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脳内麻薬国有化

お楽しみください。

爽やかな朝の目覚めは希望に満ちて、今日も1日一生懸命、感謝の気持ちを忘れずに。外に出れば街ゆく人々の笑顔が溢れ、こっちもついつい幸せな気分になり笑顔になってしまう。

「これも全て例の装置のおかげだ!」

幸一は歌うようにひとり言を言う。そんな彼を不審げに見る者など1人もいない。誰もがお互いを慈しみあい信頼しあっているのだ。少々ひとり言を言っていたくらいの事を咎める者など皆無だ。

ひと昔前であれば男がひとり言を言いながら歩いていればそれだけで不審者として通報されるのは当然で、幸一も外を歩けば職務質問されるのが日常であった。あの頃は誰もが疑心暗鬼で暗い顔で歩いていたものだと思う。

街中では常にこの装置の素晴らしさを称える放送が流れている。装置とは脳に埋め込むマイクロチップである。脳内麻薬と呼ばれるドーパミンやエンドルフィンの分泌を制御する装置で初めは鬱病患者や反社会的人格と診断された者に取り付けられていたが、徐々にその効果が知られ、今では装着していない者を探す方が大変だ。


(皆さま。おはようございます。本日も気持ちの良い朝を迎える事が出来ました。今年の夏は朝活としまして朝6時前に起床されますとエンドルフィンの放出を16%増量致します。仕事をするも良し、ボランティア活動に励むのも良し。皆さん、気持ちの良い社会貢献に励みましょう。)


放送を聞くと幸一はますます幸せな気分になった。勿論聴取特典としてエンドルフィン等のいわゆる脳内麻薬の放出が増量されるからだ。


(続いては私の幸せ体験のコーナーです。本日は元社会運動家の大山犬次郎さんです。大山さんかつては本装置導入反対の抗議活動をされていたとか?---はい、お恥ずかしながらあの頃の私はそのように社会に反抗する事がかっこよいと思っていました。つまり人と違う自分に酔っていたんですね。人が何に幸せを感じるかをコントロールしようなんてファシズムだ!等と熱くなっていました。ところがある討論でこの装置は考えを変えるような洗脳装置ではない。ただ快楽物質の分泌を助けるだけで思考は変わらない。マイクロチップを埋め込んでいてもチップに対して批判的な活動を行っている人もいる。むしろそういう人こそ本物で、マイクロチップを埋め込んだくらいで活動を止めてしまう人間は、ただ反抗する自分に酔っている快楽主義者だと言われたのです。マイクロチップこそが自分の信念を確認する試金石になると。---成程。それでお試しになったのですね。---はい、結果に全く驚きました。世の中こんなに楽しく素晴らしいことで満ちているのに自分はなんて退屈なことに時間を費やしていたのだろうと。労働し結婚し子供を育てる。それに勝る喜びは無いとすぐに気が付きました。そう教えられたのではありません。自分で気付くきっかけを与えてくれたのです。つまり洗脳ではなく自分の中の余計な意地を取り払ってくれたのです。今では毎日ニコニコと暮らしていますよ。---ありがとうございました。)


そうか、良かった良かった。放送を聴くとこっちまで幸せになれる。本当に素晴らしい番組だ。幸一だけでは無く街の誰もが放送に耳を傾けてニッコリと微笑んでいる。こんな優しさに溢れた光景以前には考えられなかった。


(続いては重度のドラッグ中毒を乗り越えました中島酒造さんです。---私はドラッグ中毒とその前にはアルコール中毒にもなっていました。当時まだこのマイクロチップは一般には運用されていませんでしたが、政府の研究施設の方が特別に取り付けてくださいました。するとどうでしょうか?酒は今まで通り飲んで酔えますし、ドラッグで陶酔状態に入る事も出来ますが全く楽しくないのです。人間辛いことでもそこに喜び楽しみを見出せば続けられますが逆に快楽でも楽しくなければすぐに止めてしまえるものです。そして今まで苦痛でしかなかった労働や努力がたとえ表面的には辛くても退屈でもそんな自分を誇らしく楽しむ事が出来るようになったのです。労働という行為に対してチップが褒美をくれるのです。今まで何をしても褒めてもらえなかった私がです。それからはがむしゃらに働きました。ただし無理はしません。無理をすると別の快楽が襲ってきます。悲劇に酔う快楽です。それはかつてドラッグに溺れた快楽と同じものでした。そんなものはこの賢いチップが止めてくれるのです。おかげで楽しく健康的に働く事が出来ています。全く素晴らしいですよ。中には機械で克服とは如何なものかという人もいるようです。しかし病気になれば薬を飲んだり手術を行うのと同様で批判されるのは単に新しい技術だからでしょう。鬱病を精神論で治すとか病気を祈祷や金属の棒でさする事で治すとか水素水で健康になるとかそういった風習も個人の自由ですが。やはり時代のスタンダードってのはありますよ。今はこのマイクロチップです。)


幸一はもはや感涙のあまり膝をつきそこから動けなくなっていた。なんて素晴らしいチップなんだ。これを全体主義と貶す人間がいる事が信じられない。頑張れば報われるなんて偽善でしかなかった。誰かが秀でていれば誰かが劣っていることになるからだ。しかしこのチップによって誰もが報われる世界になったんだ。誰もが喜びを感じ幸せに暮らせるこの世界に一体何の文句があろうか!

幸一はくるりとこちらを振り向くと笑顔で語りかけた。

「ねえ、あなたもそう思いますよね?」


ピーピーピー……!


耳をつくブザー音にふいに現実に戻された。

辺りを見回せばここがバーチャル映像を見せるための小さな部屋であったことを思い出させる。

「脳内麻薬の放出が既定値をオーバーしてしまいました。残念です。」

スピーカーからの声に男は狼狽し部屋を飛び出した。部屋から出ると白衣を着た数人の男女がこちらを見ていた。

男は動揺を隠せないまま彼らに抗議した。

「ちょっと待ってくれ。今のは少し驚いて、そのつまり怒りだ!怒りの為にアドレナリンが出てしまったのだ。断じてこんな世界が良いと思った訳じゃない。頼む!もう1度測定し直してくれ!」

白衣の集団のリーダー格の男が前に進み出た。

「残念ですが、あなたは今のシミュレーションに対して明らかに肯定的な感情を示していました。あなたは全体主義に対して肯定的な人間と判断され被選挙権が剥奪されます。お引き取りください。」

「ふ、ふざけるな!何でもかんでも脳内麻薬で測定しやがって!これじゃまるでバーチャル映像の世界と変わらんじゃないか!」興奮して掴みかかった男はすぐに警備員に取り押さえられて何処かへ連れていかれた。


「全く野蛮なやつですね。」白衣の女が呟く。連行される男を忌々しげに見つめながら白衣の男と答える。「ああ、ああいうのがファシストになるんだ。脳内を調べて正解だったな。チップのおかげで国民の本音がわかる。全体主義など絶対に生まれない。幸福度を数値化する事も可能だ。素晴らしいことじゃないか。」

そう語り合う彼らの顔は夢と希望と自信に溢れていた。

そして一斉にこちらを振り向いた。


「ねえ、あなたもそう思いますよね?」


2016.07.03

読んで頂きありがとうございます。

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