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桃太郎と醜聞

楽しんで頂けば幸いです。

むかしむかしあるところにおじいさんとおばあさんが暮らしていました。

度重なる核戦争により、世界の大部分は灰燼に帰してしまいました。

わずかに残る汚染を逃れた地域は金持ちや政治家といった権力者に占拠され壁で囲われ、残りの人間はそこを締め出され廃墟とし化したかつての街にスラムを作り細々と暮らしていたのです。

おじいさんは体が不自由で、ほとんど動けませんのでおばあさんは一日中、忙しく働きどおしでした。


ある朝、いつものように誰よりも早く共同洗濯場へ向かったおばあさんはそこで小さな赤ん坊をみつけました。

壁の向こうの権力者たちは望まれずに生まれて来た赤ん坊をこのスラムへ時々捨てに来るのです。とはいってもスラムでは皆、自分が生きるのに精一杯で赤ん坊の面倒をみる余裕のある者などありません。放っておかれた赤ん坊はたいていそのまま息を引き取ってしまいます。


それでも心優しいおばあさんは赤ん坊を連れて帰りおじいさんと二人で育てる事にしました。貧しいながらも二人は自分の食べるモノも我慢して赤ん坊を育てました。"モモ"と赤ん坊は名づけられました。モモはすぐに大きく立派な男の子になり、おじいさんとおばあさんになんとか恩返しをしたいと考えました。


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「どうです?ここまでのあらすじは?実に感動的でしょう?」

得意げに語るモモに対して男が言う。

「いや、もっとだ!もっともっと感動で涙を振り絞るようにしなくてはならない。じいさんは怪我より病気が良いだろう。病名は明らかにしなくてよいから、何か深刻そうな雰囲気だけ伝えよう。」

男の指示にモモは渋々と文章の修正を行った。彼の紡いでいる物語は真実であって真実ではない。いったい何故このような物語を書いているのか。それには少し時を戻す必要がある。


モモは大人になるにつれて世の中の理不尽さを知っていった。やさしいおばあさんとおじいさんが貧しい生活を送り、一方権力者たちが壁の向こうで悠々自適に暮らしていることを。なんとか二人に豊かな生活を送らせてあげたい。そう思ったモモの元に男が現れた。男は壁の向こうからやってきたのだ。


「モモ、私がお前のパトロンになろう。」


男の話はこうだ。今モモたちが暮らしているスラムとは別に存在するスラムである通称"デーモン"内で壁内への襲撃事件が増え続けている。むろん圧倒的な武力の差で大きな問題にはなっていないが日に日に巧妙化していく手口に不安は増していく。一刻も早くデーモンを壊滅させるべきであるという意見が出る中、反対意見も多く出た。外部と完全に遮断された壁内では外部の現実を知らずに自由主義的な思想をもった勢力が増えてきてスラムに対する攻撃に反対する者が後を絶たないのだ。多数決を基本とした議会をもつ為デーモンへの攻撃へなかなか踏み切れない状態になってしまっているのだ。そこで壁内の権力者たちの一部が考えたのが他のスラムの人間にデーモンを叩かせることであった。


壁の中という世界から完全に独立した外部の者としてのヒーロー"モモ"がデーモンを倒す。


これが壁内の批判を極小にしてデーモンを壊滅させる方法なのだ。モモをヒーローとするために必要なのは修行でも、武器の開発でもなくコマーシャルであった。パトロンの男は早速モモをヒーローとした情報を流し始めた。壁内の情報インフラシステムは内部の一人一人が動画や文章で情報を共有化出来る様になっていた。そこでモモがデーモンの奴らに襲われた子供を助ける動画などを流し始めればたちまち彼はヒーローとして人気者になっていった。またある時は家庭的な人間として印象付けた。

だがデーモンたちも反撃を開始した。彼らも単なる野蛮人ではなく、情報戦という事を理解していたのだ。


デーモンのスパイが流した動画が壁内の人間たちの間で流行しつつあった。

それはデーモンに住む子供の動画であった。子供はこちらに向かって語り掛ける。

「ボクのお父さんはモモに殺されました」


「くそっやられた!」

パトロンの男は頭を抱えた。

「いやいや。俺は殺してなんかいませんよ!」

モモは必死に弁解をした。

「モモ、事実などどうでもよいのだよ。一度情報が流れてしまえばそれを信じるものが大勢生まれるのだ。まして子供を使われてしまってはな。デーモンのやつら意外とあなどれん。」

パトロンの男はもはや動画の投稿だけでは足りないと判断してモモをキャラクターとして売り出すことにした。イメージアップを狙い、本も出版するのだ。貧しいながらもおじいさんおばあさんに育てられて彼らに恩返しを夢見て、日々悪と戦う青年。そんなイメージで高年齢層の支持を得る目論見であった。動物を部下にしてコミカルな雰囲気を出す計画は動物愛護団体からの抗議を恐れて中止した。


そういう訳で次なる作戦はモモの内面に触れさせることで世間に共感を得させようという計画が実行中なのであった。そう、モモの自伝である。

「ついに書きあげました!」

パトロンの男の注文により、誇張された感動話を散りばめたモモの著書「モモ、いつわりの祈り」は壁内でベストセラーとなった。モモの不幸な生い立ちやおばあさんへの愛情などは壁内の自由主義者にもよく受けた。無論モモが壁内の人間たちへ反感を感じていたことなどは一切書かれてはいない。さらにモモはアイドル歌手としてデビューも果たした。これで若年層の支持も得るのだ。

彼のデビュー曲「モモ色のハンカチーフ」は大ヒットを記録し、彼の人気は絶頂となった。

そこでパトロンの男は最後の大仕掛けと言わんばかりの計画を実行した。


『モモのおじいさんがデーモンの奴らに殺された。』というガセ情報を流したのだ。世間はこれに大いに同情しデーモンゆるすまじという気運を高めることに成功した。今がチャンスと言わんばかりにモモは一気にデーモンを攻めた。実際に攻撃したのはパトロンが用意した特殊部隊の「イヌ」「サル」「キジ」という部隊であったがモモ一人の手柄として報道された。スラムデーモンは壊滅し、モモはヒーローとなり、おばあさんとおじいさんは壁内の住人となり裕福に暮らす事が出来た。


モモは作家としてアイドルとして壁内で悠々自適に暮らしたが、毎日の行動が常に情報として流される生活に嫌気がさしてきた。物語の人物として認識されている為に実際に会えばイメージと違うと言われて一方的に誰もが自分をしている状況に耐えられなくなった。むろんそんな本音を語れば、それで人気と金を得ているくせにと叩かれるのがオチであった。


多大な富を得たモモはついに壁内に巨大な塔を建ててその中に立てこもった。壁内でさらに壁を作ったのである。

抑圧されていた欲望を解放するように中ではハーレムを築いたモモは同じ女は2度は抱かぬをポリシーにドラッグとセックスに溺れた。だが人の口に戸は立てられぬ。モモの醜聞はますます広がるばかりであった。アイドルソングを歌うのを拒否し、パンクソングを勝手に歌いだした。曲名は「アナーキーインザピーチ」であった。パトロンの男もモモの評判が悪くなるとすぐに手を引き、評判が下がると過去の悪い噂も引っ張り出される。やつはデーモンを殺した。子供さえも殺した。ヒーローなんかではない。殺人鬼だ。


そしてついにモモに逮捕状が出た。それを知るとモモは服も着ずに塔を飛び出した。彼はこの星で開発が始まったばかりの個人用宇宙船を既に購入しており、それにより星から脱出した。噂と人気に依存する情報としての自分に嫌気がさした彼はもはやだれの記憶にも残らず誰に知られることもなくただ静かに暮らしたいと願いながら宇宙を彷徨った。だが個人用小さな宇宙船での放浪には限界がある。あらかじめ積まれていた食料も限りあがる。目的もなく何度もワープを繰り返し、気が付くとモモの宇宙船はある惑星の重力に引っ張られてその星に堕ちた。


運良くその星には水も大気もあった。船はその星の川に不時着した。宇宙船は脱出装置の故障により外に出ることも出来ずにモモは意識を失った。


ガンガンと外部から宇宙船を叩く音でモモは目を覚ました。すぐに宇宙船は破壊され大きな手が彼を抱え上げた。それは巨人であった。彼は2人の巨人に救われ衣服や食べ物を与えられた。

この星の大気や食べ物の違いだろうか。次第にモモの身体も巨人に併せて大きくなった。また彼らの言葉も次第に理解できるようになった。偶然か知らぬがモモの宇宙船の形がこの星の食べ物の形と似ており、それにちなんで二人の巨人は彼をモモタロウと名付けた。二人の巨人は年老いており夫婦であるようであった。


そして月日は流れた。


モモ改め、モモタロウの身体はもはや二人の巨人を超える大きさになった。モモタロウは二人の巨人をそれぞれ「オジイサン、オバアサン」とこの星の言語で呼ぶようになった。


「この星は俺の星と異なり、くだらない情報伝達装置など無い文明レベルのようだ。これなら俺は静かに暮らすことが出来そうだ。もはや良い意味でも悪い意味でも誰の記憶に残ることもなく自由に生きることが出来そうだ。」

そう思いながら桃太郎はこの青い惑星で誰に知られる事もなく生きていくことを決めたのであった。


2015.11.28

昔話のパロディは多くの方が書いているようですね。自分も面白いものが書けるように精進したいものです。

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