斜陽
続けて投稿です。
かつて俺は人気タレントだった。歌手としてデビューした時はパッとしなくてCDもまるで売れなかった。
だけど一度テレビに出ると、やれ天然だの癒し系だの言われてイジられて気が付けばバラエティ番組にも引っ張りだこになっていた。ちょっとテレビに出ると歌手としての何十倍もの収入がすぐに飛び込んできたものだ。
その頃を懐かしみながら、俺は素うどんをすすっていた。今日の食事はこれ一食だ。
「あれって、タレントの……なんだっけ?」
「ほんとうだ!名前は出てこないけど、昔テレビ出ていたよね。」
「素うどん喰ってるよ。よほど売れてないんだな。」
まただ。せめて名前を思い出してくれよ。そう思いながら俺は逃げるように店を出た。あの頃はバラエティタレントとして収入を得てしまうと馬鹿々々しくて歌なんて歌ってられなくなった。『あんた本業なんだっけ?』などと言われてよくテレビでイジられたものだ。それもおいしいと思っていた。
しかしテレビの世界なんてのは移ろいやすいものだ、一気に有名になった俺は落ちぶれるのも早かった。人気が落ちてくると揉み手で俺を迎えていたテレビ局の連中も俺をあざ笑うように、きつい企画をぶつけてくるようになった。新曲が出るとおだてて必死に作った歌を自称プロの音楽評論家に面と向かって批判させて、その時の俺の顔をお茶のお間に移して笑いものにした。プロの音楽評論家はプロデューサーに依頼されて最初から批判するために俺の曲を聴いていた。後に俺はそれを局に問い詰めたが、制作会社が勝手にやったことだとのらりくらりを責任をかわした。いつものトカゲの尻尾切りだ。他にも俺の曲をパクリだと訴えるドッキリを仕掛けられる。事務所も一緒になってバンドメンバーに歌の下手なアイドルを無理やり入れるように指示したり俺に整形をするように半ば強制し、流されるまま実行した途端その事実を暴露してワイドショーに連日出演させた。
忙しいだろうからとマネージャーが俺の名をかたってSNSを始めたが、そいつはわざとネットを炎上させるような発言を繰り返した。「いいんだよ。それで有名になれれば」文句を言う俺に奴は半笑いで言い放った。
何度も事務所に状況の改善を訴えたが
「嫌ならやめろ。変わりはいくらでもいる。しかしお前にいくら金をかけたと思っている。やめるならその分の金はきっちり請求するからな。」と恫喝された。
俺はストレスで体調を崩して入院した。それさえもネットではやらせだ、逃げた、話題作りだ、タレントは都合が悪くなるとすぐに入院出来て良いな、と叩かれた。
そして事務所を辞めた。借金だけが残った。顔を知られている上に自己中心的な問題人物だと連日報道されていた俺に新しい仕事も住む場所もなかった。そんな路上暮らしの俺の様子を週刊誌はこれが本当のストリートミュージシャンとして面白おかしく取り上げ、世間は自業自得だと嗤った。
公園で暮らし始めたが、そこでも俺は周りから省かれていた。
「芸能人様が、ホームレス体験か。またその話で一儲けってか?ホームレスミュージシャンの執筆は順調か?」
俺に残されたのは死だけだ。そう思ったとき一人の女性が現れた。
「大変な目に合われましたね。」
そう言って女性は暖かいスープを振る舞ってくれた。
久しぶりに屋根のある場所で食事が出来た。そこへ壮年の男性が現れた。
「もう大丈夫ですよ。あなたの生活はここで保証します。先ほどあなたがテレビ局や週刊誌、ネットで受けた精神的苦痛の総量が計算できました。あなたほどの知名度だとかなりの規模でした。」
訝しげにしている俺に女性が微笑みかけた。
「大丈夫です。私たちは国の機関です。SNS等の発達で今や有名人の方への精神的負担、非人権的扱いは過去と比べ物にならなくなっています。しかもその影響は引退しても続き、もはや有名人といえない状況でも批判だけは続く状況なのです。なんとかそういった人々を保護するために過去に受けた負担分だけ資金的に援助する。そういう活動を行っているんです。」
食事をして冷静になった俺は、しかし考えて込んでしまった
「それはつまり国に食わせてもらうってことですよね?俺はそんなことは……」
すると壮年の男性は笑いながら答えた。
「いえいえ、そうではありません。これはあなたが払いすぎた税金が帰ってくるだけ。つまり有名税の還付金という事です。」
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俺はその後、還付金で衣食住を揃えて、作曲に集中した。偽名で覆面を被り、声を加工して歌う。
そのスタイルで再デビューしたのだ。新曲はヒットして俺にはまたお金が入ってきた。俺は直ぐに
その金で海外移住を決意した。匿名性は守られ、もうちやほやされることもないが、静かな生活を送れている。これからの時代有名人こそ匿名になるべきである。
俺はこの生活を有名税のタックスヘイブンと呼んでいる。
完
2021/03/23
読んで頂きありがとうございます。
 




