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男の趣味は写真だった。

といっても高価な一眼レフを買うでもなく、芸術的な写真を撮るでもなく安価なデジカメで好きな風景を撮影するだけのお手軽なものだ。自分の近所や職場近くの街頭でふと偶然誰もいない瞬間を撮影する。するといつもの風景がまるで人間の存在しない異世界のように思える。生まれつき内気で人づきあいも得意ではない男にとってそんな風景を撮影し続ける事はひと時の安らぎですらあった。


ある日いつものように撮影した写真をデジカメの小さな液晶画面で確認していると、端の方に小さく人が写り込んでいることに気付いた。近所に住む中年女だ。いつも近所の噂を嗅ぎまわり人の家のごみを漁り、注意されると分別のチェックだと居直る病的な噂好き女である。男もこの中年女にいい年して独身で実家暮らしなのはペドフィリアかつマザコンであるからだと噂を流されて不愉快に思っていた。

--嫌なのが写っていたな。そう思い男は写真を選択して削除した。


数日後、母親から件の中年女が行方不明になったと聞かされた。行方が分からなくなったのは丁度写真に写っていた日であったらしい。といってあまり好きではない人間だ。男はさほど気にすることなく話を聞き流した。


数日後、またしても偶然写真に人が写り込んでいた。帰り際に無人の社内と撮ろうとした所、残業していた同僚が写り込んでいたのだ。いつもネチネチと嫌味を言って男の仕事のミスは大声で言いふらし、自分のミスは男に押し付けて素知らぬ顔をする忌々しい奴でデジカメに写っているのは非常に不愉快であった。男は写真を選択して削除した。


翌日その社員が出社してこないと騒ぎが起きていることを知った男はふと思う。

--この前の中年女に続いて俺の写真に写った人間が消えている。偶然とは思うがこれは不思議だ。

そうすると試してみたい気持ちがムクムクと湧き上がる。幸いというのも変だが社内には消えてもらいたい人間が大勢いた。内気な男はいつも社内のいじめの対象だったからだ。

こっそりと撮影しては写真を削除する。そうするとその人間は立ちどころに姿を消してしまうのだ。

すごい、このカメラの力は本物だぞ。そう思った男は近所のチンピラや嫌いな人間を片っ端から盗撮しては削除していった。

時には警察署前に張り込んで護送中の殺人犯なども撮影して消してやったが、あまり自分の生活と直結していない人間を消しても面白くはなかった。


男は次第に万能感に酔いしれて傲慢になっていた。少しでも気に入らない事があると相手を撮影して消してしまうのだ。レジの対応が悪い。自分を見る目つきが悪かった等という理由でさえも撮影し写真を選択しては削除していった。


「おまえ、近頃変だぞ。」

ある日男は唯一と呼んでもいい友人にそう責められた。「前までは控えめで優し良い奴だったのに、近頃はあいつが気に入らないとか消してやるとかそんな話ばかりして少しおかしいぞ」友人の言葉にカッとなった男は反射的に友人を撮影して写真を削除した。

友人は姿を消した。


男は日に日に周りへの猜疑心が強くなっていた。皆が自分を自分を責めている気がしていた。友人を消したことは男の罪悪感を刺激した。

「俺はなんてことを。俺のことを思って指摘してくれた友人まで消してしまうなんて……」

日を重ねる毎に罪悪感は大きくなり男は一日中誰かに責められている気がした。このままでは周りの人間を全て消してしまうのではないかと不安になる。「このカメラのせいで俺は最も憎むべき傲慢で自分勝手な人間になってしまった。そうならない事だけが今まで生きて来た自慢だったのに。」


罪悪感に潰されそうな男は鏡の前に立ち、そこに写る自身にカメラを向け撮影した。そして自らの写真を選択して削除した。

次の瞬間、鏡の前にはカメラが一つ転がっていた。


男が目を覚ますと辺りは何も無い。灰色の世界だった。建物も木も何もない。灰色の大地がどこまでも広がっていた。地平線の彼方まで何も無い。

--いや、あれはなんだ?

男が気づいたのは小さな集団であった。どの顔も見覚えがある。男が消し去った者たちだ。中には友人もいた。隠し撮りではなく友人の目の前でカメラを構えてしまったため、彼には事情が飲み込めているかもしれない。そうすればすべて自分の仕業だとばれてしまう。それだけでは無い。中には殺人犯もいるのではないか。そう思った男は罪悪感は何処へやら、そこから一目散に逃げようとした。

だが身体がおかしい。右手を上げようとすると左手が上がり、前に踏み出そうとすると後ろに進んでしまう。思った事と動きがあべこべなのだ。

男は意識とは逆に自分が消し去った集団に向かって全速力で走っていった。

「どうしてだ!?逃げたいのに?逃げなきゃ逃げなきゃ」

だがそう思うほど男が集団に向かって走る速度が速まるばかりである。


次第に集団一人一人の顔も判別できるくらい近づいて来た。誰もが皆うつろな顔で男を見ている。

男は恐怖でパニックになりながらもあべこべに動いてしまう理由に気付いた。

だが既に時は遅く、男は囲まれていた。少しづつ間合いを詰めて来る周りを見渡しながらパニック状態の男は、一つの事を思い続ける。


「鏡越しに自分を撮影するんじゃなかった。」


2015.09.04

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