悪夢売ります
毎晩眠るのが憂鬱だった。
悪夢ばかり見るのだ。
牛の皮をかぶった大男に追いかけ回される夢。
ベッドの周りを仮面の男が踊り狂い、怯えて布団から出ることができない夢。
身体中から汗が噴き出したかと思うと、それがすべて血だった夢。
どれも最悪で、起きるとぐったりして全然疲れが取れない。
もう半年近く続くので、いい加減ノイローゼになりそうだと
久しぶりに飲みに行った友人に愚痴った。
「しかしその夢、まるでホラー映画か小説のようだな」
友人ののんきな感想に苦笑していたが、ならばいっそ
小説として投稿してみようと思い立った。
ネットには小説を投稿するサイトがいくつもあり、
試しに見た悪夢を書いて送ってみた。
たいした反応もなかったが、悪夢を毎日文章にして投稿するのは
少しだけ悪夢疲れを癒す効果があったようで、いつのまにか
投稿が習慣となっていた。
『ホラー小説好きなのでいつも楽しく読んでいます』
『なかなか怖い』
『毎日アイデアが尽きないなんてすごいですね』
少しずつ感想がもらえるようになった。
しかしアイデアもなにも、私はただ寝て見た夢の内容を
書いているだけなのだ。
するとある日、昨日の続きの夢を見るようになった。
(続きものになったのか?)
毎晩、毎晩続く悪夢は長大なストーリーとなり、
ひと月近くかけて完結した。不思議とストーリーには山場があり、話はちゃんと終わっていた。
⸻
「あなたの小説を書籍化しませんか?」
大手出版社の編集者から声をかけられて、私はホラー小説家として
デビューした。
相変わらず悪夢には苦しめられたが、短編、長編と次々に
書けるのは助かった。常に新しいホラーで、同じネタやマンネリは
まったくなかった。
小説は映画化、ドラマ化、アニメ化され、私は有名作家となった。
締切を何本も抱え忙しい日々を過ごしていたが、睡眠だけは確保を
忘れなかった。当たり前だが。
映画の評判も上々で、ハリウッドでのリメイクも決まった。
それだけではない。大手出版社が私と専属契約を結びたいと
言ってきたのだ。1年に1冊長編を書く契約だ。
破格の契約金に思わず手が震えた。
しかし幸福は続かなかった。
心のどこかで恐れていた事態が起きたのだ。
──夢を見なくなった。
自分でアイデアを考えても何も出てこない。
そもそも私はホラーが苦手なのだ。
しかし締め切りはどんどんやってくる。
無理やり書いたホラー小説は怖くもなんともない
頓珍漢な出来だった。
「最近つまらなくなった」
「スランプか?」
「才能が枯れたんだ」
そんな声が次第に聞こえてきた。
あまりの書けなさっぷりに、編集者も焦っているのが伝わる。
このままでは大手出版社から違約金を請求されるかもしれない。
私は追い詰められていた。
最近忙しくて眠りが浅いのがいけないんだ。
もっと深い眠りに入れば、素晴らしいアイデアが浮かぶに違いない。
深い眠り……
……あの車にぶつかれば、深い眠りにつけるのではないだろうか。
そんな考えが浮かび、私はフラフラと道路に飛び出した。
⸻
また悪夢を見た。
私が悪夢をネタに小説家になって成功するが、
突然悪夢を見なくなって苦しむ夢だ。
今日の悪夢は随分長大だった。
リアルな夢だったが、自分が小説家になるなんてありえない。
悪夢を見なくなるなら、それで良いじゃないか。
起き上がろうとすると、体に激痛が走った。
そういえば、ここはどこなのだろう?
身体にたくさんのチューブがつながれている。
「ああ、先生! 目が覚めましたか!」
周りを見回すと、出版関係者が大勢で私を見守っていた。
後ろの方に、牛の皮をかぶった大男が立っている。
ベッドの周りを仮面の男たちが踊り狂っている。
全身の毛穴から、汗が噴き出した。
それは、真っ赤だった。
完
2025.12.04
最後まで読んで頂きありがとうございます。




