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30/82

円盤より愛を込めて

ついに30作目です。

まさか本当に空から円盤がやってくるとは思っていなかった人類は、大いに動揺、困惑、パニック状態に陥った。空を一面に覆う円盤群が地球の至る箇所に降り立った際にはもはや人類もこれまでかと絶望に打ちひしがれた。

世界各地に着陸した円盤から発せられるノイズはあらゆる周波数で発信されておりその騒音に人々は頭を悩ませた。ノイズに何か法則があるはずだと世界中の学者が分析を行ったところ、どうやら円盤の乗組員はこちらへ好意を寄せているらしいことがわかった。メッセージはとてもシンプルであった。


「地球の皆さんを愛しています。」


もちろんそう言われて「はいそうですか」と警戒を解く者はいない。それでも地球人側の態度が少し軟化したのも事実であった。「すこし様子を伺ってみよう」という意見が少しずつ出てきたのだ。初めに変化が訪れたのは世界に無数に存在する紛争地帯であった。円盤のまわりに見たことのない植物が大量に発生した。そこには巨大な果実が実っていた。葡萄のように実るその果実は一粒あたりがリンゴほどのサイズで赤緑紫ピンクなど複数の色を持つ不思議なものであった。ある難民キャンプの少年が偶然その果実を見つけた。不安だが背に腹は代えられない。空腹に耐えかねて実を口にした。口内に広がるそのあまりの美味に驚いた。毎日食べ続けた果実はただの美味ではなかった。その日の気分や体調に合わせるかのように味が異なり飽きることも無い。毎日新たな実をつけ枯れることもない。話を聞いた難民たちも果実により命をつないだ。


世界各地で円盤の周りには同様の植物が生茂り、その噂に好奇心を駆り立てられた多くの人がその実を食べ舌鼓をうった。

「実にうまい、まるでわたしの心を読んでいるかのように期待のさらにその上をいく味を提供してくれる。これではもう町中の三ツ星レストランは店をたたまなくてはいけないだろう。」

砂漠であろうと永久凍土であろうと円盤の周りではこの果実が実るため、世界中の貧困にあえぐ人々を救う事となった。円盤への警戒心は日に日に低下した。円盤はまさに地球の救世主ではないかという声も出てきた。むろんまだまだ「これは宇宙人の罠だ。あんな訳の分からん食べ物。何が含まれているかもわからんのによく食うよ」と呆れる人間が多数であったが。


何が含まれているかわかったものではない。という指摘はある意味正しかった。この果実を食べたものはあらゆるあらゆる病気を回復させ、抵抗力を高め、知力体力ともに向上させる効果が認められたのだ。円盤付近に実るこの植物を「ソーサーフルーツ」と名付け研究がすすめられた。だがその正体をつかむことはできなかった。ソーサーフルーツにより命が救われた者たちの間では円盤を救世主とみなす宗教が生まれつつあった。植物の(つた)を麺類に例えてその宗教は「空飛ぶスパゲッティ・エイリアン教」と呼ばれるようになった。


「軍事政権の奴らだ!」難民キャンプが襲われたのはそれから3か月後のことであった。次々と銃弾に倒れる者たちを見ながらばらばらに逃げた難民たちは誰ともなく円盤の元に集まってた。初めてソーサーフルーツを見つけ、難民たちを救った少年も胸に銃弾を浴びて息絶えようとしていた。追ってが背後に迫る中、円盤の扉が開いた。選択肢はない。難民たちは円盤の中へ逃げ込んだ。


「なんだこの広さは?」一人の男が思わず叫んだ。外部からみた円盤の大きさは直径30m程であったが内部は広大な土地が広がり、逃げのびた難民たち全員を収容することが出来た。円盤内の天井から暖かな光が降り注ぎ、銃弾を浴びた少年の胸の傷は癒えすぐに意識を取り戻した。

「奇跡だ!」人々が喝采を浴びせ少年の生還を喜んだ。一方外部から軍部は銃弾やミサイルの雨を円盤に向け降らせていたが傷一つつける事はできなかった。ソーサーフルーツは燃え朽ちたが翌日には元の実をならしていたという。


豊かな国の者はいつも安全性を確認してから動き出す。円盤内はどうやら安全で壁を飴のように簡単に伸ばして家を作ることも出来る。つまり円盤内で快適に暮らすことが可能らしい。という噂を聞きつけ実行する者がボチボチと現れだしたのだ。所詮は負け組が破れかぶれで円盤で暮らしだしただけだろう。多くの人はそう思っていた。だがしかしその数は日を増すごとに増えてきた。食品業界は売り上げ低下に頭を抱えた。不動産の価値も落ち始めている。企業や投資家たちはあきらかに円盤の影響であると結論付けた。ソーラーフルーツに高い税金を駆けろ。円盤住居税を取るんだ!と彼らは政府に泣きついたが、アメリカ最大の食品会社であるソイレント・オーウェル社は事態はより深刻であると考えた。そして政府へのロビー活動を開始した。

「あの忌々しい円盤のせいで働かない人間が増加しています。この半年でGDPは1割も減少し、倒産する会社は急増。とうぜん政府も税収は激減していることでしょう。それもすべて円盤のせいです。果物と住処を与えて、人間を堕落させています。失業率は測定不可能です。だれも就職を望んでいないのですから。このままでは政府は機能しなくなります。これはもはや我が業界だけの問題ではないのです。是非とも正しい判断を。」


アメリカ政府は声明を発表した。

「国民のみなさん。今世界は大きな危機に瀕しております。みなさんがご存知のように世界各地に円盤が現れ、その周りに発生した未知の植物を食し、危険性も鑑みることもなく円盤内で生活する人が増えています。一部報道では円盤から友好的なメッセージをが発せられているという話もありますがこれも裏のとりようのない、一方的なメッセージであります。これにより多くの人が人間の誇りである労働を怠り、国民の義務たる納税を回避する動きが見られます。一見楽な道を示している円盤のこの行為は誇り高き我々アメリカ人への挑戦であり、民主主義の敵であります!無償の好意などありましょうか。やつらは何かを企んでいます!円盤は共産主義です!我々は断固戦うべきであります!これは人間の尊厳を守る戦いなのです。従いまして本日より我が国ならびに賛同を得た各国で全国民の円盤への接近禁止を決定しました!」


だがいったい誰が納得しよう。食事も生活の場も病気さえも直してくれる施設があるのに今まで通り働けと言われて働く人間がどれだけいよう。「結局、円盤で暮らしているのは劣悪な労働環境にいた人々が大半だ。恵まれた環境で”自己実現”だの”人の役に立ちたい”だの綺麗ごと言って働いてる奴らが俺たちに嫌な仕事を押し付けたいんだ。」「苦労して良い仕事についたのに俺たちみたいな負け組が楽しているのが許せないだけなんだろう。」「ほとんどの人間は生きるために仕方なく働いていることをわかってないやつらがいつもルールを決めるんだ。」と不満は募るばかりであった。

政府が禁じようとも密入円盤者は後を絶たず、円盤を禁じていない国へ行って円盤内に立てこもる人間も後を絶たなかった。


「我々は楽園を手に入れた。かつて平等の名のもとに搾取を繰り返す人間の強欲により共産主義は崩壊したが、円盤は我々に等しく衣食住を与えてくれる。それが実現した今、国家や資本主義を維持する必要がどこにあるだろうか?そんなものはすべて乗り越え人類が一つになることが出来たのだ。なるほど人々は怠惰になるだろう。かつて苦しみの中から生まれた文化も衰退してくだろう。だが人類の歴史を繰り返す為だけにあえて苦しむ必要がどこにあろうか?人類は次のステージに進んだのだ。もはや苦しみを肯定し、苦しみや世の不条理に打ち勝つ為の成長や成熟は不要なのだ。ただ幸福を!幸福だけを食んで我々は生きようではないか。」革命者グエンの演説に賛同し世界各国で革命がおこった。いくら円盤のまわりに壁を築こうが軍隊を配備しようが押し寄せる人の波を止めることなど出来なかった。多くの兵士も武器を捨て円盤に乗り込んだ。グエンは英雄視された革命が達成するとすぐに隠居生活に入った。かつて、はじめて果実を口にした少年。円盤の奇跡で復活をした少年。彼そこが革命者グエンであった。むろんすべての人間が円盤に入ったわけではない。人は若き日の自分の体験を絶対視し、簡単にそれを捨てることが出来ない。苦労も哀しみもない世界など信じれらない者も多くいた。


一人の男は遠くの円盤を眺めてつぶやいた。

「円盤は人類を愛していたのだろうか。甘やかすだけが愛情ではない。私は子供のころから厳格な父や教師に殴られて育った。そのおかげで立派な人間になれたと信じていたが、今では私を立派だと思う人はいない。古い価値観に縛られた哀れな人間だと笑っている。そうなのかもしれない。だが私は私の価値観から逃れられない。黙って時代の移り変わりを見届けるしかないんだ。」


そして100年の時が流れた。もやは円盤の中で安住に暮らす人間たちにとって外の世界であくせく働く必要など感じる者はいなくなった。


円盤はメッセージを流した。

「地球の皆さん、"邪魔者"は隔離しました。地球の皆さん、愛しています。」

かつて絶滅しかけていた草木は生茂り、生き物たちがのびのびと暮らす自然にあふれた地球に向けて円盤はメッセージを送り続けていたのだ。


円盤の愛は自分たちに向けられていたのではなかった事を知った人類であった。だが気にする者はほとんどいなかった。そんなことに悲しみを感じる事は無い。幸せな今があるから良いではないか。すでに人類の価値観は変わっていたのだ。


2016.2.21


【追記】

一部文章を修正しました。

2016.06.13

昔ながらのSF的な話が好きです。

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