔をしている者が多かったが立場の上の者ほど醜い顔をしていた為、信者はどんどん離れていった。

『装置をつけていない者は信用するな』いつしかそんな世論が出来上がってきた。

世の中の治安はよくなり犯罪件数も減る一方であった。刑務所も犯罪者が公正したかは装置を取り付ければ一目瞭然なので、懲役は事実上無効化され罪を改めないものは永遠に出れない始末であった。

若者たちは我先にと善行を行い少しでも見た目を向上させようと躍起になった。その結果若者が最もモラルのある行動を取るようになった。年齢を重ねるとそんな生活に疲れ十人並の容姿で構わないという境地で互いの見た目にも中身にも過度な期待をせずに結婚していく者が増えつつあった。そういう意味で結婚の実情はあまり変わらなかった。ただお見合い結婚が一気に増加し未婚率の減少に歯止めをかける事には成功した。


そんな中、A国の大統領がメディアに登場した。元々カリスマ性が強く国民から圧倒的な支持を受けていた大統領であったがテレビを通して国民の前で装置を取り付けた。すると本来の姿とほとんど変わらぬ美しい姿でいたのだ。大統領だけではないその側近や大臣たちも皆美しい姿であった。これにより大統領の支持はより熱狂的なものとなった。元々見た目が優れた人間は人々から崇拝されやすい。そこに内面の保証がされたのだから容姿の優れた人間への人気の集中は歯止めがかけられなくなっていった。


次々と集まる情報を前に博士は興奮しっぱなしであった。もちろん自らを戒める意味で装置を取り付けて欲に目がくらみ過ぎぬように気を付けていたが。だがデータを見て博士は何か気になることがあった。これだけ内面が分かりやすくなったのに殺人事件の未検挙は一定のまま下がっていないのだ。もちろん殺人事件などが0になるとは思っていなかった。だが明らかにその要望は醜くなり警察もすぐに検挙できるはずだと考えていた。過労死や自殺も相変わらず一定数はいた。いったいどういう事なのか。装置の研究にかまけていた博士は人間の心理の研究が十分でなかったのかと改めて研究を進めた。


「そうか……いやまさか……」

研究を重ねた博士はあることに気付いた。急いで装置を改良しなくては!人々が皆善人になることは良いことだ。良いことであるはずだった。だれもが心が綺麗でそれを疑う必要のない世界。それは素晴らしい世界だ。だがもしその中にまったく違う人間が潜んでいたら。みずからを善人だと信じて疑わない人間でありながら……だとしたらそれは……


「改良の必要はありませんよ」

気が付くとA国の男。博士をA国に連れてきた男が立ってた。この男も装置を取り付けて美しい姿をしていた。そして右手には拳銃が握られていた。

「まったく我々の美しい完璧な国にケチをつけないでくださいよ。」

罪悪感の全くない人間は善人だけではない、洗脳された人間そして……


精神病質(サイコパス )


この男が洗脳されているのか、はたまたサイコパスなのかはわからない。だがしかし……


次の瞬間。銃声が響いた。


博士はゆっくりと倒れた。消えゆく意識の中で博士は思う。ああなんてことだ。この国の大統領は少なくともサイコパスだったんだ。他にも経営者や殺人鬼の中にもサイコパスが潜んでいる。奴らはその美しい要望で疑いを知らぬ人間を洗脳し、殺して回っているんだ。わたしは地上の楽園を作ろうとして結局サイコパスの楽園を作ってしまったのか。


そして博士は絶命した。

自分の作った装置への罪悪感と絶望感にまみれて息絶えたその姿は酷く醜かった。


2015.09.08

ホッとするようなショートショートも書けるようになりたいです。

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