消えない世界
大変間が空いてしまいましたがいくつか書き溜めていた話を投稿させて頂きます。
わたしの好きなものは何もない。わたしは何も好きにならない。
いや、正確に言うとわたしの好きなものは消えていく。みんな……
思えば物心がついたころからわたしは冷めていたのかもしれない。
幼稚園にも友達はいても親友と呼べるような相手はいなかったし、両親にべったりということもなかった。一人で過ごすのは苦痛ではく気楽で楽しかった。
そんなわたしにも小学校低学年の頃には親友が出来た。麻耶という子で私と同じく女子グループ内でべたべたするのを嫌ってどこか超然とした様子であった。なんとなく話すようになると価値観も同じで初めて自分みたいな人間がいるんだって思えた。仲良くなってもベタベタせず自由な感じが良かった。そんな麻耶に「私たちってさ、親友だよね」と少し照れた表情で言われたときはとても嬉しかった。心が温かくなるとはこういう事かと思った。
しかしその翌日から麻耶は学校に来なくなった。翌週、理由もわからないまま担任が彼女の転校を告げた。
思春期に入り、わたしも人並に趣味や好みが広がっていった。そしてそれはある事を否が応でも気づかせてきた。
--わたしの好きなものは皆消えていく
お気に入りの本は何度買っても無くなるし新刊も出ない。ネックレスも手紙もぬいぐるみもすぐに無くなってしまう。
好きなバンドは解散する、推し始めたアイドルも引退する。好きなお菓子は販売終了、近所のお気に入りのカフェもパン屋も閉店。仲が良い友達は転校するし、わたしに優しい先生は転勤する。
ひとつひとつは大したことではない。しかし次から次へとこんなことが起きるといつしかわたしは無意識に何かを好きになるのを避けてしまうようになった。元々冷めた性格もあったのだろうがわたしは同世代の女子と比べてもテンションが低く、冷静で、はしゃいだりしない、それでいて皮肉っぽい
態度になっていった。それは周りとの壁を作ることになった。それでもそんなものだと自分に言い聞かせて毎日を過ごしていた。
そんなわたしにも高校生になるとそれでも気になる男の子が出来てしまった。必死にその人を好きにならないように
考えても、逆効果でますます気になってしまう。クラスのスポーツ大会でバスケをする彼を見た時、
「ああ、わたしは彼のことが好きなんだ。」
とはっきりと意識してしまった。
翌日、恐る恐る学校に行くとその男の子の席は空っぽになっており、担任が彼の転校を伝えた。
それからわたしは好きになりそうになるとその対象を嫌いになる努力をするようになった。
心が傾きかけると相手の欠点を徹底的に探すのだ。不思議なもので探そうと思えば欠点のない人間などない。目が気に入らない、鼻が変。太りすぎ、気が弱い。自己中。なんにでも
欠点は見つけられる。考えてみれば世の中は嫌なことばかり。人間も嫌なやつばかり。歴史を振り返っても欲深く自分勝手に殺し合いをしてばかりの生き物。何も好きになれない。わたしはむしろ正常なんじゃないか。
それなのに愛だの恋だの馬鹿の一つ覚えみたいに歌う歌手も、家族愛を神のごとく崇めるハリウッド映画もくだらないモノばかり。逆にそんなもの消えてしまえば良いと思うが、消えてもらうにはその対象を好きにならなくちゃいけないのだから皮肉なものだ。
「やっと見つけた」
いつものように一人で学校から帰る道すがら、黒服を着た数人の男女が立っていた。
皆私の方を見ている。
「最近は急速な消滅がないから、なかなか足取りが掴めなかった。上手く心を制御していたようね」
何を言っているのだろう。
黒服の女はわたしを観察するようにじっと見ながら語りかけた。
「あなた、昔から自分のお気に入りのものや人に限っていなくなってしまったり無くなってしまうことが
なかった?」
その言葉にわたしは動揺が隠せなかった。
「図星の様ね。でもそれは真実のはず。だってあなたは超能力者だから。」
黒服の男も話し出した。
「君はある研究所で生まれた超能力者なんだ。その能力は好きなものを自分の意志に関わらず消滅させたり遠ざけるというモノだ。君たちを生み出した科学者はまったく狂っていたよ。
生み出した超能力者を全国に孤児としてばらまいたんだ。
博士は誰からも愛されない人だった。そんな自分を肯定するために愛されない事が正しいという逆転した価値観を生み出そうとした。だれかに愛されると消えてしまう世界。
それを彼は作ろうとしたんだ。そして誰からも愛されないものだけが存在する世界で博士は王になろうとした。」
「……全国?バラまいた?」
「その通り、博士は君を含めて7人の超能力者を生み出した。他のものは幼児期にすぐに周りの人間や
ものを消し続けていた”消滅ポイント”が発生していた。だから発見は早かった。しかし君だけは自分の力をうまく
制御していたね。そのため発見はこんなに遅れてしまった。」
「……」
「あなたはぼんやりとかもしれないが自分の力に気付いていたのね。そして努めて何も愛さないようにしていた。それはとても辛くて悲しい事だったと思うわ。でもそれはただの愛着を超えた素晴らしい
気持ちだと思う。だってあなたは好きにならない事でそれを消さないようにしてくれたんだから。あなたは誰よりも優しい人よ」
「……」
「あなたのおかげで今の世界は消えずに済んでいるの。あなたは世界を愛さない事で救ってくれたのよ。
素晴らしいことだわ。こんな言葉、嬉しくないだろうけど……ありがとう。」
わたしの視界が歪んだ。
わたしは……泣いているのだろうか?
わたしのしてきたことは結果的に世界を救っていた。
歪む視界のなか、黒服の女の顔を見た。その顔は何か期待するような顔であった。
私は物事をよく言えば冷静に、悪く言えば捻くれてみる癖がついていた。
その癖がわたしに告げた。
違う……!!
「わたしは、わたしが嫌いです。もしわたしがわたしを好きになったら、自己肯定をしてしまったら、わたしは消滅してしまうんじゃないですか?」
黒服たちの顔が曇った。
わたしの歪んでいた視界は再びはっきりとしてきた。
「そうだ。君以外の6人の子供は自我の発達と共に、自己愛が生まれた。
その自己愛で消滅したんだ。消滅ポイントの中心で。」
わたしはボンヤリとそこに立ち尽くししていた。いやな気分だ。
わたしが消えることは暫くなさそうだ。
そしてこの世界も消えることは無いだろう。
完
2023.04.26
最後まで読んで頂きありがとうございました。
 




