食えよ増やせよ
一部グロテスクな表現あり。閲覧注意でお願いします。
ソイレント・オーウェル社から新製品発表会の招待状が届いたのは1週間前の事だった。畜産業を営むマーティンは一も二もなく参加を決めた。なにしろSO社と言えば業界最大手の家畜業者だ。遺伝子工学を駆使して次々と品種改良された豚や牛を新製品として発表し、たちまちそれが業界のトレンドとなっていく。だからこの業界の者はたとえどんな用事があろうとも新作発表会に参加しない訳にはいかないのだ。
当日、会場に到着したマーティンは顔なじみのフレッドに挨拶をかわした。彼は一回り以上も年下であるが昔から気が合う仲間であった。SO社の広いホールで行われる発表会に合わせて普段は着ないスーツを着てるフレッドは居心地悪そうにしていた。
「なぁマーティン、今日の発表ってなんだと思う?いつもなら事前に噂ぐらい出るもんだが今回はまったく情報が入らねぇ。さっきからあちらこちらその話で持ち切りだ。だが誰も何も知らねぇみたいなんだ」
「さあな。俺も全然聞いていないよ。よほど秘密を守りたいみたいだな。まあいいじゃないか。あと1時間もすれば発表が始まるんだ」
予定の時間通り発表会は始まった。巨大モニターでど派手なCG映像が躍る中、男が歩み出た。ソイレント・オ-ウェル社の5代目社長、ジェイムズ・オーウェルだ。
「皆さま、本日はお忙しいところお集まり頂きありがとうございます。今回皆さまに発表する新製品はあらゆる意味で画期的な商品になります。思えば我がソイレント・オーウェル社が設立された当時、人々は遺伝子工学に懐疑的でその品質安全性への根拠なき批判が繰り返されていました。それにもめげる事無く我々は品質安全性に味、栄養素、生産性の向上に邁進を続けていきました。我々は理解していました。人は一度拒絶反応を持つとそこで思考停止してしまいその認識を変えることは出来ないと。彼らの認識を変える努力など無駄であると、そこに注力すること無くひたすら機が熟すのを待ちました。そう!世代の入れ替わりです!いつの世も一部の人間が改革を起こすのものです。後から新しいもを受け入れることが出来る世代が育ち、そして入れ代わり世の中が変わっていくのです。このように時が来るまでじっと耐えてきたことが今の我が社の繁栄につながっているのです。今どき遺伝子工学が危ないなどという者がどこにいるでしょう?フロリダ辺りに隠居している方々でさえそんな化石は知らないと言うでしょう」
会場に笑いが起こった。
まったく前置きが長いな。これは自信が無い証拠ではないかとマーティンは思った。いったい何を発表しようというのだ?
「説明が長くなりましたが、ご実食頂くのが一番でしょう。どうぞこちらをご覧ください。」
ホールの扉が開きたくさんの料理が運ばれてきた。会場にどよめきが起こる。もはや社長の言葉を聞く者もなく、皆料理に群がった。
ステーキはもちろん、空揚げ、ミートローフ、煮込みハンバーグ、野菜炒め、BBQ、焼き肉といった大衆食からソテー、グリル、刺身した高級感漂うもの、中東風、中華風、応酬風、東南アジア風etcあらゆる
調理された肉料理が並んでいた。
空腹だったマーティンもフレッドも料理に飛びついた。ステーキは肉汁が滴り口に入れた瞬間、ニンニクの香りと肉のとろけそうな味が広がった。「んん……これは」思わずうなった。牛肉のように濃厚でなおかつ豚肉のようにさっぱりしている。それでいてしつこくない味は、最近肉料理がきつくなってきたマーティンでもいくらでも食べられそうだった。フレッドは焼き肉を口に詰め込めるだけ詰め込んで喉を鳴らしているようだ。畜産業が長いマーティンは仕事柄高級肉などいくらでも食べてきたが、これまでの肉とは全く質の異なる味に驚きを隠せなかった。刺身でも大丈夫なのか。なるほどソイソースなどつけなくても肉自体のうま味が食欲をドンドン刺激してくる。これはビールでも飲みたいな。まるで心を読んだようにコンパニオンの女がビールを渡してきた。フレッドがとってきたローストビーフをつまむ。しっかりと味付けされていてそれでいてくどくない、そこにビールを流し込んでうまくないわけがない。塩漬けのような保存食もありこれは味が濃すぎたが保存食やつまみとしては最適だろう。気取ったソテーなどもまろやかでワインにまで手を出してしまった。周りの人間も皆この料理に夢中のようだ。
社長は話し続けている。しかし皆話半分で料理に夢中だ。断片的に聞こえてきたのは、110GTという名の品種で遺伝子工学により偶然生まれた家畜であること、一度に10頭前後出産して生産性は豚にも劣らぬ点、また成長もはやく餌の消費量も比較的少ない。狭い環境でも飼育可能で暑さ寒さストレスにも強い。まったくもって畜産業界を根底から覆す素晴らしい家畜であることが宣伝されていた。
なるほどSO社は恐ろしいものを開発したものだ。フレッドも仕事を忘れて暴食に努めていたがやっと落ち着いてきたらしい。アドレナリンが放出されたのか目がギラギラしていた。
会場が落ち着いてくると、再び社長が壇上に登り自信たっぷりに話し始めた。
「どうでしょう。皆さま、弊社の新製品は!110GT!これは商品業界全体をも大きく変える革命児です。そのような革命の場に皆さまは立ち会っていらしゃるのです!……だが先ほども申しましたように革命者はいつも大衆に理解されないものです。かつて遺伝子組み換え食品が受け入れらなかったように。この110GTは弊社研究員が偶然生み出した奇跡です。だが奇跡故に一つだけ皆さまが最初驚かれる点があるかと思います。しかし忘れないで頂きたい!いつの世も時代の先を行くという事は理解を得られないという事であります!」
何が言いたいのか。マーティンは再び不信感に襲われた。だがその理由はすぐにわかった。壇上の後ろのゲートが空いた。そこは柵で中には新種の家畜”110GT”がいた。
「あぁ!あれは人間じゃないか!!」
どこかから声が聞こえた。会場は一瞬で静まり返った。そうその柵の中にいたのはブクブクと太り四つん這いではあったが、どこからみても人間にしかみえぬ生き物であった。
「どういうことだ!」「我々に人間を食わせたのか!」あちこちから怒号や悲鳴、嗚咽の声が鳴り響いた。
マーティンも目の前がくらくらしてきた。気分が悪くなり思わず口元を抑える。
「ご静粛にお願いします!」
社長の声が場内に響き渡った。
「これは人間ではありません。見た目が偶然人間に似てしまいましたが、遺伝子的には豚に近い。我々が今回危惧していたのはこのただ一点なのです。”見た目”です。ただそれだけの問題でこの素晴らしい新製品が世間に広まらないのはあまりに馬鹿げている。」
場内ではまだザワザワと疑問の声が上がっている。当然だ。
「と同時に、このような見た目だけで世間というのは拒絶反応を起こすことも我々は身をもって理解しております。しかし!時代とともに世代が入れ代われば必ずやこの110GTが受け入られる日が来るのも確信しております!すでに某国や一部の高級レストランからはこれを買いたいという要望が多数来ております。どうでしょう皆さま?これは投資です。この110GTには無限の可能性があります。今のうちに産業として手を付けておけば遠くない将来必ずや大きなリターンがあるでしょう。そこで本日からこちらの取引を開始いたします。我々と共に110GTで勝利を手に入れようではありませんか!」
再び場内はざわつき始めた。怒って会場を後にする者、途方に暮れている者が大多数であった。だがわずかだが契約ブースへ並んでいる者もいた。
「マーティン、あんたはどうするんだ?」
呆然とするマーティンをフレッドが覗き込んだ。
「いや、わたしはやめておくよ。確かに素晴らしく旨かった。しかしあの姿を見てしまったらね。」
「そうか、俺は一つ契約してみようと思ってる。社長の言う事は一理ある。俺のひい爺さんも遺伝子組み換えには早くから目をつけて成功したんだ。人々の気持ちも変わるさ。時代は変わる。そしてそのスピードは昔よりずっと早くなっている気がするんだ。」そういってフレッドは契約ブースへと向かった。
確かに人間というのはいつの間にか慣れてしまう生き物だ。良いことも幸運なことも辛いことも悪いことも受け入れがたいことも日々繰り返していると当たり前になってしまう。それは成長とも慣れとも呼べるが同じことだ。あの人間そっくりの生き物を誰もが違和感なく食べられるようになるまでどのくらいの時間がかかるのだろう。そう思いながらマーティンは静かに会場を去った。
2015.08.25
完
いつかこれを長編にしてみたいです。