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実験

刑務官が持ってきたそのヘッドギアを装着した時から俺の人生は一変した。


今まで俺はずっと怒りに支配されていた。

物心つく前から俺は人生は最悪だった。凶暴な父親に毎日殴られ怒鳴られ、母親をそれを見て見ぬふりどころか笑ってみていた。自分への暴力が減ったからだ。

毎日恐怖に震え生きていた。思春期には、それは怒りに繋がった。なぜ俺だけがこんな目に合うのか。

幸せそうにしているクラスメイトを見るとはらわたが煮えくりかえる思いだった。

なぜ俺のように苦労をしていない?なぜ俺のように辛い目に合わない?なぜ俺のように暗い顔をしていない?難癖を付けては相手をいじめ、殴り、金を奪った。

罪悪感など無かった。むしろ俺は誰よりも被害者意識でいっぱいだった。

教師も周りの大人も俺を憎み排除しようとする。俺はそれに怯え怒り、反抗した。

中学も途中から行かなくなり、毎日暴力に明け暮れた。仲間のような者も出来たがどうせ俺を陰で嗤っているのだろうと思うと結局そいつらも殴り俺はまた一人になった。

怒りに火が付くとムラムラと欲望が沸き起こり目についた女を犯した。

刑務所にも何度も入った。裁判などおかしいなもので、大の大人が真面目な顔してぶつぶつ説教しているが結局内心は「クズめ!」「死ね!」と言っているだけだ。

それをまるで仰々しいセットのような裁判所とやらで意味不明な言葉をつかってまるで自分は文化的な人間みたいな顔をした裁判官さまが俺を裁くのだ。

ちゃんちゃらおかしいが、こちらも演技で反省しているように見せて、向こうも演技でこれからは立派に生きるんだなんてまぬけなセリフをおっしゃる。

しばらく檻に入って時間がたてば娑婆に戻れる。それを繰り返す。


刑務所には俺のような奴が何人もいた。そいつらも直ぐに頭に血が上り手が出るような奴らだ。怒りをコントロールしろなんて医者だかなんだかわからないやつがやってくるが

まったく意味不明で、飯を食わなくても、腹は減るな!減ったと思うから減るんだ。と言われているようなもんだ。


だがあのヘッドギアだけは違った。最初は胡散臭い機械で俺を洗脳しようとでもしているのかと俺は得意の被害者意識を前面に出して抵抗した。しかし一度ギアを付けてしまえばそんな感情が馬鹿馬鹿しくなった。スーっと怒りが引くのだ。目の前の霧が晴れる様だった。

むしろ今までが洗脳されていたのではないかと思うように冷静に自分を客観的に見ることが出来た。

俺は今まで何を怒っていた?何が不満だった?ただ存在しない影に怯えていただけじゃないか。もう親も誰もない。自分で生きれば良いだけだ。


それからの生活は穏やかだった。刑務所で作業をし、飯を食い、空いた時間には読書をする。

まったくもって文化的で何の不満もない。唯一の不満は風呂に入る時だけギアを外す必要があり、その間ずっとイライラしっぱなしだということくらいだ。風呂から上がると慌ててギアを付けようとして髪を乾かせと怒られる始末だ。

女性へも愛しみは感じるが性欲などという忌まわしい感情は全く湧かない。女性は性欲の対象じゃない。


愛する対象なんだ。


このギアは何なのだろう。俺の怒りを全て消し去ってくれる夢の機械だ。

俺のような犯罪者を更正させるために発明されたのだろう。きっと人権団体が反対してなかなか実用化されなかったのだろう。だが俺はこのギアを歓迎する。

まったく生まれて初めて穏やかな気持ちになれたのだから。


「そういう訳で、わたしはこのギアの囚人への使用を全面的に支持致します。」

俺は集まった役人や学者の前で言い切った。俺の変貌っぷりに彼らも驚いているようだ。


「素晴らしい」「実験は成功だ」「ここまで効果があれば実用できるな」


そんな声の中俺は続けた。

「本当に素晴らしい機械です。わたしも社会復帰がもし許されたならこの機械をずっと付けたまま生活する所存です。」


「……君は何か勘違いしているようだね。」

ひとりの男がこちらを向いた。

「この機械は現実社会で人間には使えないよ。これを付けた者は確かに穏やかになる、が穏やかすぎる。まったく老人のようだ。君は自覚しているか知らないが、刑務所での君の作業効率はギア装着前の10%にまで落ちている。ふてくされながら嫌々作業をやっていた頃と比べてもだ。

この生き馬の目を抜く社会でそんな人間が生きていける訳ないだろう。」


「そ、それではこのギアは何故?実験も成功とおっしゃっていたではありませんか?」


「このギアは飼い主のいう事を聞かない犬猫用に発明されているんだ。しかしこのご時世大事な犬や猫で動物実験なんて出来るわけがない。人間で試して100%安全が確認されて初めて犬様や猫様での実用試験が出来るわけだ。今時人権団体も皆、犬猫に夢中だし囚人の人権なんてだれも気にしちゃいないから実験には最適という訳さ。」


俺は驚いた。しかし怒りは沸かなかった。ギアのおかげで穏やかな気分のままだった。


2023.05.16

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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