グルメサイト
「今日子!ついに招待されたわよ。伝説の料理店へ!」
美希はまるで天地がひっくり返るような勢いでやってきた。だが伝説の料理店と聞くと今日子も興奮を隠しきれない。
「伝説の料理店ってあの?旨ロガーの中でも選ばれた人間だけが入店を許されるって噂の?」
「そうそう!あまりに凄くて、一度この店行くと他では食べれならしいよー!」
「えーそしたら旨ログ続けられないじゃん。」
「いいのよ。ある意味この店にたどり着くためにやってきたんだから。今度の土曜日だから今日子も当日はお腹空かせておきなさいよ。」
そうか、ついにあの店に行けるのか。今日子はあらためて感慨にふけった。初めは美希に誘われて面倒だと思いつつ始めた旨ログであったが、自分の評価が次第に広まっていくとやみつきになっていった。旨ログとは自分が行った店の写真と評価を載せるグルメサイトだ。ほぼ毎日違う店に行ってその店を評価する。舌も少しずつ肥えてきて食べるという事はすなわち頭の中でその味を数値化するという癖がついていった。味だけではない。店内の雰囲気や接客態度も重要な評価ポイントだ。どんなに美味しくても汚い店や態度の悪い店員がいるようでは話にならない。そんな店は低評価をつけてやればいい。そんな評価をアップしてやれば店はその問題点を改善し客が増えるのだから結局店の利益につながる。それにやはり低い評価をするとそれに同調してくれる人間が大勢いる。『わたしもあの店はどうかと思っていました。』『いますよね、ああいう店員。』などと共感を得るのは何よりも嬉しい。そうだ、褒めてばかりでは影響力を持つことは出来ない。信用されない。ダメな店ははっきりとダメということが信用性の高さにつながるのだ。
今や今日子と美希が褒めた店は行列ができ、貶した店は閑古鳥が鳴く始末であった。
そして土曜日がやってきた。今日子も美希もこの日の為に十分に空腹にしてきた。ダイエットなど関係ない。そもそも旨ログを始めた時点でそんなことは頭にないのだ。指定された駅に着くとハイヤーが迎えに来ていた。驚き顔を見合わせる二人だがすぐに乗り込み車内では高級ワインを食前酒として楽しんだ。
「美希、大丈夫かしら?なんだかとてつもなく高級そう。普段私たちの行く店とはレベルが違うって感じよ」
不安げな今日子の様子を見て美希は笑った。
「何言ってんのよ。どうせ招待で代金はタダだし、それにあたしたちはもう美食家よ?高級店ごときにビビってどうするのよ。」
二人は店に到着した。いったい何処を走っていたのかは見当もつかないが森の中のようだ。ひっそりと建っているその店はいかにも隠れた名店という感じで二人は期待に胸を高鳴らせた。美希はさっそくスマホで店の外観を撮影しだした。
「ちょっと美希、いいの?こういう店でパシャパシャ撮っちゃってさ」
「もう今日子ビビり過ぎ。あたしたち今までもそんなの気にせず撮り続けたじゃないの。それが旨ロガーの使命よ。」
それもそうだ。初めは躊躇した撮影も慣れれば何処でも撮っていたではないか。そう思うと高級店だということで怯んでいた事が恥ずかしくなり今日子もスマホを取り出し撮影を開始した。ハイヤーの運転手もニコニコとこちらを見るだけで何も言ってこないようだ。
入口に近づくと中から店員らしき人物が迎え出た。
「ようこそシャ・ソバージュへいらっしゃいました。どうぞおくつろぎ下さい」
店内のうす暗い間接照明でいかにもな高級感でいっぱいであった。あまり広くない店内には机がひとつあるだけだ。
「貸し切りって訳ね。すごい。」
いよいよ料理が出てきた。すぐにでも食べたいが写真撮影は忘れない。
「よろしければお撮りしましょうか?」
店員が撮影を申し出た。料理を撮りたいだけなのだが断るのも何なので二人は撮影してもらう事にした。
さて食べよう。そう思い今日子は料理を頬張った。
「ん?」
思わず声が出てしまった。まずくはない。だがなんというか……普通なのだ。大味とでも言おうか。期待が高すぎたのかもしれない。思わず美希の方を見た今日子だが相手も同じように腑に落ちない顔をしていた。
まだ一品目だし。そう思いながら次の料理、次の料理と食べ続けた二人であったがどれもこれも普通としかいない。ただ量だけがすごいのだ。
「うう。もう食べられない。」
「もう残しちゃおうか」
「どうです当店の料理にご満足いただけましたか?」
店員に対して二人はあいまいな返事をしてお茶を濁した。
「当店では料理だけではなく、スパやエステもご用意しております。よろしければどうぞ」
料理は微妙だったのだからせめてスパでも入ろう。そう思い二人は食後でまだ身体が重かったがスパに入ることにした。スパはさらに奥の部屋に用意されていた。
「それにしてもなんか期待はずれだったね。」
やはり美希も同じ感想だったようだ。
「うん、なんか拍子抜けしちゃった。これは旨ログに書かなきゃだね」
今日子もたまらず同意する。
「なんか高級な雰囲気だけでさ、こんなスパとかエステとかそういうので誤魔化している気がするよね。」
「そうそう、本当に自信ある店なら料理だけで勝負するもんね。量だけ多くてさ。身体が重いよ。」
そうは言ってもせっかく来たのだから元はとろう。ということでエステも受けることにした。
エステティシャンは無口な女でなんとなく気まずい沈黙に耐えかねた今日子はつい話しかけた。
「わたしたち食べてばっかりでエステなんてしばらく行ってないんですよ。これは何を塗っているんですか?」
「岩塩です。デトックス効果があります。」
女は事務的に答えるだけであった。再び沈黙が訪れそうなのを察した美希が話を続ける。
「でもこのお店おしゃれですよね。お店の名前もなんでしたっけ?フランス語みたいな」
「シャ・ソバージュです。意味は山猫です。」
なんで山猫と美希は笑った。だがそれを聞いた瞬間今日子は何か嫌な予感がした。何か記憶の彼方でそんな店の名前を聞いた気がした。
「ねえ美希そろそろ出ようよ。」
気分が優れなくなった今日子は美希を急かしてでもはやく帰りたかった。急いで着替えて店を出よう。
だが置いておいたはずの服が無い。
「すみません、私たちの服が無いんですけど」
エステティシャンの女に話しかけるが返事がない。不審に思った今日子は女に近づいた。
「あの……」
今日子は思わず息をのんだ。女は、いや女だったものは抱き枕ほどの大きさのブラシのような塊であった。
「なにこれ」「なんなのこれ、今日子!!」
異常事態に気付いた二人はバスローブ姿も気にせず店を出ようと入口に向かった。先ほどの店員がいた。
「すいません。わたしたち帰ります。」
だがこの店員も女と同じ巨大なブラシのような塊になっていた。入口のドアは開かない。
「なんなのこれ。どういう事?」怯え泣き叫ぶ二人をあざ笑うかのように店内に声が鳴り響いた。
にゃあお
後日、あるグルメサイトに口コミが投稿された。
『料理名:今日子
あまり肉付きが良くないため、食べごたえが足りませんでした。しかし触感は抜群で癖になる味わいでした。あまり過剰に味付けすることなく塩ゆでが十分!☆4つ
料理名:美希
肉付きは今日子に比べて非常に良かったです。ただし運動不足のようで脂身が多かったのが残念。こちらはソテーにして頂きました。美味しかったです♪☆3.5つ』
口コミの横には微妙そうな表情で料理を食べる二人の写真が添えられていた。
ここは食前ではなく、食後にあれこれ注文が多い料理店なのであった。
完
2015.09.26




