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眠り過ぎた男

前回とタイトルが似ていますが関連はありません。どちらから読んで頂いても問題ありません。

うだつの上がらぬ日々をただ繰り返し、やる事といえばバイトか引きこもるかだけの毎日が過ぎていく。試しにここ1週間の記憶をたどっても毎日が同じような感じなのでどれがいつの記憶なのかさっぱりわからない。交換可能な毎日だ。今年で三十歳になると言うのに、これで良いのだろうか。良くは無いが考えて事態が好転した経験が無い。それならば何も考えない方が得ではないか。


夜中バイトが終わり、男はいつものように部屋で1人スマホをいじっていた。他にすることが無いのだ。するとBGM代わりにつけていたテレビの内容がふと気になった。


(太陽は燃えている訳ではありません。水素との核融合を行っているのです。それでも比喩的に太陽が燃え尽きるのは何時か、と問うならばそれはあと約55億年後と言われています。ただそれより先に地球が太陽に飲み込まれてしまうようです。)


ぼんやりとテレビを観ながら「そうか、あと55億年か」と男は呟いた。果てしなく長い。だが太陽にもいつしか終わりが来る。子どもの頃はそんな事を聞いて随分と怖がったのだ。いや、何事にもいつか終わりが来るという事実は、大人になった今こそ男を不安にさせるリアリティを持っていた。考えないようにしていた今の生活を続ける事への不安が、まるで太陽黒点のように心の中にモヤモヤと現れた。


気がつくと男は眠ってしまっていた。脳が考える事を拒否するように。身体がだるく目が開かない。寝た記憶は無いが明らかに寝起き直後のけだるい感覚にウンザリした。また惰眠を貪ってしまったか。どの位寝てしまったのか男がふと見た時計の針は11時少し過ぎを示していた。

記憶が確かならさっき見たテレビは23時半開始の番組だったようながする。という事はもう昼か?と思うがカーテン越しに見える外はまだ暗い。ではまさか24時間近くも寝てしまったのか?とも思いスマホを取り出すと日付は今日のままだ。そして時間は23時11分を示している。


何かがおかしい。寝ぼけていたのだろうか?ぼんやりとしていると23時半を回っていた。恐る恐るテレビを見ると「宇宙と太陽と地球」というドキュメンタリー番組が始まっていた。番組開始から20分ほどじっと番組を見続けていると


(太陽は燃えている訳ではありません。水素との核融合を行っているのです。それでも比喩的に……)


「さっき見たぞ。これ……」明らかに眠る前にみた番組が放送されている。落ち着け、これは正夢だろうか?つまりさっき見たのは夢で今見ているのが現実ということか?いやいや実はさっきのは番組予告で今のが本放送なのでは?


だが考えても解らぬ。それならと男はいつもの態度にでた。つまり考えるのを止めたのだ。

よくわからないが疲れているんだ。寝るのが一番だ。男はあらためてベッドに潜り込み、すぐに眠りに落ちた。


朝の陽射しに目を覚ました男はもう少し寝ようかとスマホで時間を見ようとすると。メールが来ていた。バイト先のコンビニの店長からだ。(本日は欠勤ですか?事前に連絡してもらわなくては困ります。社会人としての自覚を〜)まで読んで男は苦笑した。今日はシフトは入っていないはずだ。店長め、勘違いしているな。そう思い返信しようとした矢先、スマホに表示されるカレンダーの日程が昨日を示しているのに気付いた。「あれ?」昨日バイトをして帰って眠ったのに何故まだ昨日のままなのだ?男は混乱したがとにかく慌ててバイトに向かった。


おかしな1日だった。初めは気づかなかったが客が昨日と全く同じ人間なのだ。学生やサラリーマンならとにかく、明らかに観光客風の外国人が昨日と同じ格好で昨日と同じものを買っていくのだ。そして昨日と同じようにドル紙幣を出して俺を困らせた。まるで昨日を繰り返しているみたいに。違うのは男が遅刻して店長に叱られたことくらいだ。バイトの帰り道、流石に変だと考え始めた男はある仮説を立てた。


「寝ると寝た時間だけ過去に戻っているのではないか?」


そう考えると男は突然頭が働きだした。一体なぜ過去に戻れるのかはわからない。しかも記憶は保持したままだ。では俺だけは時間の流れの外にいるのだろうか?何処までが「俺」なのか?過去に戻った分、俺だけは年をとるのか?新しい服を買ってそれを着て眠れば起きた時その服は消えているのか?古い服に戻っているのか?それなのに俺自身の髪や爪は未来に向かって伸びているのか?怪我をして眠るとその怪我は保持されるのか?例えば皿を割って手を切ったとして過去に戻ると、皿は元通りだが怪我は残っているのか?だとしたら俺の怪我の原因は存在しないのか?考え過ぎて混乱してきた。

だがそんな事を考えてしようがない、過去に戻れるならば何でも出来るぞ!嫌な目にあったり失敗すれば眠ってやり直せばいいのだ。競馬場に行って結果を見てひと眠りすればレース前に戻れる。もはや金の心配など不要だ。何でも出来る!何でも出来るんだ!他には……えーと、他には……


普段あまり考えないのに男は急に頭を使いすぎていた。その結果周りが見えなくなっていた。男はブツブツと呟きながら信号も見ずに道路に進み出ていた。迫り来るトラックのクラクションに気づいた時にはもう遅かった。


男は即死だった。


瞬間、時間が逆向きに進み出した。建造物は低くなり、街から灯りは消えて行き、人はだんだんと猿になり、恐竜が栄え、ゴキブリが生まれ、バクテリアが栄え……、45億年ほどで地球もなくなった。大人しく前に進んでいればあと55億年は輝いていた太陽もなくなった。男は時間の流れの外で永遠に眠り続けていた。そして男がトラックにはねられてから138億年ほど時間がさかのぼり宇宙はビックバン以前に戻り、時間も空間もなくなり男はやっと眠りから解放されたのであった。


2016.16.18

読んで頂きありがとうございます。

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