噂の惑星
その宇宙船は何の前触れもなく着陸した。
それも繁華街のど真ん中にである。人々は恐れ逃げ惑い、軍が直ぐに宇宙船を取り囲んだ。だがしかし待てど暮らせど何のアクションも示さない。
ひと月ふた月と時が経過するにつれて、配備した軍隊の数も少なくなり人々もあまり気にしなくなっていった。
三か月目に宇宙船のドアが開いた。人々は驚き、すわ宇宙人かと身構えたが再び音沙汰無しであった。
ドアが開かれたまま月日が流れた。しびれを切らした政府は軍人や専門家で結成した調査隊を送り込むことにした。
12名に及ぶ調査隊は世界中が注目する中、宇宙船の中へと消えていった。しかし突入後1時間も経過しないうちに通信が途絶えた。救助隊を送り込むか否かを協議しているところへ宇宙船から人影が現れたという連絡が入った。
「あ!あれは何だ?」「宇宙人じゃないのか?」「いや化け物だ!」
あちらこちらから恐怖と驚きの声が上がる中、出てきたのは長いくちばしのようなものを持ち目は複眼で全身が鉛色の化け物であった。「あの化け物に調査隊は皆食われちまったんだ」と誰かが叫んだ。
だが宇宙船から出てきたのは、その1体だけではなかった。浮遊する海月のような生き物、星型の中心に巨大な目玉を持ったもの、4足動物のような姿でありながら顔が脇腹付近から出ているものなど異形の生物が次々と出てきた。同じ姿の者は2つといない。
その数は12体に及んだ。
早速コミュニケーションを図るが12体すべて異なる言語で話すので、言語学者を集めても解読が追い付かない。仕方がないので1体に絞り、集中的に解読作業を進めた。
宇宙船の周辺は混乱状態にあった。あの化け物はなんなのか、調査隊はどうなったのか、中に何がいるのか。恐怖と好奇心で詰め寄る人々を軍部が抑えるのにも限界があった。隙をついてジャーナリストが数名、宇宙船に乗り込んだ。数時間後、宇宙船から数体の化け物がノソノソと歩み出てきた。すべて前回と異なる姿かたちであった。
「彼らはこう言っています。”我々は地球人だ。調査隊のメンバーである”と」
言語学者の発表に関係者は戦慄した。
少しずつであるが、話を聞いていくと本人しか知りえぬこと事を語る。どうやら本人らしい。だが記憶が盗まれたものであれば?結局その化け物が人間であるか確定する術が見つからなかった。
どうやらあの化け物は人間らしいという噂は少しづつ人々に知れ渡ることとなった。
すると命知らずの者や自殺志願者などが宇宙船に忍び込み、化け物として飛び出してきた。ある日その一人がマスコミの前に登場した。翻訳機を通してその化け物は語った。
『私は自殺志願者でしたが、この姿に変わってからそんな気持ちは一切なくなった。以前より自分に自信を持ち、毎日が楽しい。姿は変わり果てたが以前より人間らしい気持ちでさえあります』
この報道で宇宙船に入る者がどっと増えた。
人数が増えていくと噂が噂を呼んだ。「悩みが無くなる」「病気が治る」「自分らしくいられる」「運気が上がる」などと嘘か真実かわからぬ情報が蔓延し、また人数が増えるというスパイラル構造となっていった。
姿を変えることはもはやファッションの一部となり、いつしか異形の者の存在に違和感を覚える者は少数派となっていった。
ある評論家は語るところには「この異形化現象は自分は特別でありたい、悩みから解消されたいという人間の特に若者の要求を見事に解消してくれるのです。同じ姿の者がいないということはこれ以上ない個性となり、言語が異なるのは過剰な同調圧力から逃げ道となり自分の世界を構築できる。かつては皆が同じになることでこの悩みから解消されようとしましたがそれが無理だとわかり停滞していたところに今回の現象が発生した訳です。これに飛びつく人間は意外と多いと思いますよ。まあ噂なんですけど。かくいう私も今度例の宇宙船へ入ろうかと」
数年が経過すると地上に人間の姿の者はいなくなっていた。それが確認出来た頃、もはや人も集まらなくなった宇宙船から数名の人影が現れた。
「ついに、地球人の変換は完了したな。」
「うむ。地球人は異形の者を排除するという噂だったからな。これで我々も受け入れられるだろう。」
「しかしこの星はいい星だな。噂通りだ。」
そう語る宇宙人の姿はかつての人間とほぼ変わらず、わずかに瞳が赤みがかっているだけであった。
完
15.09.17
書いてるうちにテーマが変わってきました。いやはや。




