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愛の惑星

(またフラれた)

男はトボトボと家路についた。


優しすぎる。

積極性がない。

優柔不断。

話がつまらない。

男を感じない。


理由はいくらでもあるが、モテないという事実は変わらない。

ふと壁を見ると、

「愛ゆえに、人は苦しみ、愛ゆえに人は生きる」

という文句がポスターに書かれていた。宗教か、どこかの舞台の宣伝なのか。


どうでもよかった。


「何が愛だよ。地球人なんてもう終わりだ。環境破壊、政治的分断、少子化。

もう滅んでしまえ。人間なんて」

男は毒づいた。


***


地球にイスキリ星人が降り立ってから、世界は一変した。

高い知能と強靭な体力、そして美しい容姿を持つイスキリ星人が移民申請を地球に提出した時から、人類の労働からの解放が始まったのだ。

知的労働、肉体労働はすべてイスキリ星人が行ってくれる。AIどころの騒ぎではない。もちろん、自分の仕事にプライドを持っていた人間たちは抵抗し、

イスキリ星人排斥運動は高まった。しかし彼らは微笑みながら呟いた。


「あなたたちの仕事は奪いません。気が変わるのを待ちます」


そう言ってイスキリ星人は率先して人間がやりたくない仕事を引き受けた。そして、そこで得た賃金はすべて仕事を失った人々に寄付すると発表した。

彼らは地球の海水と二酸化炭素だけで栄養を得ることができたのだ。

時が経ち、世代が変わると人間の仕事へのプライドという抽象的なものは消え、任せられる仕事はイスキリ星人にやってもらおうという

意見が多数派になった。イスキリ星人は知っていたのだ。人の考えは変えることはできないが、人間の寿命は短く、

世代が変われば驚くほど考えは変わると。


イスキリ星人の労働により自由になった人間は人生を謳歌した。すべての人間が文化的な生活を初めて送れるようになったのだ。

ありあまる時間を人類は文化の発展に充て、「人類が皆ギリシャの哲学者のようになる!」と人々は宣言した。

医療技術もイスキリ星人の手により格段に向上し、寿命は120歳近くまで伸び、見た目の老化もかなり抑えられた。

しかし、時間の経過により様子が変わってきた。多くの人間は文化の消費に飽き、創作に飽き、ただ享楽に身を任せるようになった。

将来への不安も何もない生活は文化を後退させてしまった。

また、イスキリ星人は残念ながら文化的な創作を一切できなかった。合理性を突き詰めた結果らしい。


「我々は何が面白いのか、心を揺さぶるのか、そもそも心を揺さぶるとは何なのか、それが全く分かりません」


イスキリ星人には性別の概念もなかった。単体で生殖可能で、本人の気分次第で子供を作れた。

少なくない地球人が容姿端麗なイスキリ星人に恋愛感情を抱いていたが、性欲を持ち合わせないイスキリ星人が地球人と恋愛関係になることはなかった。


これらの条件は、地球全体で進んでいた少子化に歯止めをかけた。

十分に暇と金があるが、抽象的な物語への興味は減少していった。唯一の興味は、具体的で根本的な要求である人間関係に絞られた。特に恋愛である。

かつては男女共に相手への多大な期待を持ち、それが叶えられないから恋愛など不要だと嘯いていたが、今では相手の容姿へのこだわりはなくなった。

イスキリ星人と比べると人間など皆どんぐりの背比べなのだ。相手の金も気にしなくてよい。衣食住にも困らない。すると人間は恋愛が最大の

暇つぶしになったのだ。

しかし、暇な者がすべてのリソースを恋愛につぎ込むと、やってくるのはトラブルだ。

すべて愛に注ぎ込めば最高の恋愛ができると思っていたが、実態は相手への無限の要求であった。見た目も金も関係なくなった恋愛では、

相手の心を求め続けるのだ。

「自分を愛しているなら、ビーガンになれるはずだ。他のすべての人間関係を断ち切れるはずだ。新しい技術による脳の共有化により、常に意識を共有できるはずだ」

無意味に過激化し、大喜利のように意外性を競う。意外性が目的化する。一方で、浮気やストーカーといった恋愛の拗れも急増し、憎しみ罵り合い、

ついには殺し合いに発展する事件も急増した。安全も健康も手に入れた人類の主な死因は痴情のもつれとなった。

しかし、子供は増えた。大いに増えた。


初めは戸惑っていたイスキリ星人だが、性別の概念がない彼らはあまりに奇妙なその行動に強い興味を示した。

あるイスキリ星人が人間の恋愛によるトラブルを中継し、世界中に配信するサービスを始めた。それはたちまちイスキリ星人内で大ブームとなり、

今まで文化を消費することを知らなかったイスキリ星人は、初めて余暇を動画消費に費やす喜びを知った。


「これはもしかしたら他の宇宙人にも需要があるかもしれない」


地球人のように有性生殖の生物は宇宙ではほぼ絶滅しており、ある程度知的であるはずの地球人が恋愛問題で争い続けているのは奇妙であり、

一種のノスタルジーを感じさせた。初めは映像記録が他の星へ輸出された。評価は上々であった。


しかし、映像だけではすぐに足りなくなった。

そして、地球人の輸出が始まった。


憎み合い罵り合う三角関係の男女3人セット。

アルファオスに群がるメス集団セット。

メスだらけの集団にオスが一人のハッピーハーレムセット。

さえないメスが、なぜかイケてるオス集団にちやほやされる逆ハーレムセット。

etc


これが宇宙で大ヒット。もっと地球人を供給してくれと応募が殺到した。

宇宙中の惑星に地球人は広がり、各星で地球人は恋愛生物として親しまれた。

かつて少子化で全滅すら恐れられていたのがウソのように、増えて、増えて、増えまくった。



そんな様子を眺めながら、年老いた男は呟いた。

「本当だったんだ。愛ゆえに、人は苦しみ、愛ゆえに人は生きる……」


2025.10.25

最後まで読んで頂きありがとうございます。

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