つくりものの世界
夜中に投稿。明日も仕事だというのに(汗)
クスクスクスクスクスクス……
今日も周りの人間が私を嗤っている。すれ違いざまにお前は生きている価値のない人間だと囁かれる。妄想だろうか。狼狽する私の事を見世物にしているのではないか。それでも毎日が同じように繰り返され大きな不幸も幸福もなく淡々と流れる時間の中でふと立ち止まり考えてしまう。
--私の人生とは何なのだろうか?
子供の頃は夢があった。野球選手や漫画家になって有名になって世界中の子供たちに夢と希望を与えたい。そんな事を語る度に大人たちは称賛し激励してくれたし、それが嬉しくて夢を語っていたのかもしれない。
あとはとにかく社長!えらいから!というと大人たちは笑ってくれた。だが次第に夢は現実的なものに代わり、公務員、正社員いやせめて働こう働かなければと自分でも焦るばかりだ。世の中の役に立つとか誰かに必要とされる事を生きる喜びと語る同世代を見てもピンと来ない。ただ生活の為に働き続ける。それを毎日毎日繰り返す。
今日と昨日が入れ代わっても気づくことも無い、そしておそらく明日も。
ある時から周りの人間が私を嗤っている気がしてきた。典型的な妄想だ。そう自分に言い聞かせてもやはり嗤われているとしか思えない。しかも顔面に不自然に笑顔を張り付けているような笑い方だ。リアクションをとれば余計に奴らを喜ばせる事になる。だから何事も無いように過ごすのだ。だがそれもすべて見透かされている。何もかも演技、セットの中にいるような気がしてくるのだ。
こんな事を相談するなんて恥ずかしくて出来ない。神経症としてはよくあることなんだろうと思うがやはり頭から離れない。
荷物を整理しているとき見つけた古い財布の中の名刺で私はある男のことを思い出した。学生時代に知り合った変な男だ。行動も言動も突飛であったが何故か気が合いよく遊んだものだ。だが卒業後はぱったりと交流が途絶えている。親の後を継いで精神科医になったといっていたな。ネットで名前を検索すると勤務する病院もすぐにわかった。電車で50分程度。行けない距離ではない。
「現実感が無い。皆が嗤っている気がする。……か成程成程」
久しぶりに会った男は昔と変わらず、ぼさぼさの髪に無精ひげをはやし、約十年ぶりの邂逅であるのにまるで昨日も会っていたかのように「いよー」とだけ言った。親の後を継いだのだろうが患者は私以外に見当たらずこちらが心配してしまう。それでも私は話さずにはいられなかった。昔からこの男には何でも話してしまう。
「いやいや、別にね、珍しい話じゃないよ。お前も現代人って事さ。映画でもあるだろうマトリックスとかあと何てったけ?あのコメディアンの映画で回りがセットだったよなんてのがさ」
「トゥルーマンショーか。」
「そうそう。あれも皆が少なからず共感したのは突飛だが気持ちがわかるからだよ。現代社会において肉体性が失われ云々そーいう話さ。神経症の一種だよ。哲学的に言うと実存的不安ってやつか?違ったっけ?」
まったくそれくらいのことは自分でもいえる。本当に医者なのかこいつは?こいつに期待したのが失敗だったのか。薬を処方してもらってさっさと帰ろう。そう思っていると突然男の声のトーンが変わった。
「だがそれは正しい。この世界はつくりものだ。」
きょとんとする私をじっと見つめて男は黙っている。話は終わったのか?「何を言っているんだ?」と私が言うと彼は指で机をたたきだした。
トンットントントン、トンットンットンッ
いよいよおかしいことになってきたぞと焦る私を見て男はにやりと笑う。
「覚えたか?このリズムを」
「え?」
「今夜午前2時に。家のどこでもいい。ドアを今のリズムでたたくんだ。そしてそのドアを開けろ。そうすれば俺の言っていたことがわかるさ。」
そう語ると最初の調子に戻りお大事にと帰された。まったく失敗であった。患者がいないのもうなずける。あいつは魔術師か何かか?薬の事も忘れて逃げるように帰ってしまった。また別の病院を探さなくてはいけな。
だが午前2時になればやはり気になる。ある意味ショッキングな体験をしたのだ。頭から離れないわけがない。幸か不幸か眠れぬ日々が続いていたため、その時間ドアを叩く余裕は十分にあった。玄関とワンルームのこの部屋を隔てるドアの前に立ち、私は馬鹿々々しいとわかっていながらもドアをたたいた。
トンットントントン、トンットンットンッ
暗い自室でこんなことをする淋しさは尋常ではなく後悔だけが残る。ますます精神を病んでしまう。だが後悔ついでだ。ドアも開けてやれ。
そこにはスタジオが広がっていた。
私はしばし呆然と立ち尽くしていた。辺りは暗く骨組みの櫓のようなものが高くそびえたち照明や美術道具が辺りに置かれている。振り返れば私の部屋も木の板がむき出しの明らかなセットであった。
本当につくりものだったのか、私がいたのは。辺りはしんと静まりかえっている。だがさほど広くも綺麗でもないスタジオ内をウロウロとしていると話声が聞こえてきた。私はこっそりとそちらに向かった。
『……だからリソースは限られているんだ。それをシェアして使っている以上我々は運命共同体だよ。』
『しかしそれが実際うまくいっていないじゃないすか。』
なにやら揉めているらしい。セットの影に隠れて様子を伺う。気づかれぬように時々覗き込むと3,4人の集団が集まってなにやら相談している。顔は見えない。いや見ようとすると視界がぼやけてしまう。とにかく話をもう少し聞いてみよう。
『じっさい近頃は、我々の存在に気づき奇行や犯罪に走ったりする者も多いという。いやそれだけではない、自殺する人間だって大勢いる』
『どいつもこいつも疑ってばかりいるからだ。その上身体も動かさずに抽象的な事ばかり考えおって』
『それに文句を言ってもしかたないっしょ。しょうじきキツイって。毎日。』
『その通り、我々というインターフェイスがあってこそ初めて彼も現実を認識できるように、彼がいて初めて我々も存在できるのだ』
『その主人があの体たらくでは我々の仕事もこんなざまよ。』
『いやいやそれはおかしいべ。さっきも誰か言ってたようにリンスは同じだぁ。持ちつ持たれつってやつだべ。』
『リンスじゃなくてリソースっすよ』『それよりほかの奴はどうした』
『なんでもテレビまんが見るとか疲れたとかで今日はやめとくって言ったべ』
『くそう。まったくどいつもこいつも。わしの苦労も知らんで。もうわしも疲れた。すくないリソースで外部情報から"現実"を作り出してぇ。やりくりして。なんとかやってるんだぞ実際』
『ふん、努力など。結果が伴わねば無意味だ』
『んだとこのやろぉ!てめーがやってみろってんだぁ』
『おいおい、それがプロの発言か?』
『文句言う暇あったら、音響装置直せ!ずっと笑い声が聞こえるぞ!モブも適当に作るな。アニメじゃねんだぞ!』
『だるぅもう帰っていいっすか?』
……あまり建設的な話し合いではないようだ。だがどうにも奴らが現実を作っているような口ぶりだった。だが想像していたのとはなにか異なる。
モヤモヤとしたまま私はその場を離れた。歩きながら考える。このスタジオが私にとっての現実を作っているとしたらその外にこそ”ほんとうの世界”があるのではないか?作り物じみた安っぽい世界ではなくリアルな現実が。
そう思っているとスタジオの端っこにドアがあるのを見つけた。
このドアを開ければ、そこは現実なのでは?震える手で私はドアノブに手をかけた。ゆっくりと回す。鍵はかかっていない。そしてドアを開いた。その先には……
何もなかった。
真っ白とか真っ暗とかそういう話では無い。何もないのだ。認識することが出来ない。慌ててドアを閉めた。遠くではまだ奴らの声が聞こえる。酒盛りを始めたようで相変わらず喧嘩する者、くだをまく者、泣く者などが騒いでいる。
私は部屋に戻って眠ることにした。
「どうだった?俺の言った通りだったろ?」
私は再び彼を訪ねていた。見たこと聞いたことをありのままに話した。
「で、気分はどうよ?」
少し考えて私は答えた。
「気分爽快で晴れやか!とは言えないな。なんだか今にもつぶれそうな町工場の社長になった気分だ。」
「社長か。すごいじゃないか。」
と彼は笑った。
「ああ。なんだかボロボロだがとにかくやっていくしかないって気分にはなれたよ。確かに私の人生はしょうもなくて出来の悪いセットみたいな作り物だ。だがそれを作っている奴らもなんだか私みたいなダメな奴らが少人数で手作業で作ってた。世界を牛耳る巨大企業や政府みたいのが作っていると思ってたのによ。そう思うとなんだか肩の力が抜けたよ。」
しばらく談笑した後、彼のお大事にという言葉に見送られ帰宅した。
歩きながら私は思う。生きていこう。出来は悪いが憎めない我がスタッフ達と運命共同体として。
なにしろ夢がひとつ叶っていたのだ。私は私というオンボロ会社の社長だ。
完
2015.10.02
読んで頂きありがとうございます。




