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となりのクレーマー

久しぶりの投稿です。読んで頂ければ嬉しいです。

目覚まし時計が目覚めの時間を告げるより早く目を覚まし、熱いシャワーを浴びる。ピシッと糊のきいたシャツに腕を通す。曜日毎に決めたスーツを着こなして髪をセットだ。朝食は玄米と焼き魚と味噌汁。満員電車は苦手なので早目に家を出る。誰よりも早く出社するとフロアを簡単に掃除して仕事に取り掛かる。定時には仕事を切り上げて寄り道せずに帰宅。夕食は自分で簡単なものを作る。明日のために仕事用の資料に軽く目を通して今日やるべき事はすべて完了。全く無駄のない洗練され、合理的な毎日だ。

そしてここから、もうひと仕事。

私はおもむろにパソコンを起動させる。ブラウザを立ち上げていつもの巡回サイトで世の中の話題を漁るのだ。


すると出てくる出てくる。馬鹿な企業やマスコミやらタレントやら政治家やら文化人が不用意な発言やコンプライアンスに反する行動で批判されている。まったくこいつらは何故私のように真っ当に生きられないのか?少し考えればわかりそうなものだが、そんな知性も品格も無いのだろう。こんなものに影響された大衆や無垢な子供たちは、ますます愚かで下品などうしようもないクズに成り下がるのだ。彼らには残念ながらはそれを批判する知能もないに決まっている。ならば私が衆愚を救う為に、世を正さねばなるまい。

猥褻な表現、暴力的な表示、私のように高い知性と判断力を持つ者ならまだしも愚かな大衆は影響を受けるに決まっている。抗議だ。

間違った政治論や経済論を語るマスコミの操り人形の学者や文化人。無知な大衆は奴らを盲信し扇動されるだろう。抗議だ。

さらにはネットで馬鹿な発言をする馬鹿共。こいつらは晒して炎上させてやれ。

まったく毎日毎日。いくら成敗しても馬鹿があとを絶たない。世界が皆、私ほどまともなら人類はもっと繁栄しただろうに。


ある日いつものように目覚めた私のスマホに不審なメールが届いていた。

『お前の話し方は滑舌が悪く声も小さい。職場の人間は迷惑しているぞ。あいつは何を言ってるんだと笑われているぞ。服のセンスも悪いな。人を見下したような偉そうな態度は部下から評判が悪いぞ。これら一切を改めろ。』

なんだこのメール。

不愉快な内容に私はすぐにメールを削除した。だがメールは翌日も届いた。

『お前は今日も外回りと言ってたじゃ仕事をサボっていたな。皆知っているんだぞ。次の評価が楽しみだ。それに電車内で先を譲りたくない為に狸寝入りをしていたな。下手くそな寝たフリに周りの人間は失笑していたぞ。そうまでして座りたいかね?卑小で卑劣な奴だ。これら一切を改めろ。』

何なのだ。確かに外回り中にすこし休憩をとったし、電車では疲れていたので目をつぶっていた。だがそんな事責められる程のことか?というよりこいつは誰なのだ?私の何を知っているのか?昨日よりは冷静に送り主のアドレスを確認した。知り合いの悪戯かもしれない。そしてそれは確かに見慣れたアドレスであった。


私のパソコンで使用しているメールアドレスだ。


馬鹿などうして?ハッキングか成りすましというやつか?あんなのはマズイ発言をしたタレントの言い訳じゃないのか?パソコンのメールボックスを見ても送信した形跡は無い。慌てて私はメアドを変更してパソコンのパスワードを変更し、それでも飽き足らず無線LANを切断し外部とのネットワークを切り離した。これでは世のバカどもを成敗出来ぬが今日は仕方あるまい。今日のバカは命拾いしたな。眠る時間だ。私はいつも通り眠る事にした。


『お前は外でも社内でも女をみると、いやらしい視線を送り、家でも猥褻な動画ばかり観ているな。色情魔め。恥を知れ。悔い改めないとお前がエロ動画に現を抜かしている姿をネットに公開するぞ。これら一切を改めろ。』

朝私が見たのは変更したばかりのパソコンのアドレスから届いたメールであった。


カッとなった私は思わずメールに返信した。

『どこの誰だか知らないが卑劣な事はやめろ。どうせ私に批判された逆恨みなのだろう。だが私はあくまで個人であり、企業やタレントなど(おおやけ)に自身を開示している訳でない!他人に批判される筋合いはない。寧ろこれはプライバシーの侵害、かつ脅迫だ。お前を特定して訴えてやるから覚悟しろよ』

お陰で遅刻しそうになったが会社についてスマホをみると新たなメールが届いていた。


『私はお前だよ。お前はお前1人のものじゃない。我々の共有物なのだ。つまり我々の公共財産であり、クレームをいう権利がある。それが民主主義だ。それより今日も電車内で女学生をいやらしい目で見ていたな。また罪が増えたぞ。これら一切を改めろ。』

頭がおかしい人間からのメールだ。私が批判した誰かが逆恨みしてこんな嫌がらせをしているに違いない。だが一体どこから私を見ている?一日中私をつけ狙っているのか?


翌朝目を覚ますとメールが700件以上届いていた。すべて私へのクレームという名の誹謗中傷であった。気にしないように心がけても行動全てが監視され、それがいちいち批判されるのだ。歩き方が良くない、箸の持ち方ご間違っている、目線の運びがスマートじゃない。鼾がうるさい。私のストレスは否が応でも上昇していった。

ひと月と絶たないうちに私のストレスは限界に達した。

「くだらん。こんな事で私が悔い改めるとでも思っているのか?逆だ!もう好き勝手やらせてもらう!」私は会社をサボり、昼から酒をあおり、暴飲暴食の果てに女性に絡み、止めに入った男を殴りつけ、果てに警察沙汰になった。留置所内で私は不思議なほどに開放感と高揚感を味わっていた。幸い相手から訴えられる事もなく、警官に説教されるだけで翌朝には開放された。

家に帰るとクタクタに疲れていた私はベッドに崩れ落ちるように倒れた。睡魔に襲われながらふとスマホを見るとメールが来ていた。


『お前はやりすぎた。リコールだ。』


目を覚ますと私は周囲がパーティションに区切られパソコンが一台置いてあるだけの机の前に座らされていた。

立ち上がり辺りを見回すと大きな会議室のような空間で、周りにはここと同じような机が沢山並んでおり、大勢がパソコンに何か入力している。前方には大きなスクリーンがある。

「そこ!キョロキョロするな!」

私に向けて注意をしてきた男は……私だった。嫌味ったらしい派手なスーツと人を見下したような笑みを浮かべたその顔はまさしく私だった。

「さっさと仕事をしろ!」

まわりでパソコンに何か入力しているのも皆私であった。すくなくとも100人以上の私が一心不乱にパソコンに向かって何かを入力している。

混乱した私だが私にドヤされて着席してパソコンを起動するとメール送信フォームのようなものが表示されていた。

嫌な予感がしたが、前方のスクリーンに私が映った時点で全てを理解した。何しろ自分自身の事だ。理解は早い。


ここにいる大勢の私は現実の私を一日中監視して、クレームを送り続けているのだ。そしてクレームが一定を超えると現実の私はリコールされ、代わりにここの大勢の私の誰かが現実の私と入れ替わるのだ。現実に戻るには私は私を批判し続けるしかない。

だが批判をするのには慣れている私だ。粗を探そうと思えば自分の欠点などいくらでも指摘出来る。現実に戻る為、それから毎日私は自己批判を繰り返した。喋り方や態度、飯の食い方から倫理観、公共心の欠如。批判などいくらでも出来る。現実にいる私はここの記憶は消えているようで私たちからのメールを見る度に動揺しているようだ。自分自身の落ち込むポイントはわかっているのだから心をえぐるメールはお手の物だ。きっと自己批判によって自我が揺らぎ洗脳しやすい状況とはこの事を言うのだろう。

だが私はここで逡巡した。このまま私が現実に戻ったとして、ここの奴ら(私だが)に批判される日々を過ごさなければならないのではないか?だとしたらここで批判をし続けた方が気楽ではないか。野党として賛成の反対だけしてれば良いのではないか?なるほどつまらない現実で文句を言われながら生きるくらいならここで現実の自分を見てる方がマシかもしれない。

そう考えた私は方針を転換する事にした。あえて現実の私を賞賛するのだ。そうすればまともに批判しない私の評価は下がるだろうし、現実の私と入れ替わることもないだろう。これは良いアイデアだ。

その日から私は『今日の仕事はファインプレーだったな』『部下の失敗をフォローしたのはよかった。』『一週間よく頑張ったな!週末はゆっくり休めよ!』『毎日、寝坊もせず会社に行くだけでも大したもんだよ。偉いよ。』『私はおまえが頑張ってる事知ってるぜ』などとメールを送り続けた。他の大勢の私が血眼になって現実の私を批判しているのをみて、私はほくそ笑んでいた。馬鹿だな。そんな頑張っても自分にお鉢が回ってきたら同じ目にあうだけなのにと思いながら。


ある日私は上司の私に呼び出された。ルールに従っていないことがバレたのかと身構えていた私だったが、事態はそれよりも悪かった。


「君のコメントにより現実の私は生活レベルが向上している事が確認された。」

何!?

「調べると君は批判を行わず、褒めることでやる気を鼓舞させていたね。素晴らしい。逆転の発想だよ。実際に現実の私の向上は著しい」

誤解だ。

「君の思考の柔軟性を我々は高く評価した。そして君には現実に栄転してもらうことにした。」

私は絶望した。気が遠くなってきた。なぜ望まぬことばかり起こるのか。


*******

私はいつも通り、朝を告げる前の目覚まし時計を停止させた。いつも悪いね。会社では部下たちの良い点を次々と指摘していく。なぜか部下たちに付きまとわれるが、なんとか断り帰宅すると私はいつもの作業に取り掛かる。ネットで有能な人間、頑張っているタレントや企業を見つけては称賛のメールを送り付けてやるのだ。私はほくそ笑む。ざまあみろと思いながら。だが何故私はこんな事をしているのだろう?


2017.02.10

ありがとうございました。

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