虎の山
間が空いてしまいました。久しぶりの投稿です。
山で死のうと思った。
生まれつきの山師的な性格で定職に就かずバンドで一発当ててやるぜ。とか夢の新技術で一獲千金を得てやろう。とかアイドルが儲かるらしいと地下アイドルのプロデュースをしてすぐ解散となったり、パチプロを目指して金だけが消えていったりと色々な事に手を出すのは良いが山師的なのは性格だけで才能には恵まれていないようで、尽く失敗。借金だけが残り自己破産を繰り返し、もはやまともな金融機関に金を借りることは出来ず、法外な金利を取るいわゆる闇金のお世話になり、それも当然返せず日本各地を転々と逃げ回り、この山にたどり着いた。標高は大した事ないが人里から適度に離れ昼間でも薄暗くじっとりとした空気にあてられたようだ。自分はこの世に生まれて来るべきではなかったのではないか、まともに働けず、まじめに地味にコツコツとりあえず生きてさえいれば良いと言われてもまるで心は動かぬ。来世に期待して今回は人生パスで良いのではないか。山師たる自分が死ぬにはこの山がおあつらえ向きだ、と発作的に思えたのだ。「借金を重ねて回らなくなって首など括ってしまうのが一番だ。」そんなくだらない事を口の中で呟いていると具合の良い木とロープを見つけた。ほら見たことか!まるで山が俺に死ねと言っているかのようではないか。山師が山で死。俺の人生の幕引きにふさわしいくだらなさだ。
ロープを枝に括り軽く引っ張りしっかりと固定できていることを確認して木に登り枝にまたがりロープを首に巻き付ける。後は此処から飛んでしまえば現実からおさらばだ。重力に身を任せようと身体の力を抜き始めたその時、茂みから大きな影が躍り出た。思わずそちらをみると
え?虎?
こんな標高も低い、街からそう離れていない日本の山に何故虎が?
死のうとは思ったが殺されるのはまっぴらだ。反射的に逃げようと木から飛び降りると「待ってくれ!」という声がした。声の方を振り返り見ると虎がこちらを見つめている。その顔には知性が感じられた。というより人間じみた顔をしていた。よく見ると眉毛が生えている。何だこの虎は?まさか声の主は……
「信じられないだろうが、わたしの話を聞いてくれ」
やはりそれは虎の声であった。
虎が語るにどうやら彼はかつては人間であったらしい。子供の頃から早熟で作文が好きで自分は天才作家になれると信じていた。だが声だけは大きく書くことは段々と少なくなり、いつしかネットで他人の作品の批判をし続けるだけとなっていた。自尊心だけが肥大化し続けてますますハードルが上がっていき、周りが就職していくのに今更なぜ自分がちまちま働かなくてはならんのだ。天才作家なのに。と彼らを軽蔑していた。30歳も近づいて来てそろそろ傑作を書いてやろうかと初めて執筆を開始した。あまりに壮大で哲学的で文学界をひっくり返す作品であるため単行本は全50巻はくだらない。その為、いきなり全てを書ききるのは現実的ではい。設定と人物設定の草稿をまとめて編集部に送り付けてやったそうだ。すぐに執筆依頼が来ると期待していたが連絡は無しのつぶてであった。次第に精神のバランスが崩れて来た。かつては才能あるよと言ってくれた家族からの風当たりは強くなる一方であった。もしかして自分には才能が無いのではないか。そんな考えが頭によぎるがすぐに打ち消す。今更それを認められる訳があろうか?意を決し彼は超大作の執筆を開始した。だがいざ書いた分を読み返すと意外と大したことがないと感じた。頭の中となんだか違う。胸騒ぎがしてきた。なにか嫌な事に気付いてしまいそうであった。気づかぬふりを続けていたが日々気持ちは沈むばかりであった。そして死のうという結論に至ったらしい。遺書に作品の存在を仄めかし、未完の大作を残して夭折した伝説の作家になろうという最後の手段であった。まだ彼は自分を信じていたのだ。近所の山に行くと手ごろなロープとちょうど良い木を発見して首を吊った。だが怠惰な生活で増え続けた体重は想像以上に重くなっており意識を失う瞬間に枝が折れ、身体はゴロゴロと坂を転がり落ち、川辺にたどりついた。どのくらい意識を失っていたかは解らないが目が覚めると夜中であった。朦朧とする意識で立ち上がった。のどがカラカラであった。思わず川の水を飲んだ。月夜に照らされた水面には虎が映し出されていた。それが自身の姿であると気づくまで時間はかからなかったという。
「まるで教科書に載っていたあの話ですよ。」
そう自嘲気味に語る虎であった。「つまりセオリー通りならばもうすぐ心まで虎となり人間としてのわたしは完全に消滅するのです。」
うなだれる虎の話を聞いて気の毒に思うやら他人事とは思えないやらで胸騒ぎがしたがその一方で俺の中では山師気質がムクムクと沸き起こってきた。
「なるほど、セオリー通りなら君が虎になったのはつまり、臆病な自尊心とまわりを馬鹿にした態度に対する神様の罰なんだろう!ならばそれを取り除けば人間に戻れるんじゃないか?俺が協力してやるよ!」
半分本気、半分下心ありで語る俺であったが虎は涙ながらにありがとうありがとうと繰り返した。
そうとなれば死ぬのは後回しだ。俺はかつて仕事をしたマイナーなアイドルの所属事務所に電話をかけた。事情は全く信じてもらえぬがなんとかトラックをチャーターしてもらい虎を乗せて東京へ向かう。胡散臭げに対応していた事務所の社長も虎をみるやいなや大はしゃぎで「これはすごい!オリバーくんなんて目じゃない程の大騒ぎになるぞ!」と早速テレビ局へアポを取り始めた。もちろん俺は虎のエージェントととしてしっかりと契約を交わしたのだ。
「テレビなんて出たくないよ。見世物になるなんて真っ平だ」不安げな虎を説得するのも俺の仕事だ。俺は一気にまくし立てた。「今どきテレビなんて皆が馬鹿にしているまさに見世物小屋だ。お笑い芸人に弄られ視聴者に嘲られプライドが傷つくだろう。がさつな一般人に追い回されて。だがそれこそが狙いなんだ。余計な自意識を捨ててピエロを演じる事がお前のリハビリになるんだよ!時間が無いのだから多少の荒療治は勘弁してくれよ」
視聴者の反応は絶大であった。テレビを観る人間は減っても動画がネットに拡散されればその広がり方は世界規模だ。動物愛護に反するのではというクレームは当然来たがあくまで元人間であり虎とは染色体の数が異なるのだと適当な言い訳で押し切り、それ以上詮索される前にとテレビに出演させまくった。虎の人気は瞬く間に広がりゆるキャラに飽きた人々は正反対の正真正銘ガチの虎が話す衝撃に虜となった。とあるトーク番組では自身の体験を大袈裟に悲劇的にお涙頂戴で語り、その自意識ゆえに虎となった事がネットでも受け「中二虎」と呼ばれ面白がられた。その人間臭さが逆にウケたのだ。作家を志していたことを公表すると早速出版社から依頼が舞い込んだ。なにしろしゃべる虎の本だ。話題性は抜群だ。内容など関係なく売れる。虎は大長編を書こうとしていたがそんな暇はない。とにかく編集者と俺で説得をして中編を一冊書かせることにした。虎の初の著作『虎LoveYou』は250万部を超える大ヒットとなった。内容は異世界に転生した豹が雌豹にモテまくり、敵には圧勝し主人公は説教を繰り替えし、誰もがその才能にひれ伏しもてはやされるという話で大いに虎の自己投影と自己肯定に満ち溢れた作品であった。正直俺には面白いとは思えなかったが売れたのだから問題無しだ。一部の作家からは他人に作品を評されたことのない自己満足に満ちた駄作だと批判されたが、それが売れてしまうのだから世の中は面白いのだ。と自分に言い聞かせていた。虎と俺は当初の目的を忘れてこじらせた自意識をより増大させ加えてかつての過剰な自信を取り戻していたのだった。
だが事態はある日突然変わりだした。虎のインタビューから例の山を割り出した者がネットに現れたのだ。まったくなんでも直ぐに特定する連中だ!特定され拡散された情報を元に山には虎と同じように過剰な自意識を持った大勢の人間が押し寄せ、次から次へとしゃべる虎に変身した。しかも彼らは他人を避けて山に籠るようなマネはしない。早速動画投稿サイトで歌ってみるは、踊ってみるはゲームの実況をするわ小説を投稿するわで、しゃべる虎の価値は急落してしまった。まったく今ではどいつこもいつも尊大な自尊心をネットで垂れ流している。まるでクリエイティブな事をしたい人間は虎になるべきという雰囲気までできている。まだ山にでもこもってくれていた方がましだった。かつて虎を批判していたプロにまで注目を集めるために虎になる者が現れだした。
『虎LoveYou』と似たような作品も山のように現れた。そんな作品群を読み虎は顔をしかめた。「つまらん。まったくつまらない。わたしは初めて自分の愚かさに気付いたよ。今までいくら諭されてもまったく周りの嫉妬やくだらない説教だと思っていたが、他人を見て初めてそれに気付けたよ。俺は山に帰る。諦めて虎として暮らすよ。」なんとあの虎になっても消えなかったこじらせた自意識と自尊心を打ち消したのは同族嫌悪だったという訳だ!説得も虚しく虎は山に帰った。
そうしてまた俺は一文無しとなった。儲けた金はすでに様々なプロジェクトに投資しており、それがすべて無駄に終わった。
再び借金生活を繰り返し季節が一回りした頃、偶然雑誌であの虎が人間に戻ったという記事を見つけた。すべてを諦めて山に戻ると人間に戻ったというのだ。今では余計な自意識を捨てて読者の求める小説を書いているという。最新作は風邪をひいた女の子があの手この手で幼馴染の少年に風邪をうつそうとする『ルルは風邪の中』というちょっとエッチなラブコメ作品だそうだ。
そうかあいつも頑張っているんだな。俺はダメみたいだ。そう思い俺はロープを手にして首を括った。偉そうにあれこれ言って自分は何にもないんだ。意識を失う瞬間木の枝が折れ俺は死にきれなかった。近くの水辺にいくとそこにはキツネが写っていた。俺のような人間は虎にもなれないのか。
「なるほど俺は虎の威を借るキツネだったという訳だ。」
笑うと気が楽になった。キツネとなって俺は生まれて初めて生きてさえいれば良いかと思えた。
完
2016.04.15
お楽しみ頂ければ嬉しいです。




