バグ
少年は理屈好きであった。理屈っぽい本を読んではその話をクラスで披露しては煙たがれていた。アキレスと亀の理論や囚人のジレンマ、不確定性理論を振りかざしては矛盾を語り得意顔であった。
そんな少年の口癖は「神の存在は矛盾している」だった。週末に家族で教会に行った際にも大声でそういう少年に両親も手を焼いていた。
科学啓蒙主義の弊害か、若さゆえの妄言か、はたまた彼個人の資質の問題か、いずれにしても思春期にありがちな万能感と劣等感が件のようなセリフを言わせているのだろう。次第に自らの言動を恥じて口にしなくなるだろう。まわりの大人はそう考えていた。
しかしよほど良くない星のもとに生まれたのか少年は青年になっても同じことを言い続けた。神の研究を続けた。だが存在の矛盾などというとたちまち研究者からは疎まれてしまう。
いつしか青年は神を出会うことを目的としていた。矛盾について神自身に聞いてみたかったのだ。
青年は世界中を旅した。時には泉の精霊や魔法のランプにも出会い神との出会いを望んだが願いは叶わなかった。
久しぶりに自宅に戻った青年が小腹がすいて、近所のファストフードを買いに行った帰りそれは起こった。
ハンバーガーを頬張りつつ家路に向かう途中、浮浪者らしき老人が彼に話しかけた。
「おめでとう。ついに君に会う事が出来たな。何でも好きな願いをひとつだけ叶えてやろう。」
面食らった青年は疑わし気に老人を見た。普段ならこんなことは気にも留めない青年だが老人の眼を見たとたんすべてを悟った。
「おお、あなたが神なんですか。いったいなぜ、こんな所に。こんな格好で。」
「すべては決まったことなのだよ。それより願いを言え。巨万の富も永遠の命も世界を支配する権力もひとつだけ叶えてやろう。」
だが青年にそんな事はどうでもよかった。ただ一つ叶えてもらいたいとしたら……
「神よ、あなたより力のあるものを作り出してください!それがあなたに可能であるのならば!」
それは矛盾であった。神が自らより優れたものを作ってしまえば神は万能ではなくなる。かといってそのようなものを作り出せないのならばそれもまた神の万能性を否定してしまう。
「そんなことでいいのか?自らの欲望を満たさずとも?」
「そんなことどうでもいいのです。世界の秘密だけをずっと考えていたのです。」
「あいわかった。何が言いたいのかもすべてわかった。願いを叶えよう」
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そして宇宙が生まれた。
時は流れひとつの惑星が生まれた。その星には生命が誕生した。生命は誕生と絶滅を繰り返し、一つの知的生物が生まれた。
そしてその生物はいつしか神を求めて彷徨った。そしていつしか神と出会うのは必然だった。
「わたしが君の探し求めていたものだ。さあなんでも願いをひとつ叶えてやろう」
その生物は神を見据えて言った。
「この世界のものをなんでも貫く矛と、この世界のあらゆるものを防ぐ盾を作ってください」
神は願いを叶えた。その生物が矛と盾で何をするのかを知りながら。
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神は不思議であった。生物の自分本位の欲求を満たすという設定値をいくら高めても、自分の欲よりもこの世界の矛盾を解きたがる者が現れるのは何故なのか。この設定値をどこまで高めればそんな生物が生まれなくなるのか。
バグによりリセットされたしまった世界をリスタートする前に再び神は設定値を高めた。世界に矛盾を残しつつ。
そして……
この宇宙が生まれた。
完
2015.10.11




