さよなら、ショートショート
※このショートショートはオチがなく、安心してご覧いただけます。
「なんですか? これ」
作家の男が電子書籍でショートショートを読もうとすると、こんな文言が飛び出してきた。
「はあ、最近はオチとか忌避される傾向にあるので、始めに断りを入れておくんです」
編集者は、普通のことですと言わんばかりだった。
「でもショートショートってオチが大事なんじゃ? まあ、そうじゃない作風の人もいるけど、やっぱ王道はオチで落とすというか……」
「もうミステリーは厳しくなってますよ。まず殺人がNGです。殺人という違法行為をエンタメにするなんて、読んだ人がショックを受けてしまいますから。さらに意外な展開も、不安感に襲われてしまい、先にオチを見ないと怖くて読めないのです。先生のショートショートもシニカルなオチが多いので、これからは極力、意外性がなくてショックも受けない話にした方がいいかもしれませんよ」
そんなバカなと思いつつも、そういえば最近、普通の本や映画を観ても「この後ショッキングなシーンがあります」とか、「性的なシーンがあるため、不快に思う方は◯◯まで飛ばしてください」といった注意が出てくるようになった。古い本でも、読む前に「この本には現代の価値観では読むに堪えない描写があります」などという注意書きが続出している。
先が見えないことに対する不安は、日に日に増しているようだった。受験や就職はAIにより、事前に受かる可能性の高い学校や会社だけを選ぶようになり、会社側もAIで、内定辞退や就職後すぐに転職する可能性の低い学生を選ぶようになった。社会人も成功可能性を計算させてから転職や結婚、出産をするようになった。直感や冒険心の強い人間は「どんでん返し人間」と呼ばれ、忌避された。
そんな中、再評価されたのが国会運営だった。国会では事前に与野党協議や官僚との折衝によって内容はほぼ決まっており、本会議ではそれを儀式的に行っている要素が強かった。そのため、国会中に寝てしまう議員が多かったが、逆にそれは「どんでん返しのない理想的な会議」として賞賛されるようになっていった。結論が分かっているから安心して眠る事が出来ていたのだ。少し前まで寝ている国会議員を罵っていたコメンテーターも、「いやあ、心の不安を取り除くための予備行動をしての国会運営とは実に素晴らしい。国民のリーダーにふさわしいですね」と、手のひらを返して絶賛した。
そして何より、人々が嫌った最大のオチは「死」であった。どんな人間にも訪れるラストは不安でしかない。そして、それは避けることができなさそうでもある。そのため人々は、死を徹底的に無視するようになった。ミステリやサスペンスはもちろん、ニュースでも死に関するものは排除され、医療ドラマも「絶対に患者は助かります」と断りを入れるスタイルのものばかりとなった。
ある学者は、「かつてある哲学者は『メメント・モリ』、すなわち『死を忘れるな』と言ったが、現代では逆で『オブリヴィスケレ・モルティス』、つまり『死を忘れろ』の時代だ」と語った。しかし、メメント・モリと違って言いにくく、覚えづらいので、誰もその言葉を使わなかった。
作家の男も、いつのまにかショートショートにオチをつけなくなっていた。誰に強制されたわけでもないが、なんとなくそうしたくなったし、オチなんてない方が外国の短編小説みたいでオシャレじゃないか、と思うようになった。
だが、もしこの世界が物語だったら、最後にどんなオチがつくのだろうと、ふと考え始めた。
……いや、やめておこう。そんなことは考えないほうがオシャレだ。
完
2025.12.31
最後まで読んで頂きありがとうございました。
2015年から書き始めたショートショートもこれで100本目です。全くアイディアが浮かばない時期もあり予想より時間がかかってしまいましたが最後は書き溜め分も含めて一気に投稿させて頂きました。
これにて一度、ショートショートの詰合せは完結とさせて頂きます。楽しく読んで頂けていれば幸いです。
ありがとうございました。




