陰謀論の陰謀
謎のウイルスが人類を襲い、地球規模のパニックが起きて数年が過ぎた。
死亡率こそ高くないが、意識は混濁。そこから回復してもなんと人格の変化がみられるウイルスであった。その存在に人類は恐怖した。
だがそんなウイルスに対してもワクチンの開発は成功した。
しかし歴史は繰り返す。
ワクチンに対する不信感も同時に生まれたのだ。ワクチンは政府や製薬会社の陰謀であり、打ったものは数年以内に死ぬ、というスタンダードな陰謀から始まり、身体がロボット化して自我を失い政府開発の電波で操作可能になるというエキセントリックなものまでバリエーションは増加し続けた。
そのうち、新しい陰謀論が広がっていた。ワクチンは有効である。何故なら陰謀論を流しているのは政府である、というものであった。つまり一般的な陰謀論を信じてワクチンを打たない人間は次々と死んでいく。それは政府に反抗する人間が自動的に死んでいくという事で大変都合が良いのではないかと言い出したのだ。
過去のウイルス騒ぎでのワクチン未接種者の死亡率の高さを検証するとこちらの説の方が説得力があった。政府に従わないものはワクチンを打たせてもらえない!しかも本人は自分の意志で打っていないのだと思い込まされるなんて!
陰謀論者たちは悩んだ。ワクチン有害論とワクチン必要論のどちらを信じるべきか。どちらも政府が黒幕という点では一致しているが、ワクチンを打つべきか否かは真逆なのだ。
陰謀論者は二つの派閥に分かれて罵り合いを始めた。ワクチン有害派はウイルスは存在せずワクチンで人々を操るのだと主張し、ワクチン必要派はウイルスは存在するがワクチンを政府に従わない者に打たせないのだと主張した。そしてお互いを政府に洗脳された愚か者だと罵倒した。
そんな中ウイルス感染者の人格変異の症状が研究により具体的にわかってきた。結果は恐ろしいものであった。
ウイルス感染した者はみな人を疑わず、純真に何でも信じてしまうようになったのだ。
ワクチン有害派は「やはりウイルスは政府が作ったのだ!政府に反抗しない従順な人間を作っているのだ!」と主張した。しかしそれではワクチンを打たせてせっかくの従順な人間を減らす意味がない。一方ワクチン必要派も、政府に都合の良いウイルスが存在しないと主張することが出来なくなってきた。
しかも人格が変異してしまった者は誰の意見も信じてしまうので陰謀論者の主張も信じてしまう事もあった。そうすると陰謀論者は掌を返し、感染者を覚醒者と呼び仲間に引き入れた。
状況は混乱を極めた。ウイルスは政府の陰謀だが、感染者の中でも政府の陰謀を信じる者は覚醒者と呼ばれた。一方で政府を信じてワクチンを打つ者は被洗脳者とされた。主張も思想も一貫性は無く、どちらの仲間になるかという点のみが全ての基準となった。
状況はさらに悪化した。ウイルスは変異を繰り返しワクチンでは対応出来ず、ほとんどの人間が感染していった。陰謀論にはまるものは政治家や科学者にも大勢現れた。もはや人類はまともに国どころか地球を運営させていけない状況になっていた。
数少なくなった未感染者たちは感染者たちに隠れて会議を進めた。
「人間は身内だけだはなく、人類全体の広いスケールで平等かつ論理的に考える力を長い進化を経て少しずつ得てきた。しかし先のウイルスによりすべては無に帰した。再び仲間内の意見だけを信じてそれ以外全て否定する者ばかりになった。我々だって感染は時間の問題だ。もはや文明は維持できまい」
「論理的思考が出来なくなった人類に今の発展した文明は危険だ。猿に核兵器スイッチを渡すようなものだ。いつミサイルが飛び交うかわからない。いっそすべての文明を破壊して人類は一から進化をやり直すべきではないか」
「また洞窟で暮らし、狩りをする生活に戻るというのか?」
「それも仕方なかろう。また一度世界を大自然に戻すのだ。環境保護家どもは大喜びだろう。こんなに環境に良い事はない」
「また一から進化した我々はどんな姿になっているのか。翼が生えてたりしてな。」
「全身の毛が無くなっているかもしれないぞ」
「ははは。そんな馬鹿な」
全ての文明を破壊するスイッチが押された。あらゆる文明は溶けて大地に吸収された。そびえるビルも兵器も医学も何もかもが失われた。人類は原始に戻り民族で反目しあい、狩りをし、協力し、敵を殺し、少しずつ進化していった。論理的思考を少しずつ学び、自分のコミュニティだけでなく地球全体のことを考えられるように。
***
「なるほど!」
「そういう事だったのか!」
男の話にジッと耳を傾けていた集団から感嘆の声があがった。男は話をつづけた。
「しかし人類の進化はまだまだだ。愚かな陰謀論者が今日もネットで暴れている。やつらの戯言に騙されてはいけない」
辺りは静まった。
「真実を話そう!かつて人類の文明を無に帰した最後のエリートたち!彼らはコールドスリープで眠り、人類の行く末を定期的に観測していたのだ!そしてエリートたちは選ばれた人間を高い次元へ引き上げているのだ。再び人類がおかしな方向へ行ってしまうのを防ぐために。そしてその選ばれた人類の一人が……わたしだ!」
辺りの盛り上がりは最高潮に達した。男を称える声が会場中に響き渡った。この男だけは違う!
また新たな陰謀論が生まれた瞬間である。
完
2025.02.25
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