豚と教室と私
解体された豚が運ばれて来たのを見た児童たちは一同に青ざめている。まだ事態を飲み込めていないのだ。
次第に泣き出す子も出てくる。1人が泣き出すと伝染する様に泣き声は広がり、クラス中が絶望に包まれる。
「ピーちゃん!ピーちゃん!」
嗚咽する様に豚の名前を泣き叫ぶ児童たち。クラスで子豚を飼いだした時にまず名前を付けるのだ。大抵の年は『ピーちゃん』だ。勿論私は名前で呼ばない。ある程度時間が経過して雰囲気がすこしは落ち着いてきたタイミングで私は語り出す。命を食べるということの意味を。
児童たちは神妙な顔で聞き入っている。私の話をこんな真剣に聞くのはこの時位のものだ。
中にはトラウマになる子供もいる。肉を食べれなくなる子も。
私もテレビが何かでこの授業の存在を初めて知った時はショックだった。初めて自分で命の授業を行った時は自分でも悲し過ぎて、児童たちの前でまともに話すことすら出来なかった。
しかしそれでも私はこの授業の意味のあるものだと信じて毎年続けている。今ではどのタイミングでどの呼吸で話すのがもっとも効果的かも分かっている。どのような言い回しが最も子供たちに響くかも。
授業の最後に子供たちと一緒に豚を食べる。今年のは脂がのって美味い。
下校時間でもまた児童たちは神妙な顔をして、言葉少なく帰宅していく。
「先生。」
振り向くとクラスの男子児童が1人たっていた。いつもクラスにあまり馴染まず1人で本を読んでいる子だ。
「どうしたの?今日の授業で気分が悪くなっちゃった?」
私の問いかけに児童は首を振った。
「ううん。ピーちゃんを食べるのは悲しかったけど大丈夫。お姉ちゃんも昔、先生のクラスで同じ授業受けて話は聞いてたし。それより先生はあまり悲しそうじゃなかったね。」
突然の指摘に私は思わず答えに詰まった。
「……先生、悲しそうに見えなかった?」
「……うん。やっぱり毎年同じ授業やってるとだんだん慣れるの?ぼくも毎年先生の授業出れば悲しくなくなるかな?」
そう言って帰っていく少年の後ろ姿を私はぼんやりと眺めていた。
完
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