イマジナリーフレンド
「はい、次の方。どうされました?」
医師に招き入れられた男は思いつめたような表情だった。
むろん晴れやかな顔で診察を受ける患者などほとんどいないが、男の様子は尋常ではなかった。
真っ青な顔で目だけはギョロギョロとせわしなく動き、常に何かに追われているような様子だった。
促されて椅子に座ったが落ち着いた様子はなく、かといって何から話したものかとソワソワしている様子を医師は観察していた。
「落ち着いてください。何があったか、ゆっくり順番に話してください」
「……ありがとうございます。しかし、とにかく私には時間がなくて。都市計画に宗教問題、独立国家に宇宙艦隊……それに町内の清掃当番も決めなくては!」
男の混乱は相当のモノだ。おそらくノイローゼだろう。
「大丈夫です。私は余計な口は挟みませんから、何があったか教えてください」
男は目をグルグルさせながらポツリポツリと語りだした。
***
わたしは小さな頃から人見知りで、友達もあまりいませんでした。
そんなわたしにほぼ唯一といっていい親友がいて、彼の名はサトシといいました。
「その靴、かっこいいね」
そんな他愛のない話から彼とは打ち解けて、毎日彼とおしゃべりしていました。
保育園でも幼稚園でも周りに馴染めないわたしには彼一人でも話し相手がいて随分助かりました。両親もわたしが明るくなり安心したようでした。
しかしわたしが小学校に上がる頃、両親はまた不安そうな顔になっていました。
小学校3年生になってすぐ、いつものように私がサトシと部屋で話していると父親が決意したように言いました。
「なあ、お前ももう大きくなってきたら言うが……サトシくんは実在しないんだよ」
……いえ、先生。わたしはそこまでショックは受けませんでした。うまく言えないのですが、わたしはわかっていたんです。サトシは実在しないって。でも同時にサトシは親友でした。
矛盾していますが、その矛盾を両方受け入れていたんです。
当時イマジナリーフレンドなんて言葉は知りませんでしたが、今考えればその典型でした。
両親に連れられて病院に行き、そこでお医者さんと両親は色々と相談していたようです。
担任の先生も来ていました。
しばらく大人たちが話し合った後で、お医者さんはわたしに言いました。
「サトシくんだけどね、この夏に北海道に引っ越すことになったよ。それまで仲良く遊んであげてね」
それから夏までわたしは涙ながらにサトシと語り合いました。
「北海道なんて知らないよ。だいたい北海道の何処に引っ越すかも言っていなかった。大人は適当なことを言ってサトシを消し去るつもりだ」
うろたえる私をサトシはジッとみつめて語りました。
「ぼくも君と離れなくないよ。だけど仕方がない。手紙を書くよ。そこでぼくがどんな町でどんな生活をしているか詳しく伝えるよ。ぼくらが大きくなれば、だれもぼくらを止められない。ずっと僕らは友達だ」
サトシが引っ越してわたしは一人ぼっちになりました。
サトシからの手紙だけがわたしの心の支えでした。
もちろん彼はイマジナリーフレンドだとわかっています。でもだからこそ彼の世界にリアリティが欲しかった。そうしないと嘘になってしまいますから。自分でも変な事いっていると思います。
北海道の厚川という小さな町の小学校で、児童は6年生までで13人しかいなかったそうです。
先生はクマのように大きくて髭もじゃだけどとても優しい心の人らしいです。
スキーも習って少しずつ上達しているとか。町にはどんなお店があってどんな人が住んでいるのか。
町のはずれから端までサトシは地図も描いてくれました。
中学、高校と進学してもサトシとのやりとりは続きました。
サトシの住む町が合併すること、高校は雪の中1時間近くかかる事。クラスの女子に告白されたこと。政治にも興味を持ち始めたこと。村の財政問題、地方議員のやる気のなさ。
高齢者の間にはびこる宗教。派閥。若者が出て行ってしまう事。
話題はどんどん広がっていました。連絡手段もいつしかスマホに換わり、彼から村の様子を写真や動画で見せてもらいました。
一方わたしは相変わらず人とは馴染めず高校もほとんど行っていませんでした。
両親も離婚して父に引き取られましたが、父も仕事でほとんど家にいません。
「だったらこっちに来ないか?」
サトシからの一言がわたしを突き動かしました。
同い年のサトシがこんなに頑張っている。わたしもサトシの役に立ちたい。
私は身一つでサトシの住む厚川町へ行きました。そこは全てサトシから話に聞いた通りの町でした。
「ああ、あれがパン屋の小林さん。腰を痛めてしまったんだってねぇ。バイク屋の五十嵐さんは先週娘さんが結婚したんだっけ?」
サトシもわたしも町に馴染み、そしていつしか町をもっとよくしたいと強く願うようになりました。
「僕は今度の町長選に出ようと思う」
サトシがそう言った時、わたしはそう驚きませんでした。いつでも力になると誓っていましたから。
つまらないアルバイトで最低限のお金を稼ぎ、残りの時間は全てサトシとこの町の未来を変えるための勉強に費やしました。
町は古い体制の現職町長とサトシの一騎打ちとなりました。
ただ歳をとっているだけで何も変えたくない老人と、町の未来を求めるサトシ。
若者が少ないこの厚川町ではとても不利でしたが思いが通じたのでしょう。
ついにサトシは勝ちました。
その後は目が回る忙しさでした。町のインフラを整え、企業を誘致し、若者に移住してもらい町を活性化する。
言葉にするのは簡単ですが、一つ一つ気が遠くなるような交渉とお金が必要です。
嫌がらせや意味のない反論の為の反論なども日常茶飯事でした。
町にはどんどん人が増えてきます。全てを覚えるのは不可能です。それでも私はデータベースを作成して一人一人の生い立ち、交友関係、仕事や価値観を全てまとめていきました。
町はある程度は良くなりました。しかしそれで納得する私たちではありませんでした。
「地方には限界がある。やはり国政だ」
しかしそこで現実の壁が立ちはだかりました。
サトシは町長として申し分のない才覚を発揮しており、国政でも辣腕をふるうことが出来るはずでした。
しかしサトシには一つだけ弱点がありました。
彼は実在していないのです。
夢破れたサトシは生活が荒れました。このままじゃ厚川町は頭打ちだ。
酒を煽りつつサトシは宣言しました。
「厚川町の発展のために、この日本国から厚川は独立する!
厚川の名を捨て、今日からここはサトシ国とするんだ!」
某国と秘密裏につながったサトシは大量の兵器を密輸し、サトシ国の独立を国に宣言しました。
厚川町民改めサトシ国の国民たちも国民投票の結果独立を支持してくれました。
そこからの忙しさは記憶を失うほどのものでした。サトシが信用しているのはわたしだけなのです。
山のような仕事をこなし、5分でも時間が出来たら仮眠をとる。そんな生活がもう何か月続いていることか。
それでもわたしはやる気に満ちています。今まででこんなに充実している感覚はありません。
だから……
***
「……だから先生!いまわたしは倒れる訳に行かないのです。サトシ国の国民の運命はわたしの双肩にかかっているのです!
それなのに周りの人間はわたしがノイローゼだから病院に行けなどと言ってくるのです。先生わたしは過労気味なだけです!そうですよね!?」
医者は男の話を目を見開いて聞いていた。
「……お話はだいたいわかりました。あなたはイマジナリーフレンドから引き離されたショックでイマジナリー町、イマジナリー学校、イマジナリー国、イマジナリー国民すべてを頭の中で作ってしまったようですね」
「……そうなのでしょうか?いえ、サトシが空想だとはわかっていたんです。それでも、わたしは……」
医者は頭を抱えながらつぶやいた。
「現実の病院で正しい治療を受けることです。私から言えることはそれだけです。
それしか私には言えません。それが私の限界です」
男は医者の言う意味が分からなかった。腑に落ちないまま病院を後にした時、ふと病院の名前を見た。
”サトシ国立旧厚川町病院”
「そうか、あのお医者さんはイマジナリードクターだったんだ。悪い事したな……」
そう呟いて男は空想の中へ帰って行った。
完
2025.07.02
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