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あの娘とスポンサー

お久しぶりです。

いつも沢山の友達に囲まれて、真ん中で笑っている。あの娘は人気者。だからなかなか一人にはならない。けれどもあの日、俺は日直で珍しく教室に残っていた。そして偶然彼女も職員室から戻ってきたところだった。進路相談でもしていたのだろう。


気が付けば教室に二人きり。(……今だ!)心の中で声が聞こえた。クラスの端っこで誰とも話さずに鬱々とした日々を送っている俺に彼女は高嶺の花。

しかし今しかない。あの娘と二人っきりなんてもう今日が最後かもしれないぞ!

勇気を出して告白するんだ。


「……あ、あの佐々木さん。」


不意に呼ばれた彼女の長い髪は流れるように広がって、そして彼女の視線がこちらへ……

その澄んだ瞳でじっとこちらを見られると思わず声が上ずってしまいそうだ。


「俺、君の事が……」


『今大人気のエンベデッドアプリケーション!バッドバイオロジー7!今登録すると、無料でアイテムが7つ追加できるぞ!』


突然彼女の前には巨大なホログラムによる空中ディスプレイが幽霊のようにふわりと現れて、訳の分からないゲームのCMが始まった。


呆然とする俺をよそにCMはけたたましい爆発音と軽妙な音楽を垂れ流し、ダメ押しのようにタイトルを連呼してした。今すぐクリックの文字が中心で自己主張していたが、俺が反応しないのでついに諦めたように消滅した。そこには彼女が立っていた。

「ごめんね。びっくりした?わたしにも付いたんだ。スポンサー。」

そういう彼女の顔は誇らしげだった。

「それで、高岡くん何か用?」

俺は「別に」とだけ答えて帰宅した。


ああ、彼女にもついにスポンサーがついてしまった。穏やかで優しくて、それでいて派手なところは無くて、いわゆるリーダータイプではないけれど誰にも好かれる佐々木さん。考えてみればスポンサーがつくのは時間の問題だったんだ。


個人にスポンサーがつくようになったのは何時からだろうか。長い不況での慢性的な金欠、広告費は無駄にせず効果的な投資先を探していた企業。そしてSNSの発達。これらの要因が重なり合って企業はいわゆる『人気者』のスポンサーになるようになった。スポンサーがついた人間には立体映像によるコマーシャルを持ち歩く義務が生じる。彼ら彼女らに話しかける人間は否応なしに広告を見るハメになるのだ。不意に話しかけたり、後ろから呼んでみても、広告は幽霊のようにふわりと現れ、目の前で盛大に広告を打つ。もちろんメールや他のあらゆるSNSでコミュニケーションを図る時も同様にコマーシャルが流れる。彼女のように可愛い女子にはオンラインゲームのスポンサーが着くのが定番だ。男どもが話しかけるから。


スポンサーがついた者はスポンサー料はもちろん、学生なら大学卒業までの学費も出してもらえるし就職先だって決まっているようなものだ。スポンサーが付くと当人はまるでタレントのようにイメージに気を使い、反社会的な行動はもちろん、どんなに小さな軽犯罪だって慎むので家族や学校側も大喜びだ。隣のクラスのある女子も遊び回っている事で有名なゴリゴリのギャルだったが化粧品メーカーがスポンサーについた途端に清楚な美少女に変身した。進路指導の先生がいくら注意しても無視し続けていたあの女がだ!個人スポンサー制度は何より本人の承認欲求が大いに満たされる。スポンサーが付いている人間と付いていない人間には歴然としたヒエラルキーが存在する。

特に見た目が良い者やお調子者はスポンサーが付きやすく、只でさえ学内ヒエラルキーが高かったものがその人気に企業のお墨付きまで付くのだ。バイトだってしないで済む。

人気が人気を呼び複数のスポンサーを抱える者もいる。そうすれば生活に必要なものはなんでもスポンサーから貰ってスキャンダルでも起こさない限りは生活は安泰なのである。

大手企業等は学生の学歴よりいくつスポンサーが着いていたかで採用を決めると言う。つまりスポンサーが着いているかが何よりもその者が『まともな人間』であるかの指標であり、スポンサーが一度も着いたことがない俺のような人間はこのまま大成する事もなく社会の底辺で死んでいく運命なのだ。


そしてあの娘に告白する権利ももうない。スポーツメーカーがスポンサーについたイケてる男が持っていくんだ。

勿論そんな差別的な法律はない。だがスポンサーの着いている人間とそうでない人間にはそれくらい歴然とした差があり、もはや彼女は雲の上の存在になってしまったのだ。うだつの上がらない俺の青春は終わりだ。世の中を恨みながら俺はまっすぐ帰宅した。いつもぼんやりしている母が珍しく慌てて走ってきた。


「研一!あんたに電話!どこかの会社の人だって!あんたのスポンサーになりたいって!」


母が訳が分からないという顔で俺に伝えた。


*******


結論から言えば俺にも、いや僕にもスポンサーが着いたんだ。メンズ美容関係の企業がイケてない男子を変身させるというコンセプトで全国のうだつの上がらない男子を青田買いしはじめたようだ。

髪型から服装、眼鏡はコンタクトに、スキンケアも忘れずに。それだけじゃない。表情筋の使い方から喋り方。初めはモテる為にそんな事するのが浅ましくて嫌な気がしたけど、それを努力と言い換えれば良いんだよと言われて僕は割り切る事にした。モテたいというのは恥ずかしい事じゃない。努力なんだ。スポンサーが着くというのはいいことばかりじゃない、何か道徳的じゃない行動をとれば直ぐにスポンサーへの密告があるのだ。だから常に気を使って好感度を考えて生きなければならない。これは疲れる。スポンサーが無い人達がちょっとだけ羨ましいよ。


趣味趣向もスポンサーの指示で変えた。前は家でゲームや異世界に行って無双する小説を読むのが好きだったけど今はフットサルとダーツが趣味だ。本は成功者の自己啓発本を読むようになった。音楽もスラッシュメタルとメロコアとプログレばかり聴いていたけど、そんな化石のような音楽は聴くなと言われて今は『頑張る人への人生の応援ソング』系と『誰もが共感出来る切なくも甘い恋愛ソング』系を聴いて元気を貰っている。

おかげで僕らは生まれ変わった。おしゃれメンズとして大学にも行けたし、友達も増えて周囲からの目も温かくなった。僕はどこに出しても恥ずかしくない好青年になったのだ。


就職先もすんなりと決まり、大学卒業も間近となった冬のある日、僕は偶然佐々木さんと再会した。互いのスポンサーのコマーシャルがホログラムで流れ続ける中、待ちきれずに僕達は話し始めた。彼女のスポンサーはゲーム会社じゃなくて女性向けエステや美容品など幾多にも及んでいた。


「高岡くん、久しぶりね。とってもかっこよくなって初めは気づかなかったよ」


「佐々木さんこそ、前よりさらに綺麗になった。」

今なら言える。もうあの頃の僕じゃ無いんだ。


「佐々木さん、僕はずっと昔から君の事が……」

『ペニシリン!ペニシリン!皆が大好きペニシリンコーラ!』

僕のスポンサーのひとつであるペニシリンコーラのCMをみた彼女の顔がサッと曇った。


「佐々木さん、どうしたの?」

彼女が答えるより先に彼女の次のCMが流れた。

『やっぱり〜ケツァルコアトルコーラがナンバーワン〜』


ケツァルコアトルコーラ!ああ!僕の聞き違えで無ければケツァルコアトルコーラ!

僕のスポンサーであるペニシリンコーラと人気を分かつ大企業ではないか。この二社間は互いに強くライバルとして意識しあう犬猿の仲なのだ。


気まずい沈黙の中僕の横ではイメージキャラクターのペニシリンマンが踊り狂っている。


「ごめんね。私達これ以上会わない方が言いみたい」

彼女は目も合わさずに足早に去って行った。互いに競合するスポンサーを持つ者が仲良くするのはご法度だ。もちろんそんな規約は無いが、周りの人間がみたらなんていうだろうか。大切なスポンサーを失うリスクは冒せない。


僕は泣いた。誰もが共感出来るような甘酸っぱい青春の涙を流した。車を飛ばして夜の海に言って叫んだ。そして少しして立ち直った。何故なら好青年とはそういうものだからだ。挫折を経験して大人になる。皆が望むストーリーだ。そしてスポンサーは望むのはそういう人間だ。


2019.08.17

ずいぶん久しぶりの投稿になりました。

楽しんで頂ける方がいれば嬉しいです。

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