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ノーモア・スキャンダル

今年はこれで最後になると思います。

「係長!たたた大変です!」

部下の伊藤が慌ててこちらに向かってきた。嫌な予感がする。彼は慌てている時にわかりやすく慌てた顔をする。そういう男なのだ。

「どうしたんだ?そんなに慌てて。悪いニュースかね?」

「実は……我社のイメージキャラクターをやっている若手女優の朝倉善子がスキャンダルが発覚しました!」

彼の差し出すスマホには『朝倉善子、不倫愛!』の言葉が踊っていた。

「なんて事だ!彼女は見た目こそ10人並みだが愛嬌と飾らない気さくな性格、朝ドラ主演により老若男女から好感度が高いという話だったじゃないか!」

「確かに広告代理店の黒沢さんもそう仰ってましたよね……」

「それがよりによって不倫だなんて。しかも相手は若い頃はヤンチャしいたがて今では良いパパです的なのを売りにしている俳優じゃないか。このイメージダウンは相当だぞ。」

係長はフラフラと頭を抱えて座り込んだ。

「だ、大丈夫ですか?係長!」

驚く伊藤に係長は皮肉な笑顔で答えた。

「もう流石に慣れてきたよ。これで4人目か?なぜ我がゴクゴクドリンク社の健康飲料水のイメージキャラクターに抜擢された芸能人はスキャンダルばかり起こすのかねぇ?」

「確かに、始めはクールなイメージでと若手イケメンアイドルを起用すれば奴がファンに手を出し妊娠させていたのが発覚。女性受けを狙って人気モデルを起用すれば覚醒剤使用が発覚。ならばとベテラン俳優を起用すると脱税と暴力団との繋がりが発覚ですものね。」

「まったくマトモな芸能人はいないのか!その度にCMの取り直しじゃないか。どんどん我社のイメージが悪くなるぞ。」


そこへ広告代理店の黒沢が現れた。

「いやあ、この度は災難で……」

言葉とは裏腹に余裕のありそうな表情の黒沢をみて係長は内心ムッとしていた。

「災難じゃないですよ!あなたが朝倉善子なら好感度抜群で完璧ですと言ったんじゃないですか!それがこのざまですよ。どうしてくれるんです。」

「はあ、いや申し訳ないです。しかしこんな事もあろうかとCMの契約は一週間刻みでの更新としていましたのですぐに契約が切れたとして放送は打ち切れます。これが単に不倫した女優は契約打ち切りだ!とするとそれはそれで世間の反感を買う事もありますので。あくまで契約満期として放送を打ち切ります。それにトラブルの度に事務所から違約金を頂いてますからね。こちらの収入も馬鹿にならなくなってきましたよ。」

「それでも我社のイメージは最悪ですよ。」

ニヤリとする黒沢に対して係長は泣きそうな顔で呟いた。

援護するように伊藤も口を出す。

「そうです。ネットじゃうちのCMに出るとスキャンダルが発覚する呪われた会社だなんて噂されてますよ。」

「本当か!?伊藤君!黒沢さん、勝手に問題起こした芸能人どものせいでうちのイメージが落ちてますよ!これは!」

騒ぐ係長に対して黒沢は落ち着いた様子でいそいそと資料を取り出しだ。


「我々もその点は考えております。こちらでもタレント等の素行を調べましたが、今やスキャンダルの無い人間など皆無です!芸能人だけじゃない。文化人もアナウンサーもスポーツ選手も誰もかもスキャンダルからは逃れられません。まともな人間など幻想です。男らしい男性やお淑やかな女性のように皆の心の中にしか存在しません!そろそろ3次元に期待するのは止しましょう。我々は今人気のイラストレーターをヘッドハンティングしました。これからのイメージキャラクターは二次元オンリーです。無論スキャンダルは皆無ですし、内面が無いので各人の幻想を投影しても裏切られません。どんな理想にも近づけられます!」

「なるほど!これだよ!なあ伊藤君!」

「確かにこれならスキャンダルはありませんね、係長!ボクお気に入りの絵師がいるので是非推薦させてください!」

話はトントン拍子に進み、男女ペアの二次元イメージキャラクター涼子&峯太郎が誕生した。


「係長!大変です!この記事を見てください!」

新しい広告を打ってひと安心した係長は伊藤の声に身を震わせた。彼のスマホを見ると『ゴクゴクドリンク社の新イメージ二次元キャラクターに非難殺到』とある。

「い、いったい何故?」呆然とする係長に向けて伊藤は記事の続きを読み上げた。「どうも美少女キャラの涼子が胸がデカ過ぎて猥褻だとか、見た目が幼く公共の倫理に反するのではとか内気だが優しい女の子という設定が女性差別的だと騒がれているようです。はやい話がこんな女性は現実にはいないというクレームです。」

「そんな、言いがかりみたいなものじゃないか。何故こんなことに……」

「二次元というだけでクレームを入れたがる層がいるんですよ。」

気がつくと広告代理店の黒沢が後ろに立っていた。

「ああ、黒沢さん!驚いた!何ですかそれ!アニメのキャラってのは理想をもとにデフォルメされるものじゃないんですか?」

「落ち着いてください。良くあるクレームです。少し様子を見れば事態も変わるかも知れません。」

そういって事態を見守る事にした一行であったが、騒ぎは男のキャラクターがいた事によりより悪化していった。男のキャラクターの描き方が筋肉質なスポーツマンで顔はイケメン、レディファーストを忘れないというキャラ設定であったことにクレームがついたのだ。涼子の方ばかりクレームを入れているが男キャラも理想的な男性像の押し付けである。涼子にクレームを入れている人間は峯太郎について不問にしているのはダブルスタンダードではないか?というクレームに対するクレームであった。ネット上ではクレーマー同士の罵り合いの場となった。それを面白がりノリで参加するものが増加してゴクゴクドリンク社の問題が必要以上の大きさになってしまった。男女論というのは人を過剰にヒートアップさせるものなのである。


「黒沢さん!もう無理だ!広告は切り替えてくれ!」係長は投げやり気味に叫んだ。

「わかりましたよ。やはり二次元は人の理想を描いているが故に現実とのギャップに我慢ならん人がいるようです。ならば一次元しかないでしょう!」

「一次元?どういうことです?」

「我々は有名デザイナーと広告デザインの契約を交わしました。御社のイメージにあった素晴らしい映像イメージを手掛けてご覧に見せますよ!これからはデザインセンスで視聴者を釘付けます!」

「なるほど!それを一次元というのかはわかりませんが確かにデザインであれば、不倫もしないし現実にはいないという的外れな批判もされない!しかも知的でスタイリッシュな映像にすれば海外でも受ける普遍性をもつかもしれない!黒沢さん是非お願いします。」

黒沢は自信に満ちた顔で係長と熱い握手を交わした。

「任せてください。何度もデザインの賞を取っている一流デザイナーに依頼します!」


「係長!大変です!このニュースを見てください!」

慌ててスマホを突き出してくる伊藤の慌てぶりに係長は既に胃が痛くなっていた。

「伊藤君、君は仕事中いつもスマホを弄ってるねぇ……なになに……ゴクゴクドリンク社の新CMにパクリ疑惑!?そっくりなデザインのCMがスウェーデンで三年前に放送済み!?ネットではデザイナーのブログが炎上中……」

スマホを見た係長は膝から崩れ落ちた。

「係長……」

「本当に我社のCMは呪われているんじゃないのか……」

「あの、黒沢さんがお見えになりました。」

流石の黒沢も思いつめた表情で立っていた。

「すみません。こんなことになるなんて。しかしよろしければ私達に最後のチャンスを下さい!我社のあらゆるノウハウを集結した最高のCM準備を進めています!」

「わかりましたよ。乗りかかった船だ。ここまで来たら運命共同体です!最高のCMをお願いしますよ!黒沢さん!」

「ありがとうございます!現在社員一同寝る間を惜しんで企画中です。必ずや最高のCMをお持ちしますよ!」

気がつけば係長も黒沢も涙して抱き合っていた。


数日後、係長は黒沢氏の次のアイデアに期待をふくらませていた。3次元、2次元、1次元ときたのだから次はゼロ次元か!などと夢想していた。だが出社すると社内の雰囲気がおかしかしい。なにかどんよりとした空気が蔓延していたのだ。

「どうしたんだね?伊藤君?」

だが彼は答えずにスマホを手に呆然としていた。気になった係長はひょいとスマホの画面を覗いて見た。

『大手広告代理店の伝痛堂、違法な長時間労働を野放しか。過労自殺隠しも発覚。大手広告代理店の伝痛堂はかねてからその以上ともいえる長時間労働と精神論による過酷な労働環境について労務局から度々勧告を受けていたがそれを無視し続けついに操作のメスが入った。関係者も書類送検されており、社長も辞任を発表。ネットでは伝痛堂への批判が高まっている。伝痛堂の取引先企業へのボイコットも呼びかけられており、特に短期間に次々とCMを作成したゴクゴクドリンク社に批判が集まっているようだ。』

記事を読み終えた係長は伝痛堂の労働環境と同様に目の前が真っ(ブラック)になるのであった。


2016.12.28

時事ネタばかりで星新一先生とは真逆の作風でした。ありがとうございました。

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