コミュニケーションの妙薬
藤子F先生の短編的なものを書きたかったのですが、力及ばずなんだか違う話になってしまいました。
それでもお楽しみ頂ければ幸いです。
「おい、小宮!聞いているのか?」
担任の声で我に返った小宮ヒロシは呆けたようなこえで「はあ」と答えた。
「まったく、先生はお前のことが心配だぞ。いつもボンヤリとして、授業も集中して聞いていないな。」
またお説教か。そう思いながらも神妙な顔をつくり時間が過ぎるのを待つ。
「お前は成績は悪くないのに何故もっと積極的になれんのだ?そんなコミュニケーション能力では社会に出て苦労するぞ!」
お説教は30分ほどで終わった。すっかり帰るのが遅くなってしまったなぁ。家路につくなか頭に先生の言葉が浮かぶ。そう言えば叔母さんも言っていたな。従兄弟の兄ちゃんが一生懸命勉強していい大学に入っても人付き合いが苦手だから全然就職出来ないって。知り合いの遊んでばかりの子の方があっさり内定を貰っているとか。「やっぱり今はコミュニケーション能力の時代なのねぇ」そんな声が頭の中で鳴り響く。
「はぁまったく嫌になるよ」
ヒロシはポツリと呟いた。苦手な勉強を頑張って、なおかつ性格まで変えなきゃならないのか。家で一人でプラモデルを作っている方が幸せなんだけどなぁ。それを幸せと感じちゃいけないらしいや。一人でいると本当は寂しいんだろうとか、やせ我慢だろうとか傷つくのを恐れてるんだとかカッコつけてるんだろうとか言って非難されることも今まで何度もあった。ヒロシとしてはそりゃ全人類がいなくなりゃ寂しいけども別に一人で過ごすのが好きなだけでそんなこと言われるのが不思議でならなかった。傷つくのが怖いというのもよくわからない。某動物王国の王になんで君は虎と触れ合わないの?傷つくのが怖いの?と言われてる気分だ。そりゃあなたは虎好きなんでしょうけども……。読書や映画やゲームや漫画やプラモづくりやすることはたくさんあるのに皆何が辛いんだろう?それより帰ったら今日は何しよう。楽しみだなぁ。
「ねぇ君!」
いつもの癖で空想に耽っていたヒロシは突然呼ばれても自分の事とは気づかなかった。ましてその声の主が可愛い女の子であればますます自分には無関係だと無意識に脳がフィルターをかけてしまう。
だが彼女が走って自分の前に躍り出て両手を広げて「ねえってば!」と立ちはだかると流石に自分に話しかけているようだとヒロシでも理解できた。栗色で少しウェーブのかかったロングヘアーと透き通ったグレーの瞳、スタイルの良さは日本人離れしていたがその顔のかわいらしさは欧米的な造形とは異なりまるで……まるでヒロシの好みドストライクであった。
「はぁ」人と話すのは苦手だが女の事話すのはその一億倍は苦手だ。声になっているかもわからぬ間抜けな返事をしてぼんやりしているヒロシに彼女は畳みかける様に言った。
「下校の邪魔してごめんね。あなたの精子さえもらえればすぐに退散するから!」
頭の中で言われたことを高速でリピート再生したが理解が追い付かず、やっと理解できていた頃には恐怖心が襲っていた。こんな話某大御所作家が書いたラノベで読んだ気がするが現実だと怖すぎる。「急いでますので」と蚊の鳴くような声で答えてヒロシは目を伏せて家へ逃げ帰った。
「なんだったんだ。あれは」部屋でゼイゼイと息を整えて小一時間ほどジタバタして落ち着いてくるとなんだかとても惜しい事をしたんじゃないかという気持ちが沸き上がってくる。いい気なものである。思わず声に出してしまう。
「可愛かったなぁ」
「それはどうも」
その声に甘美なる妄想は一瞬にして吹き飛び再び強烈な動悸に襲われた!
「君はさっきの……!いったいどうして?どうやって?」パニック状態のヒロシの背中を摩りながら彼女は笑う。
「未来の力を持ってすればたやすい事なのよ。驚かせてごめんねー。私の名前はリンナ。ちゃんと詳しく話すから」
リンナが語るには彼女は未来からヒロシの遺伝子を求めてやってきたエージェントだと言うのだ。彼女の世界ではあらゆる犯罪に対策がなされ強盗、誘拐、通り魔、テロ、交通事故etcによる死亡はほぼゼロにする事が可能となった。それでも殺人事件はあとを絶たない。一体どういうわけか調べたところ世の中の殆どの殺人は顔見知りによって行われている事がわかったのだ。人間関係とは厄介なもので犯罪のみならずあらゆるストレスの原因を調査すると行きつく先は人間関係のこじれである。昔は人付き合い無しで社会を構成する事が不可能な為、諦めてそれを受け入れ生きていたが今は人工知能を備えたデバイス類が一人ひとりの代理人となり事実上人間同士の直接コミュニケーションが不要となった。無論批判も多数あったがそれも100年もかからずに人の価値観は変わり、もはやコミュニケーションによるストレス事件はほぼ無くすことが可能となったのだ!
「そりゃ大変結構だねぇ」
リンナの熱い演説に、ヒロシは素直に賛辞を送った。素敵だ。これには拍手も惜しまないぞ!羨ましい未来だ。だけど今の世の中じゃ批判の的だろうなぁ。そんな嘘でもホントでもこんなに女の子と話して(一方的に聞いてただけだが)いい気分になれるなんて初めてだ。今までは女の子と話しても疲労感しか感じなかったのに。
終わったと思ったのに再び彼女は話し始めた。拍手をして恥をかいたなとヒロシは思った。
「ごめんごめん。バッファ時間がかかっちゃった。話は終わってないの。未来でもそれでもまだ人とコミュニケーションを取りたいっていう人間が出てくるの。やはり人間関係には快楽もあるから。でもそれはドラッグ同様取り締まるべきものよ。どうしても我慢できない人間にはDNAレベルの対策が行われるの。遺伝子治療よ。過剰なコミュニケーションへの欲望を抑えて健全に過ごせるように遺伝子を操作するのよ。それには一人でも動じず楽しく過ごせる人間の遺伝子が良い。ましてやコミュニケーションが重要視されていた時代にも関わらず、それが出来ていたのならその素質は本物よ!そしてあなたが今回その適任者として選ばれたって訳!この時代で言うコミュ障っぷりはあなたはずば抜けている!」
……これは褒められているのだろうか?
「でも遺伝子が目的ならなんでも良いじゃない?別に……その……あれじゃなくても?」
「精子という形が1番協力的で無償で提供してくれる確率が高いという統計結果が出ているわ」成程そうかもしれない。などと納得しているとリンナはヒロシにのしかかってきた。
「ちょ!ちょいと待ってくれ!心の準備が!てゆーかまだOKとも言ってないし!せめてお風呂に入らせて!」
乙女のごとくたじろぐヒロシを見つめながら彼女は微笑んだ。
「大丈夫よ。わたし抗菌加工してあるから」
そういって彼女は口づけをした。さっきもバッファとか言ってたし、やはり彼女は人間では無いのだなぁと思いつつヒロシは深い安心感に包まれるのであった。
それが何の問題なのだ。
「ご協力どうも!」
目的を達成したリンナは晴れやかな笑顔であった。
「良ければ未来を少しだけ覗かない?法律で金銭の受け渡しとかは禁止されているのだけれどお礼に少しだけ未来を見せてあげたいの!」
そういって彼女は小さなディスプレイを取り出した。画面には1人の少女が映っていた。画面の中で彼女は機械に向かって話しかけていた。
「ついに例の遺伝子が手に入ったのね!これでやっと苦しみから解放される!人と話そうとすると本当は1人がいいんだろうだろうとか、やせ我慢だろうとか孤独を恐れてるんだとかカッコつけてるんだろうとか言って非難されることも今まで何度もあったの。そりゃ全人類が群れてりゃ危険だけれども別に人と過ごすのが好きなだけでそんなこと言われるのが不思議でならなかった。だけどそれもこれで解決するのね。やっとまともに自立した人間になれるんだわ!」
そうしてリンナは自分の時代へ帰っていった。ヒロシは今日も担任に協調性が無いと怒られている。モニターでみたあの女の子の遺伝子を移植してくれたらこの時代でうまく生きられるのになぁと妄想しながら。
完
2015.05.27
最後まで読んで頂きありがとうございます。




