マザコン
お楽しみ頂ければ嬉しいです。
「でもいいよ、マイは幸せそうで。私なんかさ……」
大学近くのいつもの喫茶店で2時間も話していると結局この話題になってしまう。アイスコーヒーを飲みつつわざとらしくため息をつくカナコを見るとマイもつい反論したくなる。
「そうは言うけどね、付き合ったら付き合ったで大変なもんよ。」
贅沢だなーとカナコは口を尖らせる。マイは内心、私だって別にいつでも不平ばかり言うような女だとは思われたくない。と思っていた。でも……
「美男美女のカップルでさ。友達のあたしが言うのも癪だけど絵になるカップルってこういうのを言うんだろうなって思うよ。」
そんな事を言われると満更でもない。つい顔がニヤケてしまいそうになるが、そこは我慢我慢。
「ほら、ニヤけてる!何が大変よー!」
全く隠し通せていなかったらしい。昔からすぐ顔に出るタイプだと人から言われる。損なタイプだ。
「カズヤさんと付き合ってもう半年くらいでしょ?ちょうど不満も出てくる時期ってことじゃないの?例え相手がイケメンで優しくてあの筒井電機で働く勝ち組だとしても!」
「茶化さないでよー!それでも大変なのは本当なのよ。カズヤってなんていうかちょっとマザコンっぽいんだよね。」
カナコは少し意外そうな顔をした「でも男って多かれ少なかれそんなもんでしょ。特に酷いとか?」
うまく話す流れに乗せられてしまったかなとマイは思ったが、実は話したくてしょうがなかったので乗せられるままにしておく。
「初めのうちはよく話題にお母さんが出るなと思った位だったの。テレビとか買い物の話の度に母さんがこの番組好きとか母さんとこの店行ったことあるとか……」
「でもまあそれくらいはねぇ……」
そんなことかといった表情で苦笑いしているカナコを見てマイは少しムキになってしまう。
「それだけなら私だってお母さんと仲いいんだなくらいで済ませるわよ。でも、例えばカズヤ今どき携帯も持ってないのよ。そんなもの持ったら直接会う時間が減るからってお母さんに止められてるんですって。社会人なのに門限があって私と居ても9時前には帰ってしまうの。わたしが料理をつくってもお母さんはこうやったとか。手順が違うとか。すべて比べられるの。それに……もう付き合って半年なのに手をつなぐ以上のこともしてこない。きっとこれもお母さんが止めているんだわ」
話すと楽になるかと思ったが、それ以上に惨めになってくる。つい涙が頬を伝うともはや止めることはできなかった。泣き崩れるマイをみて事態が思ったより深刻だと気づいたカナコは身を乗り出してマナの顔をのぞき込んだ。
「マイ!辛いなら別れるべきよ。いくら条件が良くても女は1番愛されてないとダメだよ。いい年して母親離れ出来ない男といても幸せにしてもらえないよ。」
「……そうかな?」
「そう!たとえ相手がイケメンでなくてもいかに自分が大事にされるか自分に尽くしてくれるかよ。ちやほやしてくれるかで判断するべきだよ!」
それから三日三晩考えた末にマイはカズヤにすべて打ち明けようと決めた。携帯電話を持っていないカズヤだが、いつも魔法のように会いたいときには会いに来てくれ、電話したいと思うと電話をくれる。マイが決心して一時間もしない内にカズヤから電話があり、マイは明日会いたい旨を告げたのであった。
「それで話って何?」
大学の帰りに迎えに来てくれたカズヤといつもの喫茶店に入り少し談笑した後にカズヤから話題を切り替えてきた。やさしく話上手なカズヤが笑顔で聞いてくるとつい決心が揺らいでしまいそうになるマイであったが、意を決して、けれども遠まわしに話し始めた。
「あの、カズヤのお母さんのことなんだけど。」
「お母さん?お母さんがどうかした?」
「カズヤって、ちょっとお母さんとの距離が近くないかなって。もう少し私との時間を大事にして欲しいよ。大人なんだし男なんだし門限とかおかしいよ。今のままならあたし……カズヤとは付き合えない。」
二人の間には沈黙が訪れた。マイはカズヤの反応を待っていたが何やら考え込んでいるらしいカズヤは視線を落としたまま話そうとしない。
「あたしとお母さんどっちか選んでよ!」
痺れを切らしてマイは声を荒らげた。
「選ぶ事なんて不可能だよ……」
カズヤの一言で全ては終わった。「そう」と小さく返事をしてマイは喫茶店を去った。
それから5年の月日が流れた。就職して小さな会社で働くマイは取引先の男性と付き合っていた。相手は年齢も一回り以上も上回りで見た目もあまりパッとしないが優しく給料も良く生活が安定している。次第に彼との結婚を意識する様になっていた。彼の方もなんとなく結婚を仄めかしており、もはや時間の問題だと口に出さずとも二人の共通認識となっていた。
理想の男性とは言えないがこれが幸せなんだと信じてマイは今日も仕事終わりのデートの為待ち合わせをしていた。ところが彼からの連絡で急な残業でデートは延期にという謝罪の連絡が来た。仕事ならば仕方ない。そう思い街を少しブラブラしていると学生時代に通っていた喫茶店を見つけた。「何も変わってないな」と懐かしい気持ちで店を眺めていると店内にカズヤの姿が見えた。思わず「あっ!」と声を上げてしまうとカズヤも気づいたようでマイの方を見た。。
カズヤはあの頃と不思議なくらい何も変わっていなかった。大人に見えていた姿も今ではマイの方が年上のようだ。彼が微笑みながら手招くジェスチャーをするのでマイはつい喫茶店に足を踏み入れてしまった。
「久しぶりだね」
あの頃と変わらぬ笑顔を見ると懐かしさもありマイもつい笑顔になってしまう。思い出話でつい話し込んでしまい気がつくとマイの方からカズヤを家に招き入れていた。あの頃は優しいがマザコンで頼りがいが無いと思えたカズヤも今ではそれも可愛らしく母性本能をくすぐられるようで愛おしかった。夜もふけ「そろそろおいとまするね。」というカズヤをみるとマイはいてもたってもいられずに彼を押し倒したのだった。カズヤは驚いたような戸惑うような仕草を見せたが次第にマイを受け入れた。
翌朝マイが目を覚ますとカズヤの姿はなくベッドの横には手紙が置いてあった。
『マイへ
手紙を残して去ることを許してください。今まで黙っていましたがこうなってはすべてを話さない訳にはいきません。とても信じられないとは思いますがボクはこの時代の人間ではありません。名前も偽名ですし携帯類を持っていないのもこの時代で使えない為です。ボクは未来から来ました。どうしてもマイに会いたい為です。マイと話すだけでボクは幸せでした。しかしマイと結ばれてしまう事は時間法に反してしまいまう事です。さらに過去に戻ってそれも無かったことに出来ますがそうはしたくありません。かわりにボクはもうマイの時代に行く事は出来ません。信じてくれとは言いませんがどうしても知っておいて欲しかったのです。今までもずっとあなたが一番好きなのです。さようなら。
カズヤ』
マイは事態が飲み込めなかったがもしかして彼は母親から他人と一線を超えることを禁じられておりそれを破ってしまった罪悪感から空想の世界に逃げ込んでしまったのかもしれないと思った。
後日マイは自分が妊娠していることを知った。彼氏にそのことを告げると喜び、結婚を申込んでくれた。もし彼との子供でなかったらという気持ちが頭から離れなかったが言い出すことは出来ずに時は過ぎ、ふたりは結婚をした。そして子供が生まれた。
「可愛い男の子ね。マイに似てイケメンになりそう!」病院に来たカナコにマイは黙っていることに耐えられず、子供がカズヤに似てないかと訪ねた。だがカナコは笑って「考えすぎよ。マイ似だよ。っていうかカズヤさんとマイって美男美女で元々顔立ちが似てたしね!」
顔立ちが似ていた?まさかカズヤとは大人になって未来からやってきたこの子では……とくだらない考えがよぎった。だとするとカズヤの話していた母親というのは……くだらないと思ってもつい考えてしまう。だが1週間もすると子供の可愛さにそんな事はどうでも良くなった。私にはこの子が全てだ。愛情の全てを注ごう。たとえこの子がマザコンになっても何が悪いのか。それくらい母の愛は強いのだ。
完
2016.05.01
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