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わたしのアイドル

書いているうちにドンドン当初の予定と話が変わってしまいました。それも味だと自分に言い聞かせての投稿です。

「今日から君たちはアイドルになるのです。」


そう言われた日から、わたしは生まれ変わった。まるで存在価値のなかったわたしが、誰かに元気や勇気を与えることが出来たのならば、わたしはここにいて良いと思えるかもしれない。わたしはアイドル”瑠璃”として活躍するんだ。


わたしたちは7人のアイドルグループとしてデビューする。顔合わせをしたメンバーは皆可愛いし、歌も踊りも上手だ。足を引っ張るわけにはいかないので毎日レッスンが終わってもわたしは1人で練習を続けた。ただでさえ鈍臭いし。

デビューまであと一か月となった日。プロデューサー兼マネージャーの前住さんがわたしたちメンバーのフォーメーションを告げた。当然わたしはセンターなんて務める柄ではなく背が高いという尤もらしい理由で一番端に陣取る羽目となった。人前に出るのが得意ではないというアイドルらしからぬ性格のため、端っこでいいやと初めは思っていたけれど、いざ端だと告げられるとネガティブな気持ちが噴き出してきて、それが顔に出てしまったかもしれない。センターはもちろん翔子ちゃんだった。いつも元気で歌もダンスもうまいし、皆を引っ張るリーダーシップもある。彼女みたいのがアイドルになるべく人なんだろうな。

わたしたちの初ライブは電気屋の駐車場だった。もちろん知名度は全くないので見てくれる人は数えるほどだった。「大丈夫、だれでも初めはこんなものなはず。」そう自分に言い聞かせながらわたしは歌って踊った。


「とにかく、目立て!なんでも良い。相手の記憶に残ればそれでいいんだ!」

しかし、いつまでたってもまったく売れる様子が無いわたしたちに前住さんは言った。

「今どき、可愛い娘はたくさんいるしアイドルグループも佃煮にするほどいる。歌やダンスが上手けりゃ売れる訳ではないんだ。それには何を置いても個性!どんなに優れていても人の目に留まらなくては何の意味もないんだ!嘘でも誇張でも何でもよい。売れてそれから初めて好きな事が出来る様になるんだよ」


わたしには難しいことは解らないけれどもきっと前住さんの言う事は正しいのだろう。目立たなくては目立たなくては。メンバーの杏子(ももこ)ちゃんはブリッコキャラ、舞ちゃんはクールキャラ、百合ちゃんはオタクキャラ、さやかちゃんはバラエティ用にお笑いキャラ、茜ちゃんはおバカキャラ、そしてわたしは根暗キャラをやるように命じられた。元々明るくは無いし下手に明るく振る舞うよりは良いかもしれないと思い、ライブのMC中などはあまり話さず、話を振られた時はネガティブな発言をするように心がけた。

それでも思ったような人気は出ない。メンバーの皆もイライラしているみたいで、楽屋とは名ばかりの物置のような控室の空気はいつもピリピリしている。自主製作で作ったCDはチェキ撮影券やら握手券やらをつけて数少ないファンに何枚も買ってもらっている。ありがたいことであるがイベント毎に面と向かって罵声を浴びせてくる人や、お前らは一生売れないと説教をしてくる人がいる。メンバーが泣きごとをいうと前住さんは表情も変えずにわたしたちを諭した。

「わざわざ会いに来てそういう事を言うってことは、本当は君たちの事が好きでその気持ちが裏返っているだけんだ。人気が出るっていうことはそれだけアンチが増えるっていう事だ。本当に怖いのは無関心だからね。だから君たちはアンチの存在も感謝しなくてはいけないんだ。」

「嫌ですよ。怖い!あいつらが来ると身体が震えるんです。出入り禁止にしてください。」杏子ちゃんが普段のキャラも忘れて叫んだ。

「それはつまりその客の顔を覚えているっていうことだ。面と向かって罵られると嫌でも記憶に残るだろう?彼らは彼らなりに"とにかく目立て"精神を体現しているんだよ。むしろ君たちも見習うべき箇所だ。もっと自己主張をして相手の記憶に残るんだ。」


嫌われてでも記憶に残るのが本当に良い事なの?憎しみは好きの裏返しって本当なの?わたしにはわからない……


それでもわたしたちは演技を続けた。ただ一人センターの翔子ちゃんを除いて。彼女には熱血リーダーキャラ設定があったのだが、日に日に元気を失い、MC中も口数が少なくなっていった。ある日ライブを終えて家に帰ろうとした時、翔子ちゃんに「一緒に帰らない?」呼び止められた。普段を皆バラバラに帰宅するから誰かと一緒なんて初めてで少し緊張した。

「急にごめんね、迷惑じゃない?」「うん、全然大丈夫。」そう言って、初めはポツリポツリとライブやレッスンの話をしていたが、意を決したように翔子ちゃんは私の方を見て言った。

「わたし、前住さんの方針があまり信じられない。」

あまりにはっきり言われてドギマギしたわたしはつい伏し目がちになってしまう。。

「翔子ちゃんのいう事もわかるよ。でも前住さんの言う、まずは存在を知ってもらわなきゃ意味ないっていうのもわかるし。悪口言う人だってわたしたちの事が気になるからだってのもわかる気がする。」

自信の無さからつい当たり障りのない事を言ってしまう。

「わたしも瑠璃ちゃんの言いたいことわかるよ。でも好きの裏返しとか反対とか嫌われても記憶に残ればとかなんだか、信じられない。裏返しって簡単に言うけど、"裏返っている"っていうことが大きな違いだと思うの。顔を覚えてもらうために私たちを罵倒する人と同じ事するなんて変だよ。まずは存在を知ってもらってその後、本当に自分たちらしさを出せば良いっていうけどそれも何かかが"裏返っている"んじゃないかな。」

翔子ちゃんのいう事は何だか難しくてわたしはどう答えればいいのか分からなかった。だけどもわたしの違和感を彼女も感じているんだと思うと、明るい話でもないのになんだか気持ちが明るくなった。

「ごめんね、変な話して。でもありがとう。こんな話出来そうなの瑠璃ちゃんしかいなくて。」そう言って翔子ちゃんは帰っていった。もう少しだけ頑張ろうとわたしは思った。


さやかちゃんと茜ちゃんがテレビのバラエティなどに少しずつ出るようになってわたしたちの知名度は少しづつ上がってきた。ライブ会場も大きな場所で出来るようになってきた。知名度が上がるとファンが増える。素直に喜ぶべきなのだが、ついネガティブな方が気になってしまい、ネットで自分の事を調べてしまう。もちろん良いことも悪いことも書かれているのだけど、どうしても悪いことの方が真実を言っている気がして落ち込んでしまう。「あいつは暗い」「だれもキャラがありがちで嘘くさい」「個性がとってつけたようなものばかり」「まやかし」「つくりもの」「可愛くない」「曲もダンスも微妙」そんな意味の事がたくさん書かれていて、まったくその通りだと思ってしまう。わたしだけではなくメンバー皆実はネットを見ているみたいで知名度が上がるのに比例してギスギスした雰囲気も高まっていった。


「それでも皆、君たちに興味があるから書き込んでいるんだ。わざわざ興味が無いと書き込む事自体がそれを物語っている」


少しづつわたしたちも前住さんの言う事を信じるようになってきた。そう思わないとやってられないというのもあったのだけれど、好きだから憎むんだ。裏返っているのは照れているだけなんだ。本当はわたしたちが好きなんだ。そう信じられれば……


ある日、いつものように握手会をしているといきなり悲鳴が聞こえてきた。

--翔子ちゃんの声!?

男が翔子ちゃんにつかみかかっていた。手にはナイフが握られていた。警備の人が直ぐに取り押さえた。男はなにかブツブツと呟いていた。幸い翔子ちゃんにケガはなかった。たちまちニュースは日本中に駆け巡り、皮肉にもわたしたちの知名度は一気に上がった。捕まった男は翔子ちゃんの大ファンで、毎日辛そうにしている彼女をこの苦しみから解放してやれるのは自分だけだと考え、犯行に及んだという。恐怖でもう、握手会など出来ないとわたしたちは皆訴えたが、前住さんはあっけらかんと言った。


「よし、護身術を習おう。」


習って損はないとは思ったが、講師として現れたのは巨大な外国人のおじさんだった。

それからわたしたちは「フェアバーンシステム」「ディフェンドゥー」「サイレントキリング」「クラヴマガ」「システマ」「KFM」といったあらゆる近接格闘術を習う事となった。アイドルとしての体力を養えるから、心を強く保てるからといわれたが、わたしたちはいったいどこに向かっているのか。それでも翔子ちゃんを筆頭に皆、恐怖感から逃れるように格闘術に打ち込んだ。


「アイドルとは世界中から愛を向けられる。愛は狂気を孕みそれは憎しみを伴って君たちを襲ってくる。自ら愛を認められぬ者は"裏返り"を起こして憎しみをぶつけてくるんだ。だがそれを総て受け止めるんだ。それこそが究極のアイドルだ。」


毎日そんなことを前住さんに言われているとわたしは幸せな気分になってきた。ネットでもどこでもまるですべての人がわたしたちを愛し憎んでくれている。それを一手に受けてアイドルを演じる喜びは何にも代えがたい、そしてわたしたちは気づいた。わたしはアイドルであり、応援してくれる人々もまた、皆わたしたちの記憶に残ろう、あえて厳しいことをいう立場や怒りを煽り新しいわたしたちの一面を引き出す役を演じようとしてくれている"アイドル"なのだと。


「よくそれに気付けたね。」

わたしたちに前住さんは優しく微笑みかけた。そして"気付けた"わたしたちに真実を教えてくれた。前住さんの名前は仮名で実はある組織の人間であるということ、わたしたちはその組織の作ったアイドルであること、そして組織アイドルとして新たな活動がわたしたちに課されていることを。

前住さんのことは今は「M」と呼ぶように言われている。Mの指示に従いわたしたちは"アイドル"に会いに行く。その"アイドル"は、まるでいかにも立派なおじさんという風貌だけどもわたしたちをみて、笑い驚き、泣き叫ぶ。そして罵声を浴びせて来る。愛と演技が一流のアイドルなのだ。照れ屋なおじさんはわたちたちが大好きなのに、かわいそうに裏返ってしまっているのだ。今ならあの時の男の気持ちもわかる。そんな苦しみから解放する為のライセンスがわたしたちには与えられたのだ。


「もう"裏返る"必要なんてないんだよ。」

そういって血まみれのおじさんの頭に銃口を突きつける。わたしの隣で翔子ちゃんもニコリと微笑んだ。そしてわたしは囁いた。

「さようなら、わたしのアイドル」


2016.02.05

読んで頂きありがとうございます。すこしわかり辛かったかなと反省。

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