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バレンタインにうってつけの日

投稿ペースが遅れ気味ですがお楽しみください。

「ジャン、まだかよー?」

下からの呼び声もよそに、鏡の前で最後のチェックをする。


--よし、完璧だ!


「まったく、遅いぞ。ジャン」

待ちくたびれた少年が顔をしかめる。

「ごめんよノア。準備に手間取っちゃってさ。」

申し訳なさそうにするジャンをみてノアと呼ばれる少年がしょうがないなといった表情で軽く笑う。

「まあ日が日だからね。僕も服装選びにはずいぶん時間をかけたよ。兄さんにも手伝ってもらってね。」

そう笑うノアはきっちりと着込んだブラウスにスリーピースのスーツを着込んでいる。ブランドはもちろんル・グィンのものだ。

「いいよなぁ。そーゆー時、兄さんがいるって。僕の恰好は大丈夫かな?」

自信なさげなジャンもル・グィンには劣るがアルトマンのスリーピースをぴったりと着込んでその縁には代々伝わる刺しゅうが施されていた。

「ああ、ジャン上等だよ。それならきっと先輩も君に見とれる筈だよ」


目的の場所に向かう途中、二人は緊張から普段より声が上ずりながらも、不安を忘れるために話し続けた。

「ノアは今年も宮野先輩?」

宮野先輩は校内でも運動神経抜群、成績優秀、リーダーシップがあり生徒会の会長も務める文武両道の才女だ。当然その人気はすさまじく毎年告白する者が行列をつくる。

「そりゃそうさ!他の人なんて目に入らないよ。」

「すごいな。ノアは毎年告白してさ。無謀だって笑う人もいるけど、本当にすごいと思うよ。それに比べて…」


それに比べて自分は。そう思うと不安が再び強くなる。伏し目がちになるジャンを気遣ってノアがわざと明るく振る舞った。

「ジャン!今年で北野先輩は卒業だよ。今度ばかりは僕の図々しさを見習うべきだと思うな!」

そうなのだ。先輩と一緒の学校に通えるのもあと一か月とすこしだけだ。毎年今年こそはと思って結局果たせなかった思いを今年こそは伝えなくては。ノアの心遣いに感謝しつつジャンは微笑んだ。

「ありがとう、ノア。今年はお互い頑張ろう」

「うん。大丈夫だよジャン。北野先輩は……その変わり者っていうか、あまり人と関わらない人だろ。先輩が男子と話しているのなんて、ジャン。君とくらいだよ」


学校に着くとノアは宮野先輩に告白すべく彼女がいるという食堂に向かった。明るく振る舞ってはいたが足取りは震えヨロヨロと向かう姿をみてジャンは心配になった。だが人の心配ばかりはしていられない。

先輩はきっといつものテラスにいるはずだ。


図書館に隣接するテラスはいつものように人影は少ない。先輩はいつもの場所に座っていたので探すまでもなかった。午後の日差しがテラスに差し込み、その光に包まれて彼女は本を読んでいた。

その美しさに思わずジャンは息をのんだ。決して派手でも特別でもない既製品の服を着ているだけなのに先輩はなぜああも優雅で美しいのだろう。長い黒髪と白く透き通った肌、高い鼻と大きな瞳は意志の強さを思わせる。読書に集中している彼女の真剣なまなざしに見とれてしばらく話しかけられないでいたジャンであったが、彼女の方がジャンに気付いたようで本をパタリと閉じてジャンの方へ振り返った。


「あら、どうしたの?ジャン」


そう微笑む先輩の微笑みは彼女の気の強そうにもみえる顔の造詣とは裏腹に優しくジャンは心の底から幸せな気分が溢れてきた。


「いえ、あの、ここに来れば先輩に会えるかなって」


「そう?わたしもジャンに会えて嬉しいわ。」


顔は真っ赤、頭が真っ白になったジャンは必死に話題を探した。そのあたふたとした様子さえも先輩はにこやかに見ている。

「あ、あの先輩、今日は何の本を読んでいたんですか。」


「そうねぇ。男女の在り方についての歴史を綴った本よ。知っているジャン?昔は男の人が女の人に告白する習慣があったんですって。」

そういわれてジャンは心臓が飛び出しそうになったが、なんとか平静を装いつつ話を進めた。

「えぇ!なんでまた、そんな制度が?」

先輩は面白そうにクスクスと笑いながら、説明を続けた。

「昔は男女の筋力差とかが大きかったでしょう。それで男は女を守るものって考えから恋愛でも男が責任を負うべきという事になったみたいなのよ。」

なるほど、たしかにノアの家で古い映画を見たことがある。その頃は恐竜がいてビキニ姿の女性が襲われるのを男たちが槍で闘っていた。そんな時代の話をしているのか。


「たしかに恐竜は絶滅しましたからね!」


先輩は一瞬キョトンとした顔をしていたが、すぐに笑い出した。

「笑ってごめんね、ジャン。説明が足りなかったわね。もう少し後の時代の話なのよ。」


「サムライの時代とかですか?」

「だいぶ近づいたわね。」


キョトンとするジャンに向かって先輩は説明を続けた。その少し得意げな話しぶりを見るとジャンもなにか嬉しい気分になったのだ。

「実は誰もが恋愛結婚なんてする時代はほんの最近始まったものらしいのよ。ところが始まると同時に未婚率が下がり続けたの。結婚をしないと子供も産まない。すると少子化が加速。人類はドンドン減っていってしまったの。そこで人類は気づいたの。男が女にプロポーズするより女が男にプロポーズした方がはるかに成功率が高いってことに。メディアと学者と政府が一体となって世論を変えていったの。男から女への告白は"無謀な挑戦"と呼ばれるようになったのもその頃からよ。そして今の世の中になったのよ。昔は女の人が洋服に拘ったり、告白をされるように仕向けてたなんて信じられる?」

難しくて話がよくわからなったジャンだが、"無謀な挑戦"という言葉が頭の中で響き渡る。なにか話さなくてはと頭をフル回転させた。

「で、でもそれならどっちがどっちとか決めずに好きな方が告白するようにすれば良かったんじゃ?」

「そういう時代もあったそうよ、過渡期にね。でも人間ってどっちがやるか役割を決めないとどっちもやらないみたい。もちろん例外はあっても全体としてはね。」


なぜ先輩はこんな話をするのだろうか。ジャンはついに何を話せばいいのかわからなくなり呆然と立ち尽くしていた。


「ごめんなさい、わたし理屈ばかりいって。ずるいよね。女らしくないわ。やはり昔の考えって不自然だものね。今の方がずっとまともだし皆が幸せだわ。」


ジャンは気が付くと無我夢中で叫んでいた。

「そんなことありません!確かに先輩はいつも理屈っぽくてオドオドしてあまり人づきあいも得意ではないけれど、それでも僕は……そんな先輩が……」


普段は男から告白なんて"無謀な挑戦"はありえない。だけれども今日はバレンタインだ。

今日は……今日だけは"無謀な挑戦にうってつけの日"なのだ。


「先輩が好きです!」



注釈:なおこの物語はあくまでバレンタインという特殊な日のみの異例を認めて不満を解消させるもので、現状を批判するものではありません。政局に併せて男女を入れ替える事で半永久的に教育的使用(プロパガンダ)可能となっております。

政府広報部


2015.10.31

オチ悩みました。これでよかったのか今でもモヤモヤ……

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