備えあれば憂いなし
お楽しみください。
20XX年。某国が放ったミサイルが日本に着弾した。不幸中の幸いとして人的被害は出なかったが、世論の某国に対する怒りと不安はピークとなり、政府の対応への注目が集まっていた。かつては弱腰外交と誹られていた日本であったが、新たに首相になった大鷹は某国への報復を命令した。
これに国民は喝采を送った。外敵を憎む気持ちが国民を一体化させたのだ。内閣支持率はぐんぐんと上がり大鷹首相の政治基盤はますます盤石なものとなった。
彼はいつも口癖である「日本国民は平和ボケしている!」を声高に叫び、軍備の拡大と強く媚びない日本をスローガンにここまでのし上がったのだ。国民はそんな彼に喝采を送り、自分以外の国民は皆平和ボケしていると思い込み世を憂いた。
「それにしてもこの支持率は凄いな」
官邸で資料を目に大鷹はほくそ笑んだ。
「やはり外からの脅威に晒されると支持率は上昇します。これは歴史が証明していますよ」秘書官の山口も同調する。
「だがこれもいつまでも持つまい、国民など熱さを過ぎればすぐに脅威も忘れてしまう。先日の某国もすぐに装置の故障だなどと謝罪してきた為、禄に報復も出来なかった。国民は期待はずれだったろうよ。」
大鷹は苦々しい顔で続けた。
「平和ボケした国民には報復は胸のすく一大イベント程度の認識でしかないのだ。」
「おっしゃる通りで。しかし……」
秘書官の言葉を遮るように大鷹は話し続けた。勿体ぶったような笑顔を絶やすことは無い。
「今ある計画が進められている。各省庁のトップとは既に話を密かに進めているのだがな。その計画とは抜き打ちの擬似戦争だ。他国からの攻撃を受けたという体での訓練を不定期に抜き打ちで行うのだ。国民には訓練であることは伏せてな。そうすれば国民も平和ボケが抜けて政府に対して何が重要であるのかを、一時的ではなく、恒久的に理解するだろう。そして国を愛し、その為に戦う覚悟を持った優れた国民、いやサムライへと生まれ変わるであろう。その為なら私は独裁者との批判を受けても構わない。それで国民が立派に立ち上がってくれるのならば後の歴史が私の正しさを証明してくれるだろう!官僚たちも乗り気なようだ。」次第にヒートアップし顔を真っ赤にしながら語る大鷹に秘書官は感動の涙を流していた。
「国にとって一番の脅威は外敵ではない。平和ボケした国民なのだ。」そう締めくくった大鷹は自らの演説に胸を打たれたように目頭を熱くさせた。
***
突然ドーンという大きな音がしたかと思うとテレビから警報音が鳴り、緊急速報画面に切り替わった。
「緊急速報です。我国は現在攻撃を受けています!場所は……」
家のすぐ近くではないか!思わず窓から外を見ると山のむこうに黒煙が上がっている。
「おーい!佐々木!大丈夫か?」
クラスメイトの岡田が自転車で前を通りかかって話しかけてきた。
「一体何が起きたんだ?テレビでは攻撃を受けたって言ってけど……まさか……?」
「そうだ!向こうの山側が攻撃を受けたらしい。今見て来たんだがもう警察に閉鎖されていて中は全く見えなかった。あの辺は何もないからけが人はいないそうだが。」
まさか本当に戦争が起きるとは。そう思いながら、彼は山の向こうに昇る黒煙を見つめるしかなかった。
***
敵国の攻撃を受けたという報道は続いた。もはや野党は機能しておらず、マスコミも政府の報告を垂れ流すだけの状態である為、真偽を確かめるものはいない。緊急事態宣言の下、ネットの使用も制限され情報はテレビや新聞に限られていた。次は何処が攻撃されるのか、不安の中自衛隊に志願する者はあとを絶たなかったが、情報機密の名のもとに被災地に向かう事は許させずひたすら訓練に邁進させられた。被害者の数も日に日に増していると報道されるが、身内や知り合いに被害にあった者があるという話は誰も聞かず安心すると共に密かに訝しむのであった。
久しぶりにテレビに登場した大鷹は国民に向けて語りかけた。「今は我国は攻撃を受けています。多くの方が自らも戦うと名乗りをあげてくださいました。しかし今皆さんは自らの生活を守ってください。現代おける戦争はミサイルを撃てば終わりではありません。情報と経済力がものを言います。情報を守る為インターネットの規制など国民の皆さんにはご迷惑をかけています。今皆さんが愛するこの国を守る為にやるべき事は労働です!なりふり構わず働いて下さい!そして結婚して子供をもうけて下さい。平和ボケしていられる時代は終わりました。国民が一丸となって協力して必ずやこの戦争に勝ちましょう!そうして戦う国民一人一人がサムライなのです!」
世間は首相に熱狂した。敵国への憎しみは身近なニートに向かった。彼らはリンチにあい、未婚者、子供を産まぬ者は非国民と罵られた。理屈はわからぬが経済成長が勝利に繋がり、それには増税が必須であると各新聞は盲目的に伝え、個人消費の増大が望まれた。『欲しがりましょう、勝つために!』をスローガンに国民は消費に狂った。明日をも知れぬ命だという気分がそれを後押しした。その結果GDPは増大し、好景気が訪れた。一部の弱小メディアが戦争に関する具体的情報の無さ、海外から一切情報が入ってこない事に疑問を呈し始めていたが、景気の良さの前に気にする者はほぼいなかった。
海外メディアは日本が見えない敵と戦って国益を上げていると報じたが、経済が頭打ちであった先進諸国はこの手があったかと自国でも仮想戦争を導入すべく情報の統制を開始した。
仮想戦争先進国となった日本では既に戦争が日常となっていた。だが日常に取り込まれるということは緊張感が無くなるという事でもあった。いくら悲惨な映像が流れようとも自分の周りで具体的な被害も無く、生活はいつもと変わらず、むしろ好景気であるとなると人々は戦争も仕方の無い事のひとつとして考えるようになった。むしろいちいち騒ぎ立てるのは大人気ないという雰囲気が生まれ、戦争反対等と騒ぎ立てるのは一部の活動家のみとなっていた。
「総理大変です!某国が宣戦布告をしてきました!」官房長官からの連絡に大鷹は面食らった。
「まさか本当に攻めてくるとは。だが心配あるまい。我が国民は訓練とも知らずに仮想戦争を繰り返し体験し、もはや平和ボケしたものなどおらん!世界一危機管理能力の高い国民となっているはずだ。今更某国が攻めてきても冷静に対処できるというものだ。」
秘書官が青ざめて近づいてきた。
「総理!某国がミサイルを発射しました。それも日本各地にです!迎撃ミサイルでは限界があります!」
「なに!いかん!ここだけでも死守しろ!」
『緊急速報です!某国が我国に宣戦布告をしてきました。既に攻撃の準備に入っている模様です!これは訓練ではありません!直ちに近くのシェルターに避難してください!繰り返します。これは訓練ではありません!』
いつもの様に街中に緊急速報が流れる。
人々は足を止めることも無く談笑したまま、ある者は買い物を続け、ある者は仕事を続け、ある者はランチに舌鼓を打っていた。
「また戦争らしいですよ。こんどは某国が宣戦布告だそうです。」
「らしいな。またかよ。それより昨日のテレビ見たか?あれは傑作だったぞ」
「こら!無駄話などせずに仕事しろ!」
「す、すみません!あれ?あれはなんだ?空から何が落ちてきますよ。」
「あれ?テレビでみたことあるな。何だっけ?ああ!あれはミサイルだ!何故ここに?」
街は一瞬で消し飛んだ。
完
2017.03.10
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