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失われた記憶

また間が空いてしまいましたがまだまだ書きます

俺には催眠術という特別な才能がある。才能があるのならそれを商売にするのは当然の事で、俺は有能催眠術師として一部ではちょっと有名なのだ。


失われた記憶を退行催眠で呼び覚ましたり、ネガティブな思い込みや恐怖感を抱えた客には暗示を与えてとらわれから解放してやったり、逆に危険な暗示にかけられている客の暗示を解いてやるのが主な仕事だ。普通のマンションの一室でひっそりと営業してあるので口コミで知った客が来るだけだ。出不精の俺としては家から出ることもなく悠々自適に暮らせる今の暮らしに満足している。


ノックの音がした。

今日も思いつめた表情で依頼者が訪れる。暗い表情なのは珍しい事ではない。自分で言うのもなんだが催眠術師なんぞにに頼る人間は他に頼ることがない、というかなり追い詰められた状態である事が多い。従ってどうしてもピリピリとした雰囲気を放つ依頼者が多くなるのだ。


だが慣れているとはいえ俺の顔を見るなり

「ああ。駄目だ。この人では私の暗示は解けない。」などと依頼者に断言されるとプライドが傷つく。

俺はムッとしながらも「まずは話を聞きましょう。」と話を進めた。

依頼者の話はこうだ。元々発明家である依頼者はこれまでにマトモな特許は取れずに惨めな日々を過ごしていたという。ところがある日、素晴らしいアイディアが突然浮かんだ。これがあれば人類の大きな悩みのひとつが解消される。ただしこの発明は発見と言った方が良いものでお手軽に低価格で出来るため発明としての収入は期待出来ない。だが明らかに歴史に名を残す偉業であろうと確信していたという。

ところがそこから先の記憶がない。度忘れとかそういうレベルではなくまるでそこだけ抜き取られた様に記憶がないのだという。


----催眠術だな。

俺は直感的にそう思った。催眠術師により記憶を消されているのだ。


依頼者はなんとか記憶を呼び戻そうと様々な施設や大学を訪れたが、断片的な記憶がわずかに思い出されるだけで意味をなさず、ついに最後の手段として俺を訪ねたらしい。


成程面白い。発明の内容にも興味があるし催眠術師のプライドをかけてこの依頼者の記憶を呼び覚まさせて見せよう。


だが事態は困難を極めた。どう催眠術をかけても一向に依頼者の記憶は蘇らない。俺には無理だというのか?先の依頼者の言葉が俺を余計に焦らせる。日が暮れてしまい。続きは次回とさせてもらった。大分いいとこまで来てますよと言っておいたが正直全く手応えがなかった。これは不味いと俺は最後の手段に出ることにした。

催眠術師とは信用商売だ。失敗は許されない。だがどうしても得手不得手な相手もいる。そういう場合に備えて催眠術師は相互扶助グループに入っている。メンバー数人の催眠術師グループで互いに苦手な客の対応を代理で行うのだ。グループ内ではもちろん催眠術がうまくいかなかったという情報は漏らさない。それによって互いの信頼が維持されるのだ。早速俺は仲間のひとりに連絡をとり、当日は助手として手伝ってもらうことにした。彼女はまだ若い催眠術師だが腕は確かだ。以前仕事を変わってやったこともあるので恩を返してもらういい機会でもある。


当日、依頼者には彼女は助手ですと紹介しながら2人がかりで催眠術をかけたが記憶は一向に蘇らなかった。依頼者は相変わらず「助手の方のサポートがあっても記憶を呼び戻すのは難しい気がします。」と後ろ向きだ。流石に俺は焦ってきた。もう一人ヘルプを呼ぼうか。仲間に連絡をとったがすぐに来れるのは新人の催眠術師一人だけであった。あまり優秀とはいえず陰気で頼りなさそうでまるで幽霊のような男なのだが、猫の手も借りたいくらいなので来てもらうことにした。


30分とかからず新人催眠術師がやって来た。ヒョロヒョロと頼りなくオドオドした態度はこっちを不安にさせる。蚊の鳴くような声で「……頑張ります。」とだけ呟いた。だがそんな新人をみて依頼人ははたと立ち上がり「彼なら記憶を呼び覚ましてくれるかもしれない」と言い出した。内心穏やかではなかったが依頼人に従い俺は新人に催眠術を任せた。


「……では」と呟くとモゴモゴと催眠術を掛け始めた。すると依頼人は直ぐに退行催眠状態となり失われた記憶を語り始めた。

「……成程。全てわかりました。」と話を聞いた新人は呟いた。

「え?もうわかったのか?」思わず俺は叫んだが話を聞くと確かに記憶は呼び覚まされたようだ。


依頼人の失われた記憶とは器具も食事制限も運動も必要なく肥満を解消する方法であった。まるで人間のバグのようにある食べ物の食べ合わせだけでみるみる健康的に痩せることが出来るのだ。だがそんな事が判明してしまえばダイエットという巨大な産業に関わる人間が路頭に迷うことになる。特定の解決法を決めず持ち回りで次々と新しいダイエット方のトレンドを広めることで成り立っている業界としてはこんな迷惑なことは無い。解決されては困る問題なのだ。恐らく業界の者が催眠術を刺客として送り依頼者の記憶を消したのだろう。


この秘密をどうするべきかは悩ましい事だが、俺としては何故自分の催眠術が効かなかったのかがわかり安心した。この秘密は相手によって記憶を呼び戻すプロテクターがより強固に働いていたのだ。助手は女性である為どうしてもダイエットについて興味が強い。新人はガリガリなのでダイエットへの興味が薄くプロテクトが弱くなり簡単に記憶を呼び戻せたという訳だ。


つまり体重150kgの俺相手にはプロテクトが強固にかかっていた訳で記憶が呼び覚ませないのも無理の無い話だったのだ。


2016.09.09

読んで頂きありがとうございます。

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