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素晴らしき哉、ラーメン!

また間が空いてしまいましたがお楽しみ頂ければ!

何気なく立ち寄ったラーメン屋で男は何気なくラーメンを頼んだ。初めて訪れる店だが昔ながらのラーメン屋という外観で、相当年季が入っている。だが店内は小綺麗にしているようだ。あまり客がいないようだ。とにかく腹が減っていたのでメニューを見ることもなくラーメンを1つ頼んだ。鶏ガラスープに醤油とニンニクで味付けられたどこにでもある、いやむしろ最近では逆に珍しいくらいのスタンダードな醤油ラーメンが出てきた。トッピングもネギとメンマとゆで卵半分にチャーシューが二枚。食事など単なる栄養補給というポリシーである男はいつも通り無感動にラーメンをズルズルと啜った。


「こ、これは……!?」


思わずグルメ漫画の主人公のようなリアクションをしてしまう。口の中に一気にラーメンの旨味が広がる。出汁と醤油とニンニクが互いを邪魔せずに自己主張をして、渾然一体となったスープが麺と絡まり口の中で広がる。どんどんと箸が進み気がつくと男はあっという間にラーメン1杯を完食していた。普段は残すスープも一滴残らず飲み干した。確かに味はスタンダードな醤油ラーメンなのだ。それなのに何故こんなにも美味いのだろうか?


「大将!ラーメンもう一杯!」


逡巡するより先に次の1杯を注文してしまった。美味い!空腹のせいで余計に美味く感じていたのかと思ったが2杯目も確かに美味い。

「大将!実に美味いラーメンですね!なにか特別な味付けをしてるんですか?」

普段店員と必要最小限以外の会話を交わすことがない男が思わず話しかけるほど前代未聞も味なのだ。

だが店長と思われる初老の男は虚をつかれたような顔で

「はあ、ありがとうございます。でもこう言っては何ですがウチのは本当に普通のラーメンですよ。つけ麺だの油そばだの家系だのと言ったのが登場する前の本当に普通のラーメンです。」

と謙遜でもないように淡々と語った。


はて?そんなものかと不思議に思いながら男はラーメンを啜っていた。


『褒めてくれてありがとう。とっても嬉しいわ』


若い女の囁く声が聴こえた。男は驚いてあたりを見回したが該当しそうな人物は見あたからない。というか店内はガラガラだ。店長が裏声を使って御礼を言うほどお茶目な人柄にも見えない。気のせいかと再びラーメンに箸をつけた。


『ねえ、どんな所が美味しいの?』


再び声があの声だ。普段は警戒するところだがラーメンのあまりの美味さに機嫌が良く、美味さを誰かに伝えたいという気持ちから、思わず返事をしてしまった。

「どこって、そりゃ全てさ!俺は何もラーメンマニアって訳じゃ無いけどね、こんな美味いのは初めてだ。見た目も地味だし、特別なトッピングやスープでもない。それなのにこれだけ上手いってことは小細工無しの完璧なラーメンっていう証拠だよ。」

男が熱く語ると声の主は嬉しそうに笑ったり、ありがとうと少し照れたように何度も呟いていた。男はだんだんと気分が高まってきた。

「君は誰なんだ?隠れていないで出ておいでよ。」


『あなたの目の前にいるわ。わたしはラーメンの精なの。普通の人にわたしの声は聴こえないはずなのに、よほどあなたと相性がいいのね。』


その瞬間、心なしかラーメンが赤くなった気がした。ラー油を入れた訳じゃない。

男はそんなことは信じなかったが、追求する気も無かった。ラーメンが美味くてそれを語り合えればそれで良かったのだ。だが男がラーメンを完食すると声は聴こえなくなり、相変わらず辺りには客の姿も見当たらないのであった。


それから男は朝も夜もそのラーメンの事ばかり考えるようになった。

「先輩、今度女の子と遊ぶんですけど一緒にどうです?」

いつもなら喜んで同行した後輩の誘いも断った。

「ねえ、今度私と女友達とで温泉旅行に行こうって話してるんだけどもあなたもどう?」女性からの誘いも断った。男はモテない方では無いのだ。


日がな一日考えるのはラーメンの事ばかりである。仕事が終わるとすぐに会社を飛び出し件のラーメン屋に向かう。一口スープを飲むと全身にスープが染み込む様である。自分がラーメンのふにでもなった気分だ。

「いやあ、今日も美味しいよ。」

『そう?ありがとう。』

ラーメンの精との会話は自然なものになっていた。この素晴らしい美味しさを共有できればそれで良かった。かと言って他人にこの美味さを知らせたくはない。独占したい。それならばこのラーメンの精とやらと話すのが一番であった。むしろ会話をすることでよりラーメンが美味く感じられた。


『ねえ、今日のお昼に他のラーメンを食べなかった?』

ラーメンの精に突然聞かれ男はギクリとした。あまりにラーメンの事が忘れられなかった彼は、他のラーメンはどうなのだろうと会社の近くでラーメン屋に入ったのだ。しかしここのラーメンの足元にも及ばない普通のラーメンであった。

「ああ、まあちょっと付き合いでね。君と比べるとまったく美味くなかったよ」

男は何故か心がチクリと痛み言い訳するようにしどろもどろになった。なんだ?この気持ちは?

『いいのよ。別に貴方の自由だもの』

その声はどこか寂しそうだった。言われるほど男は胸が苦しくなった。


それから男は昼もタクシーを手配してラーメンの精のラーメンを食べるようになった。年に食べるラーメンは800食を超え、男のラーメン好きは周りにも知れ渡る事となった。「なぜ、同じものばかり食べるのか。栄養バランスを知らないのか?」「食事っていうのは色んなものをまんべんなく楽しむからその素晴らしさがわかるのであって同じものばかり食べるのは味覚が馬鹿になっているからだ。」「非常に幼児的な依存である。」「誰が誘っても全て断って1人でラーメンを食べているみたいだ。変な奴。」「だいたい独りで食事をしたいというのが意味不明だ。そんな人間みたことないぞ。何か精神の病でないのか?」


男は周りの批判にも耳を傾けることなくひたすらラーメンを食べ続けた。体重は倍になり血圧は200を超えた。健康診断では医者に怒鳴られ、すぐにでも食生活を改めないと命の保証は無いと言われた。男と付き合っていた13人の彼女も皆男を不気味がって離れていった。彼女らにしてみれば食事という尤も高度で知的で優雅な行為を、身体を壊しながら、さして特別でも高級でも無い普通のラーメンを食べ続けるというのは自分たちの価値観に対する挑戦であったのだ。


そんな男にある日、衝撃がはしった。ラーメン屋の店主が店を閉めると言うのだ。あまりに客の入りが悪くあんた専門の店みたいだと言われた。

「だったらこのお店のラーメンをすべて僕にください!」

男は土下座して貯金を全てはたいて店主にラーメン作りの弟子入りをした。鬼気迫る勢いであっという間に店の味をマスターした男は店を開く訳でもなくひたすら自分の為にラーメンを作り続けた。


「ラーメンよ。もう君は俺だけのラーメンになったんだ。これからはずっと一緒だ。こんな幸せな気持ちは初めてだ。他には何もいらない。幸せに暮らそう。」

『ありがとう。こんな素敵な人と一緒になれるなんてわたしは世界一幸せなラーメンだわ。これからもよろしくね。』


******************


半年後、店内で男の死体が発見された。不摂生により身体中にトラブルを抱えていたが、直接の死因は心臓発作であった。最後までラーメンを食べていたのだろうか。あたりに飛散し干からびたラーメンは男と心中したようであった。

男の死ぬ迄の経緯は周囲の証言と本人の手記が残っており、その異常さでマスコミにも大いに取り上げられた。孤独にラーメンだけを食べ続ける男に世間の注目は一気に集まった。男の頭の中で何が起きていたのか?それは名のある学者達により調査された。一番のベテラン学者はこう結論付けた。

「これは依存というよりも、人類のある感情の先祖返りではないでしょうか?かつて人類は恋愛という制度で1人に決めた相手を愛する事を美徳としていました。いくら他にも好意を寄せる相手がいてもです。決めた一人以外を差別してたった1人を永遠に愛さなくてはならなかったのです。現代人からすれば不合理極まりますが、医学的経済的理由からそうするしか無かったのです。科学の発展と経済の安定により我々はそのような不合理から解放され、今や誰もが相手にも人数にも性別にも囚われない自由恋愛を謳歌しています。それでも何故か定期的に他者を排除し独占的に愛を注ごうとする者が現れるのです。まるで人間にそんな機能が備わっているかの如く。まったく不合理なものですが。彼の場合はそれが偶然相手がラーメンだったのでしょう。」


「しかし、相手は人間じゃない!ラーメンですよ?当時の人類でも食べ物に関しては好き勝手、浮気し放題の選り取りみどりに食べていたと聞きますよ。飽きずに食べ続けるのは変人扱いだったといいます。しかもラーメンの精などと明らかに幻想と対話している。これは異常です。」

若い学者の反論にベテラン学者は涼しい顔を向けた。

「愛など全て幻想です。性欲と食欲にどれだけの差がありましょうか?死んだ男の幸せそうな顔をみましたか?そういう意味では人もラーメンも大差ないのですよ。」


2016.12.10

読んで頂きありがとうございました。

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