チューリングテスト
会議室には政界や財界の大物から各種業界人、町工場の社長、学生、主婦、フリーター、ブルーカラー、自営業など様々な業種の人間がネットワークを介して集まっていた。
「それでは始めさせていただきます。」
そう話し始めた博士は少し緊張しているようだった。無理もない。長年研究してきた人工知能搭載ロボットが遂に実地試験段階に入る事となったのだ。博士の助手として一緒に苦労した私も思わず目頭が熱くなる。
「今回行う実験は、皆様の仕事場にロボットを配属させてそれがロボットであるとバレないかというものです。人工知能の世界ではチューリングテストという有名な実験があります。隔離された部屋で人がAIと会話をし、相手が人間であると思い込めば成功というものです。相手の姿は見えず、キーボードとディスプレイのみでコミュニケーションを行うので純粋に知性という点のみで相手を人間かどうか判断する訳です。」
会議室の一同はネットワーク越しにふむふむと頷いている。
「しかし今回私が開発したロボットは知性だけでなく、見た目も所作も全てが完全に人間である事を目標としています。そのため、先程も言いましたようにロボットを皆様の仕事場に連れて行き、周りの方々がそれを人間だと信じるか、それを実験したい訳です。」
少し落ち着いてきた博士はリラックスした様子で辺りを見回した。
「それに伴いまして、実験前の最後の調整を行おうと考えております。より人間的に見える為に皆様のご意見を伺いたいと思います。情報が多いほど人工知能の完成度は高まります。なんでも構いません。どうぞご自由にご意見を!」
肥えた中年男性の顔が会議室中央のメインディスプレイに大写しになった。経団連会長の大嶋氏だ。意見がある者は端末操作でメインディスプレイに映されるのだ。司会進行でもある私はすぐに、話を促した。
「どうぞ、発言をお願い致します。大嶋さん。」
「どうも。そのロボットですがね、人間と変わらないと仰られてましたが、人間にだってピンからキリまでいる訳です。労働力としてどの程度戦力になるレベルなんでしょうか?」
「今回の実験目的に照らし合わせて、まあ人並みといった程度でしょうか。」
「それでは実用段階には可能な限り有能な社員にする事も可能な訳ですか?即戦力となるような。」
「ちょっと待ってください!」
話を遮ったのは全労連の代表として参加している山本氏だ。
「我々が危惧しているのはまさにその点です。有能なロボットの導入は労働者の仕事を奪うものです!我々としてはそのようなロボットの導入は断固として反対です。」
早くも話しが逸れてきた。そう思った私は慌てて話題を戻そうとしたが、大嶋氏も黙ってはいなかった。
「そうは言いますがね。なにも機械の導入は今に始まったことでは無いでしょう。パソコンの導入一つとっても仕事の効率化は大いに進んでいるんだ。効率化を悪とみなすのは、おかしいでしょう?」
「効率化で労働負担が減るならともかく、現状は個人の負担や求められるスキルが過剰に上がるばかりです。」
「それは甘えだ!」
「有能かつ人間の仕事を奪わないロボットである必要があると言っているのです!でないと多くの労働者が路頭に迷うことになる!」
「それよりも。」話に割って入ってきたのは一般職代表として呼ばれていた薬品の営業職の中村氏だった。
「ロボットの性格とかはどうなんです?営業職というのは論理だけじゃどうにもなりません。人間同士のコミュニケーションなんです。ロボットだからって生意気な新人が入ってくるのはうんざりだ。」
「そうだ!その通り!政治家だって同じですよ!」政治家の黒岩が我が意を得たりと言わんばかりに喋り出した。「応援して下さる有権者の皆様に常に頭を下げて、心を尽くして仕事をしなくてはは政治家は務まりません。心なのです!その点ロボットにも清廉潔白な人格をプログラムしてもらわなくては。」
「本当に清廉潔白な政治家ロボなんて作ったら1発で人間じゃないってばれるな!そんな政治家は実在しないんだから。」
どこからか野次が飛んできた。
「いや、むしろ政治家なんて全部ロボットでいいんじゃないか?」
批判されて目付きが変わった黒岩は顔は笑顔を貼り付けたままで周りを見回した。
「いや、ご尤もです。しかし一般論としてですね、政治家の後ろには多くの利益団体がついている訳でして、私は違いますよ!彼らは自分の組織の利益さえ出れば良いというポリシーのもと政治家に金を注ぎ込んで有利な政策を要求する訳です。そのような団体も全てロボットにしなくては話が通りません。しかもそれを広げていけば結局全ての人間がロボットで無くては清廉潔白な社会なんて……」
「詭弁だよ!それは!」
清廉潔白でありかつ人間的な欲望も同時に持つべきと言う事なのだろうか?私は頭が痛くなってきた。
「政治論議も結構ですけど、私達主婦の事も考えてくださらない?」また話に割り込みが。若い主婦の上野さんであった。もはや私はこんがらがった議論を静止させる事を諦めていた。
「政治家なんかより余程大変な主婦業のサポートをしてくれるならやはり優しくて細かい事に気がきくロボットでなくては。それでいて私たち主婦の苦労を尊重してくれなくちゃ」
「仕事させといて尊敬も求めるんですか?そうなりゃ主婦のはテレビ観てるだけじゃないの?」大学生のちゃちゃを睨みけると彼女は叫び出した。
「まだ、このような差別がまかり通っているのです!家電の進化で主婦は楽になったとか実際にやってみなさいよ!博士!ロボットはどうにもしても主婦差別を助長するようなものにはしないでくださいね!」
「それよりも俺のようなフリーターは立場が弱いから真っ先に仕事がなくなりそうなんだが。それはどうしてくれる。」
私は慌てて回答した。「それに関してはですねロボットにはより専門性の高い仕事をしてもらうので貴方の仕事が奪われる事は無いかと…」
「何だよ!ロボット様は俺たちフリーターで出来るよようなくだらない仕事はさせられないってか!ふざけやがって!」
技術者の男も声を荒らげた!
「俺たちは必死に勉強して今の仕事についたのにロボットに仕事取られるのか!遊んでばかりのフリーターは仕事を奪われないのに?」「遊んでばかりとは何だっ!こっちの苦労や不安がわかるのか?」
再び怒鳴り合いが始まった。もはや会議室では誰もが好き勝手に怒鳴り合いカオス状態になっていた。私は心底うんざりした。どいつもこいつも自分勝手だ。社会の事なんて何も考えていない。自分の既得権益を守る事しか考えていない。
楽はしたいが尊敬はされたい。苦労はしたくないが、苦労してない奴は嫌い。人間的であって欲しいが聖人でもあって欲しい。仕事が奪われるのが嫌だが、働きたくはない。全てが矛盾している。
その矛盾こそが人間らしさだと言い聞かせるが、相手の矛盾は受け付けられない。私自身もそうだ。
結局会議は混乱したまま終了した。
ネットワークが切断され会議室には静寂が戻った。
「どうだったかね。様々な意見が出たがキミはどう感じた?」
博士に尋ねられ、私は返事に困った。しかし思ったままを言った。
「皆自分勝手の我儘で都合にあわせて矛盾した事だらけ言ってきます。まったく論理的じゃない。人間に近づけようと人工知能を作っている身ながら人間ってのが嫌になってしまいましたよ。」
博士の目がキラリと光った。
「そうか、そう思ったかね。……では実験は成功だ。」
「え?」
「実は今日意見を述べるために参加してもらった人々は全て人工知能だったのだよ。黙っていてすまなかったね。実は既に人工知能の実地試験は始まっていてね。今日はその最終段階として人工知能の知識がある君を騙す事が出来るか試したわけだよ。」
完
2017.12.22
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