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天使の骸

昨年の投稿から間が空いてしまいました。これからはドンドン書きたいです。

とある大学の研究チームがヒマラヤ山脈で地質調査を行っていた。目的の調査も順調に進み、チームは帰路につこうと準備を進めているその時、一人の調査員が何かに視線をとられ固まったようにぼうぜんと立ち尽くしていた。。

「おい、アレクセイ。いったい何を見ているんだ?」

異変に気付いたチームリーダーであるレイはアレクセイの視線の先を目で追った。

大地が抉れ、地層がむき出しになった。そしてそこには……


--人間なのか?


黒く小さい子供のミイラのようなものが胎児のような態勢で大地と一体化するように半分埋まっていた。

ショッキングではあるが山ではありえない事ではない。状態からしてかなりの年月が経過していそうだ。何度も地質調査に同行しているアレクセイがここまで動揺する事を訝しんだレイは再び彼の顔を見た。

アレクセイは口をパクパクとさせながらミイラを指さし、かすれた声でつぶやいた。


「あ、あれは天使だ。」


ミイラの背には羽が生えていた。



天使と思われるミイラが見つかったニュースは関係者に瞬く間に広まった。髪は無く、頬はこけ、目は落ち窪み、骨と皮となった姿はお世辞にも美しいとは言えないが、たしかにその背には羽が生えているのだ。大学としては研究の為すぐに本国であるアメリカに移送するように連絡をした。ところがそのニュースをどこからか聞きつけた黒服の男が研究チームの前に立ちはだかった。

「君たちが運ぼうとしているモノはここ我が中国で発見されたものだ。つまり当然我が国の所有物となる。勝手に国外に持ち出して持っては困るね。」

レイはすぐさま反論した。

「いや、これは我々アメリカの研究チームが見つけたものだ。我々に所有権はある。それに調査には我が国の一流の研究施設が必要なのだ。」

議論は平行線となり、ミイラは空港で足止めを食らったまま関係者内で情報だけが拡散され続けた。

アメリカ政府も動き出し中国と侃々諤々の議論を毎日繰り広げている中、話を聞きつけたロシア人が食い込んできた。

「今回の第一発見者であるアレクセイ・ウイスキーはアメリカ留学中のロシア人である。そして今回天使のミイラを発見したのは研究が終了し帰路についている時であるため、あくまでアレクセイが個人として発見したものである。従ってミイラの所有権はロシアにある。」

すぐさまアメリカは「家に帰るまでが研究だ!」と反論したが、ロシアは一歩も引かず議論は三つ巴とあいなった。密かにロズウェル事件および宇宙人解剖フィルムをアメリカに先に越された苦々しく思っていたロシアは天使の解剖は何としても我が国が世界初となる必要があると考えていたのだ。

議論はより混乱を極めていたが、そこにある企業から横やりが入った。曰く今回の地質調査は新たな資源の捜索という目的も兼ねており、その為の研究、探索資金はアメリカ政府でも大学でもなく弊社がスポンサーとなっている。つまり今回の研究時に得られた利益は当然我が者にも配分されるべきであるというのだ。さらに話をややこしくさせたのがその企業はヨーロッパ各国の合併事業であった為、手をこまねいていたヨーロッパ各国がミイラの権利を主張しだしのた。むろんバチカンも黙っておらずその宗教的威光をかさに大いに権利を主張するのであった。南アフリカでは2008年に発見された天使の骨を元にこちらが天使の骸の第一発見だと主張した。その信ぴょう性は相当低いようであるが、各国間の力関係を示すためには何でも使うのである。またイスラム圏にも情報は伝わり大いに事態にからもうとしたが、その内容は関係者により伏せられている。天使のミイラの情報より厳重に。イスラム関連の話題はデリケートなのだ。


あくまで極秘情報であった天使のミイラであったが日に日に情報は広がり、その存在を知る者が増えてくる。すると中には当然、思慮の足りぬ者がいる。そして残念な事にそのような思慮の足りぬ者のスマートフォンにも当然のように情報を世界に向けて垂れ流すアプリがインストールされているのである。

彼が天使のミイラの存在をネット上で呟いた数時間後には天使の存在は世界中に知れ渡ることとなったのだ。もはや所有権の話どころではなくなり、世界中はこのミイラが果たして本物の天使なのか。はたまたイタズラなのかという事に注目した。なかには地球に落ちて埋められていたのだから、これは堕天使のミイラではないか、こんなものを掘り起こしては世界に(わざわい)が起るに違いない!黙示録だ!と声高に語る者も現れた。同様に天使を解剖するとは何事かと科学が足を踏み入れてはならぬ領域に踏み込んできていると批判するものも多く現れた。

世界中で天使ブームが巻き起こり、あらゆる観光地で天使グッズが販売され天使の映画などが作られた。恐竜やサメと同様天使に著作権が無いことに多くの山師が目を付けたのだ。日本はいち早く天使を美少女としたアニメを制作し熱心なキリスト教徒から顰蹙(ひんしゅく)を買ったが、その数倍の絶賛を世界中から浴びて次から次へと似た作品を連発した。中国も同様にアニメ制作を始めたがそのクオリティに疑問の声が多く上がっていた。だが肝心の天使のミイラに関しては見た目が気持ち悪いと主にネット上で叩かれた。


世界中が大騒ぎする中、天使のミイラは中国の大学の保管室から動かす事が出来ずにただ保管されていた。

今日も今日とて議論の為の議論が繰り返されていた。所有権を巡る議論はもはや尽きて、天使の見た目があまりにも不気味であるとか、日本のアニメの出来が良いなどを議論していた。とにかく言い争いをしたい各国はお互いの意見にとりあえず反対をし続けるまったく無意味な状態であった。そんな会議室に慌てふためいた研究員の声が鳴り響き、けだるい会議室に久しぶりに緊張感が走った。


「た、大変です!て、天使のミイラが動いて、どこかへ行ってしまいました!」

会議室は騒然となった。

「動いたって?」「どこかへ行った?」「意味が分からない!」「生きていたのか?というか天使って生き物だよな?」「実はどこかの国が天使を拉致ったのでは無いか?得意な国があるだろう。」

不幸中の幸いというべきか、研究室にはカメラが設置されており、一部始終が録画されていた。


問題の動画の内容はこうだ。安置されていた天使のミイラは突然むくりと上半身を起こした。全身が固まっていたのだろう。ゆっくりと肩を廻し首をひねって身体の凝りをほぐす様な動作をした。気だるげに立ち上がった天使はカメラに気付いたようで何か言葉を発した。そして施錠されているはずの保管室から当然のようにドアから出て行った。その後中国内で天使が天に向かって飛翔していく姿が多数の人間に目撃された。

天使は帰還したようだ。


世界は再び大混乱となったがすぐに天使の発言へ注目が集まった。

世界中の言語学者たちが翻訳作業を始めた。未知の言語である可能性を留保しつつ、ヘブライ語やラテン語、ルーン語、天使の文字と呼ばれるエノク語や何故かスぺランド語で翻訳を試みられた。翻訳が困難を極めているなか、またしてもネットに流出した動画を見たある青森の少年が呟いた。

「これはじいちゃんのしゃべり方と同じでねべが」


少年の祖父である和嶋研一氏の翻訳により天使がかなり訛の強い津軽弁で話していることが確認できた。なぜ天使が津軽弁を使っていたかは不明であるが寒さの為、あまり口を開かず話す津軽弁はヒマラヤで眠っていた天使にとって使い勝手が良かったのでないかと推測された。どさくさに紛れて青森のキリストの墓も観光地として再注目されることとなった。

そして多くの言語学者の確認が行われた後に翻訳文が世界に向けて公開された。以下が全文である。


『私が気持ちよく1万年ほど眠っていたのに人間どもはうるさすぎる。安眠妨害がいかに大罪であるかは、貴様ら人間も知っているだろう。これは新たな原罪であるぞ。

追伸:わたしが痩せて髪が無いのは元々である。ミイラ呼ばわりされるのは大変遺憾である。ヴィジュアルで判断しないで欲しい。私は大変傷ついた。しかしそれにより帰るのではない。あくまで騒音が不愉快であったからだ。勘違いしないように。』


全文を読んだ地球人の反応は微妙なものであったが、とにかく天使の気分を害したのは地球人の失態である。これを期に地球人は争いを止め一致団結するべきであると意見がでた。だが人類の歴史は争いの歴史である。団結は容易ではない。そんな世界会議の中、研究員のレイとアレクセイが共同で声明を発表した。


「とりあえず、我々は天使のような寝顔といった常套句の使用を再検討するべきではないでしょうか?」


これに対して反対意見は出なかった。人類団結の第一歩である。


2016.01.24

読んで頂きありがとうございます。

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