努力屋
またしても書いているうちにショートショートなのかわからなくなってきてしまいました。
ええ、そうです。すっかり忘れていましたが、おかげさまで思い出せそうです。催眠術とは実に効くものなのですねぇ。たしかに大手外食チェーン店の社長として社会的成功をおさめた理由が自分でもわからないのは気になりましてね。他の社長さんは皆武勇伝を持っていらしゃるのに私だけ、気が付くと今の地位になっていて、本の一冊も書けやしません。というのも昔は今のような努力家ではなかったのですよ。ある日を境に……だんだん思い出してきました。
日も暮れ辺りが暗くなり始めた住宅街でのことです。しがないサラリーマンだった私はいつも通り仕事を終えて帰路についてる時の事でした。
遠くから聞こえるチャルメラの音におや、ラーメン屋かなと思った矢先の事です。
「どぉ~りょ~くやぁ~どぉ~りょ~く」
と、さおだけ屋よろしく聴こえてきた不可解な歌ともいえぬアナウンスが聞こえてきました。不思議に思った私は音の方向に思わず眼をやってしまいました。住宅街の突き当りに屋台を引く男の姿が見えました。好奇心に駆られた私は早歩きで屋台を追いかけました。ええ、流石にいい大人が走るのは恥ずかしかったもので。
突き当りを曲がったところで屋台に追いつきました。というのも少し広い広場のようなところで屋台は店を開いていたのです。周りにはパラパラと人だかりができていました。ほとんどが私のように帰宅中のサラリーマンといった感じでした。多少息切れをしていた私もしれっと人だかりに混ざりました。
「努力屋ってなんだい?努力家って言葉は聞くけどね?」
客の一人が問いかけました。まだ準備中だったのでしょう。店主のおやじはいそいそと品物を広げながら腰を屈めて、恭しく答えました。
「へぇ、わたくしの店は文字通り努力を売ってございます。効率主義ってんですかねぇ。とにかく誰もかれも汗をかくのを嫌がる時代と言われてますがね。それでも他人の努力ってのを見たがる方ってのが大勢いらっしゃるようでして、それで自分も頑張ろうなんて思えるのでしょう。大変結構なことです。ところがテレビや映画では努力ってのは報われたり、悲劇的に終わったりどちらにしてもゴールがあるんですねぇ。あたりまえでございますが。切り取って作られたものですからね。しかし中には、それがゆるせん、とにかく努力している姿だけを見たい。他はいらないなんて方が意外と多くいらっしゃる。そういうお客様に永遠に終わらぬ努力する人々を放送するサービスを行っているのですよ。」
店主が取り出したのは小さなパラボラアンテナのような皿状のアンテナでした。こんな小さなアンテナで受信できるのかなと私は不思議に思いました。まあ一種の衛星放送なのだろうと興味はあまり持ちませんでした。そもそも他人の努力を永遠に見続けることに私はあまり興味をひかれませんでした。
「いやぁ!そういうのを待ってたんだよ!」
ひとりのサラリーマンが叫びました。高そうなスーツをまとっていかにも出来る企業戦士という風貌の男でした。
「しかしねぇ、いったいどんな内容なんだ?」
また別の方向から疑問の声があがりました。なるほど、もっともな疑問です。
「へぇ、こちらのテレビで放送をご覧にいただけます。えーとまずこれが、減量とトレーニングを続けるボクサーのドキュメンタリーです。ただし試合はありません。永遠と減量の苦しみ、ではなく努力をご覧頂く事が可能です。こちらは売れないアイドルのドキュメンタリーです。地方の駐車場や、小さなライブハウスで数人の客相手にライブをする姿をご覧いただけます。こちらも永遠と努力を続けるだけです。間違っても売れてしまい遠くに行ってしまったなんて淋しさに襲われる心配はございません。かといって悲劇的な解散劇が演じられることもございません。永遠に続くのです。お次は一獲千金を狙って起業した男の姿です。こちらももちろん成功など訪れません。かといって破産もせず、成功のためのノウハウや努力を永遠と語り続けてくれませす。疲れた皆様の心を慰撫し、明日への活力となるでしょう。他にも芸人、受験浪人、役者の卵など努力する人間を24時間365日配信し続けます。月々の料金はわずか500円でございます。へぇそうです。わたくしも企業努力しているという訳でございますよ。」
そこで軽い笑いがおこりました。「よし、買ってみよう」と一人の客の声が上がると堰を切ったように自分も自分もとアンテナを買い求める人だかりが出来ました。
先ほども言いましたように、私はどうもそのような努力の押し売りのようなものに興味が持てずに少し冷めた目でその様子を見ていました。今思えば店のおやじはそんな私の様子に気付いていたんでしょう。
大方の客がアンテナを買い求め帰っていく中、私も再び歩き出そうとした時です。店のおやじがスッと近づいて来て耳打ちしました。
「お客様、お客様にはとっておきの商品がございます。もしお時間が許すようでしたらもう少しご覧になって頂けませんでしょうか?」
あまり興味が持てなかった私ですが、おやじの思わせぶりな表情をみると再び好奇心が沸き上がりもう少し見て行こうか、どうせ暇なのだしという気持ちになりました。
数分と待たずに屋台の周りに残ったのは私だけとなりました。
「それでとっておきの商品とは何なんです?」
待ちきれない私をみておやじはニヤリと笑いました。
「へぇ、お客様、お客様は努力の押し付けやら、これ見よがしの努力の垂れ流しを冷静かつ冷笑的にご覧になっているようでしたから。そんな方こそ当店のお得意さまなんでございますよ。」
そういって小さな機械を取り出した。
「なんなんです?この機械は?なにか耳に引っ掛けるようですが」
「その通りでございます。これは努力生成機でございます。お客様のような冷静な方はついつい精神論を警戒して論理的に物事を考えようとしてしまいます。しかし努力は良いものですよ。何しろ欲望を肯定してくれるのです。実は先ほど売ったアンテナあれは努力映像の配信と同時にお客様の努力欲を少しづつ頂いているのです。ええ、契約書には実は書かれておるのです。その努力欲をこちらの機械にて受信してお客様のような方々に格安で販売させて頂いております。どうです。お試し頂けませんか」
促されるままに私は機械を耳にかけスイッチを押しました。するとどうでしょう。突然ムクムクとやる気が満ちて来るではありませんか。今まで趣味もなくただ預金残高を増やすことを楽しみとしていた生活がバカバカしく思えてきます。金、ギャンブル、女。これらの欲求もすべて過程に努力が必要であり尊い行為なのではないのか。今まで倹約に慎ましくなどと考えていた自分がくだらなく思えてきました。
「どうです。この多幸感は。テメーの性欲さえもモテるための努力と言い換え、乳繰り合いたいだけの恋愛も自分を成長させる努力と言い換え、金銭欲も向上心、低賃金過剰労働も夢への一歩と言い換え、あらゆる欲望への渇望さえも美しく粉飾しないと気が済まない人間どもにはピッタリではありませんか」
次第に口汚くなるおやじに私は驚きを隠せません。なぜせっかく芽生えた努力欲を萎えさせるような事を言うのでしょう。
だが次の瞬間おやじの口は耳まで裂け、全身は黒ずみその姿は……
「努力と言い換えてやれば、いくらでも堕落するのだからな人間は。悪魔である俺は努力いらずだ」
そういうと黒い霧のようなものを全身から吹き出し気が付くとおやじも屋台もすっかりと消えてしまっておりました。蛇ににらまれた蛙とはこういう状態をいうのでしょう。私は恐怖で一歩も歩く事が出来ずにいました。そして震える手の中にまだ残っていた機械を耳に取り付けさっそく努力をすることにしました。
すべて忘れる努力です。
今思えば努力を買った事を忘れさせる悪魔の策略だったのでしょうかねぇ?
それにしても恐ろしい。なぜ思い出させたりするのです?早く機械を返してください。
完
2015.11.7
読んで頂きありがとうございます。面白い作品が書けるよう努力いたします。




