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正義とポイント

「最悪……」

思わず声に出してしまった。

大好きな推しアイドルのライト君が炎上した。

唐突な結婚発表とグループ卒業。

結婚相手は頭が悪そうなタレント女。前からSNSで

匂わせをしているとファンの間では噂になっていたが、

まさか本当に結婚するとは。


騙された、裏切られた、奪われた。


だが、一番最悪なのは、私にはもう今月の正義が残っていないことだ。


私がまだ小さい頃、正義は無料だったらしい。

何か嫌なことや悪いやつがいると、みんな好きなだけ正義の味方になって相手を批判できたんだって。

でもそれが楽しすぎて。楽しすぎるものは全部規制されちゃうのが世の常らしい。

しかも政府が規制したというより、「なんで規制しないんだ!」って世の中が政府に規制させたっていうんだから、意味が分からない。

毎月決められた正義ポイントが配られるようになったのが、もう10年前。

私はまだ未成年だから、毎月10正義ポイントしかもらえない。

しかも何に使うかでポイントは大きく違う。

犯罪者を批判するのは1正義ポイント。不倫とか誰かを不快にさせた発言はAIが都度判断するけど、だいたい5〜10正義ポイント必要。

ただ気に入らない相手を批判する場合は100正義ポイントとかかなり必要になるみたいだけど、そんなことしてまで批判する人も少ない。

だいたい100正義ポイントなんて、わざわざポイント購入しないといけないしバカバカしい。

そう、ポイントは購入することもできるのだ。毎月の10ポイントじゃ足りない場合、ポイントを買ってライト君と結婚するバカ女を批判してやることもできる。

でもバイト代をわざわざ使ってバカ女を批判するのもなぁ。あいつに金使ってるみたいで癪だ。


「リカ!ライト君、結婚するって!あのバカ女と!最悪じゃん!」


友達のヒサコからメッセージが届いた。


「そうなの!噂は本当だったんだ。マジで怒りのメッセージ送ってやろうかな」


すぐにヒサコから返信がくる。

「あんたポイントあるの?今あの女叩くのに20ポイントくらい必要らしいよ。ライト君の方は12ポイントだって」


20ポイント!?


いわゆる犯罪者ではない人間への批判が集まってくると、だんだん必要ポイントが増えていく。

みんな怒ってあの女を叩いているんだ。ライト君も叩かれている……あの女ほどじゃないけど。

でも20ポイントなんて……

芸能人が結婚しただけで叩くやつらはおかしい。自分が結婚できるとでも思っていたのか。

そんな意見もネットでは見られた。

不特定の人間を叩くのは、正義ポイントが低くても可能だ。安く正義を語り、気分良くなっている連中だ。


むかつく。


ここはやはり、正義を成さねば。あのバカ女を叩かねば!そうしないと私の正義が納得しない。


お金を稼ごう!

「わかったよ!リカ!私もバイトしてカンパしてやるよ!正義のためだ!」

「ありがと!ヒサ!持つべきものは友達だ」

即日バイトに応募しまくり、私は働きまくった。その間にも、あの女を叩くための必要ポイントはどんどん上がっていき、もう30ポイントになろうとしていた。

うっかりヤバいことに手を出しそうになりながらも踏みとどまり、なんとかお金を貯めた。


「さあ、私のバイト代もあげるよ。思いのたけをぶつけな」

ヒサコがバイト代を転送してくれた。


3か月分の正義ポイントを買うために貯まったお金は、ちょっとした旅行に行けるくらいになった。

私は夢中で文字を打った。


私のライト君への思い。自分が結婚できるなんて思っていなかった。メンバーと楽しく過ごしているのを見るのが幸せだった。匂わせなんてしないでほしかった。せめて隠し通してほしかった。せめて次のライブまでは。

せめて……


私の中のオトナな部分が、こんなことして意味があるのかと聞いてくる。そんなことより、貯めたお金でヒサコと

美味しいものでも食べた方が何倍も良いのでは?こんな文章、送っても誰も読まない。ただの“炎上”の火の粉の一粒に過ぎない。

だいたいその感情は正義なの?



……送信は完了した。

私の怒りと悲しみが送られていった。

正義ポイントは再び0になった。


結局、例の女タレントは結婚して芸能界を引退した。

これまでのSNS投稿もすべて削除して、いなくなった。

ライト君はグループ卒業後は舞台などに出ているが、前みたいに

キラキラはしていない。ファンも減ったと聞く。

私もあれから正義ポイントは使っていない。毎月付与されるポイントは貯まるばかりで、

一年を過ぎるとポイントは消失してしまう。

でも、それで良かったのかな。

怒りに燃えて働いて、ポイント貯めて、SNSに書き込みする。

しょうもないけど、それが青春ってやつだったのかも。

……ピロン

ヒサコからメッセージが届いた。

「ねえ!リカ!ネット見て!私の推してる野球のシン君が不倫だって!相手はグラドルだって……マジ最悪なんだけど。」

そのメッセージを見て、私は久しぶりに力が湧いてきた。

「マジ最悪だね!一緒に正義を成そうよ!ヒサコ!」

「リカ!!ありがとー!」

「友達だから当たり前!まずは……バイトしよ!!!」

こうして私たちは短期のバイトを探し始めた。

正義のために。


2025.10.24

最後まで読んで頂きありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
 今日の問題を風刺していて、より大きな正義感に対する批評にもなっているように思えました。
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