転校生
あいつが転校してきてから毎日イライラする。 大体転校生が男だという時点で俺のテンションは下がっていたのに、その転校生が金髪に青い瞳のイケメンでスポーツも勉強も何でもできるのだ。クラスの女子は一気にそいつに夢中になり、俺の気になっていた関崎さんもあいつに熱い視線を送っている。俺は関崎さんと話したことないのに。逆に完璧すぎて嫌だよね等と頼もしいことを言っていた少数派のひねくれ女子さえも奴と言葉を交わすとしおらしくなり、顔を赤らめるのだ。どうした!?あいつ嫌いなんだろ?その気持ちを忘れんなっ!
むろんそんな男は同性から反感を買う。あたりまえだ。しかし体育の授業ではプロ顔負けのテクニックでサッカーでもテニスでも大活躍し、クラスの一軍男子たちもすぐに奴を認めたようで、仲良くはじめた。勉強も全くの天才でどんな授業も教師以上に簡単に消化して、説明してしまうのでクラスのガリ勉たちもそいつに尊敬の念を示すようになった。気に入らない。気に入らない。まったく気に入らない。何が気に入らないってやつはそれを事もなげに、まるで何でもないようにやってのけるのだ。
気に入らないと思うのは俺だけでないようでガラの悪い上級生が奴に絡んでいた。しかし奴は喧嘩も強いようで、その上級生(しかも6人!)を一瞬で叩きのめした。またしてもキョトンとした顔で平然とだ。そこで硬派気取りの男子からも一目置かれるようになっていた。
俺はというとクラスの隅で孤高にも読書に励む一匹狼で、クラスの俗物どもとは違って奴の術中にははまらず適度な距離を保っていた。俺はクラスもこの世界にもなじめていない。だから一人小説を読んでいるのが一番なのだ。だがその神聖なるパーソナルスペースに奴はズカズカと入り込んできた。
「ねえ、何読んでいるんだい?」
ここで無視するのも大人げないので 「ん……小説」 と俺は簡素に答えた。
「いつも読んでいるね。良かったら俺にも貸してくれないか?俺も本は大好きなんだ」
ここで断るとクラス中から叩かれそうなので俺は既に読み終えたシリーズものの一巻目を奴に貸した。
翌日奴はその本をもってニコニコとやってきた。
「読んだよ!素晴らしい本だ!僕はこういう本が大好きなんだ。もっと貸してくれよ」
奴のあまりの笑顔に押されて、俺は続きの巻や他のお気に入り小説も貸してやった。
奴の読書スピードはすさまじく毎日毎日新しい本を貸してくれとねだるようになった。仕方がないので家に連れていき、気になる本を貸してやった。お互いに感想を語り合い、自ら本を探すようになった奴からも逆にお勧めの本を紹介してもらった。それは知らない本だったし、どれも面白かった。
奴の活躍は日に日にエスカレートしていき、スポーツの成績はついに世界記録、勉強はまだ人類が証明していない万物理論の証明を行った。やはり事もなげにだ。世界の紛争地帯に出かけ、争いを止め、弱きものを助け、権力者を和解させ、宗教家もやつの虜になった。
もはや一学生ではなく、世界の救世者だ。
それなのに奴はどうやっているのかフラリと俺の家に来ては本を読みに来る。
「それにしてもお前はすごいよな。もう現実の方を変えまくって、小説よりもすごいことになってるじゃないか」
「いや、この小説と同じだよ」 急に奴は真顔になった。
「どうしたんだよ、急に真剣な顔して?」
「実は僕は、元の世界に帰らなくてはいけないんだ。皆の前からは黙って消えるつもりだったけど君だけには言っておきたくて。」
「え?どういうことだよ?」
「僕は別の世界から転生来たんだ。元の世界で事故にあってこっちに飛ばされてきたって訳さ。この世界を良くすれば元の世界に戻してくれると言われて今までやってきたんだ」
嘘だと言いたかったが確かに奴の能力は異常といえるレベルだった。
「なんで俺にそんなこと……」
「君が読んでいる本さ。地味で落ちこぼれな主人公が異世界に転生して活躍する話。まさに僕がそうなんだ。僕も元の世界では地味で暗くて見た目もイケていない。勉強もスポーツも周りより劣る奴なんだ。いつか別の世界に行ってそこで活躍したいなんて夢見ていたんだ。こっちの世界ではまさに天才扱いで女の子にもチヤホヤしてもらえて夢のようだったよ。こんなこと言うと嫌われそうだけど、君ならわかってくれるだろう?」
そういうと奴は帰っていった。餞別に特にお気に入りだった本を奴にプレゼントした。初めに貸してやった小説だ。奴はとても嬉しそうだった。
そう、俺がいつも読んでいるのはうだつの上がらない主人公が異世界に転生無双してモテモテになる小説ばかり。奴もどうやら向こうの世界で俺と同じように不遇な日々を過ごしていたみたいだ。
つまり俺が嫌いなこの世界も奴にとっては、まさに夢の異世界だったんだ。
完
ずいぶん間が空いてしまいましたが読んでいただきありがとうございます。




