クレーマーコンフィデンシャル
年老いた両親に頼まれて実家の整理をしていると古い機械が出てきた。
「これなに?」
「懐かしいわね、これテレビよ」
おぼろげな記憶だが幼いころに見たことがある。あのテレビか。
懐かしさからテレビをつけてみた。まだ放送はしているのだろうか?
『なんとこの美顔器が今なら――』
いきなり商品の紹介番組が始まった。
他のチャンネルも大昔のドラマや映画やバラエティの再放送ばかりやっているようだ。両親は懐かしいと言っていたが、どれもネット配信で見られるものばかりだ。
すぐに飽きてしまいテレビを消そうとしたところ、
『この番組は現在の表現としては正しくありませんが、当時の世相を反映してそのまま放送しております』
という文言が気になった。
この番組、見たことあるぞ。
幼いころに、その内容が科学的に問題があり放送中止になった健康番組だった。
これは当時から問題になっていたのだから、そのまま放送するのはまずいのでは?
今ではAIを使ってSNS経由で簡単に問題点を指摘できる。
何の気なしにそのことをテレビ局に送ってみた。
すると10分もしないうちに、緊急特番が始まった。
『先ほどの「大健康大辞典」の放送内容に、当時としても間違った内容を再放送してしまいました。誠に申し訳ありません。ご指摘いただいた風の風雲児さまに感謝申し上げます』
自分でテキトーにつけた名前である“風の風雲児”が呼ばれてドキリとした。
こんなにすぐに反映されるなんて。
すると自分のSNSから通知が来た。
『すばらしいクレームでした。当時のルールでとことわりを入れている番組にさらにツッコミを入れるなんて高度な技術です。ぜひ当倶楽部へのご入会をご検討ください』
末尾には“日本クレーム振興会”とあった。
話はとんとん拍子に進んだ。
Webミーティングがあるから試しに参加してみるとよいと、倶楽部リーダーだという男から連絡があったのだ。
そこには驚くべき光景が広がっていた。
クレーマーたちが一堂に会して、今月のテレビへのクレーム数とその受理された数を競い合っていたのだ。
「あのタレントが『役不足』という言葉を間違えて使った。クレームだ」
「あの女優の言う『頼りがいのある男性』という言葉はジェンダーロールの押し付け発言だ」
「アナウンサーの寝癖が」
そんな中で自分のクレームは質が高かったらしく、すぐに謝罪番組が放送されたのも快挙だったようだ。
倶楽部のWeb会議には60人以上の人間がいたが、彼らから一斉に称賛された。初めての経験だった。照れくさいような、誇らしいような気持ちが忘れられなくなった。
その日から私はテレビを観るようになった。
難癖のようなクレームではいけない。
歴史認識のミスや、評論家の論理的矛盾、放送データのミス。
そういったものを見つけると、まるで宝物を見つけたような高揚感に包まれる。夜も眠らず、仕事中もテレビのことばかり考えてしまう。
みんなが私のクレーム投稿を待っている。
皆が私を慕っている。こんな経験は初めてだった。
リーダーから言われるまでもなく勧誘活動も積極的に行い、いつしか組織は大きくなっていった。
私は一目置かれる存在なのだ。
だが栄華は長くは続かなかった。
あるメンバーの入れたクレームが冤罪であった。
あるタレントが不倫しているにもかかわらずテレビに出ていることを非難したのだが、それは人違いであったのだ。運悪くテレビ側も確認を十分にせずに謝罪しタレントを降板させており、事実が発覚したのはタレントが大炎上した後であった。
そして我々の倶楽部にクレームが殺到した。
大きな組織はそれだけでクレーマーに狙われる。よくわかっていることだ。
もともと自分たちは正しいと信じていた倶楽部の会員たちは、自分たちにクレームが来ることに耐えられず、次々と脱退していった。脱退してわが倶楽部を批判する者もいた。
私自身も憔悴していたところに、リーダーの男が告げた。
「これからある会議がある。君も参加してくれ」
連れていかれた会議室にはなんと、各テレビ局のお偉方がいた。
「今回は災難でしたね」
一人の男が言った。
「今後はこちらをご利用ください」
隣の者が資料を差し出した。
「こ、これは?」
そこには今月放送予定の番組のリスト。さらに各番組のクレームポイントが詳細に記載されていた。
「なんですか?これは?なぜクレームを入れる場所まで書いてあるのです?」
「これなら間違えてクレームを入れてしまう心配はありません。心置きなくクレームを入れられますよ。もちろん会員の皆さんには秘密にしてください。やりがいを奪ってしまいますから」
確かにこのリストがあれば、間違いクレームを入れる心配はなくなる。
「あなた方の倶楽部をつぶしてしまうのは、我々も惜しいのです。今テレビの視聴率を支えているのは、あなたたちクレーマーだけなんですから」
完
2025.12.02
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