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第81話(謀)

「相変わらずアザレアの料理は美味しいわ……悔しいけれど」


 綺麗に切り分けられた魚の香草焼きを口にいれ、クラヴィアは作った張本人を羨ましそうに見上げる。

 テーブル脇に控えていた女中のアザレアが、令嬢の賛辞を受けて腕を腰に当て、胸を張る。


「幾つもの山を越え、川を、海を越え、数々の料理人たちとの飽くなき戦いをこなしてきた私の料理! そりゃもう、美味しくないわけがないですよ!」

「そう…そこまでしないと、この味は出せないのね…」


 女中の法螺話を額面どおりに受け取るクラヴィアは、唇を噛み締めて皿を見下ろす。

 全身から悔しさを滲ませている令嬢の横で、アザレアは人差し指を立て左右に振ってみせる。

 

「で、す、が! こんな私にも、足りないものがありまして」

「足りない、もの?」


 クラヴィアにとっては、どこまでも完璧に見える料理の数々。

 意外な言葉に令嬢は目を瞬かせ、首を傾ける。


「この腕前で、足りないものなどあるのかしら?」

「はい! なんだと思いますか?」

「……見当もつかないわ」


 真剣な表情で考え考え、最後には降参とばかり首を振るクラヴィア。


「…それはですね…」

「それは…?」


 全神経を集中させるかのごとく、令嬢の視線は女中に注がれる。

 対して、アザレアは拳を突き上げて宣言する。


「愛! 愛でございます!」

「あ、あい?」

「クラヴィア様には溢れんばかりの、坊ち…フリギア様への愛があります! 愛は最高の調味料!」

「そうかしら…?」

「はい! 心を、特に愛を籠めて作った料理には、幾千もの戦いを経験した私でも勝つことができないのでございますです」


 およよよ…と泣きまねをしてみせる女中。

 突拍子もない答えに、クラヴィアは半信半疑の視線を、料理とそれを作った当人との間で往復させる。


「…………愛…」

「最強の調味料は愛! ってあらま、冷めちゃってますね。クラヴィア様、茶葉を交換してくるので、しばしお待ちを」

「……ええ………愛……料理……」


 令嬢が手にしていた紅茶が冷めていたことに気づき、アザレアは、愛という調味料について考え込む令嬢を一人にして、食堂の奥、台所へ姿を消す。

 巨大な食器棚と、調理に必要な数々の魔法具が置かれた台所。手入れも行き届いたその場所に、女中がやってくる。

 アザレアは茶葉が置かれた戸棚の前を通り過ぎ、女中服の懐に両手を突っ込む。


 すぐさま引き抜かれたその手には、先端を尖らせた木の枝が、何本も握られていた。


「よいしょと」


 両手に木の枝を持ちながら、アザレアは台所に並ぶ窓の一つを開け放ち。


「そ、り、や、ぁっと!」


 掛け声に合わせ、凶悪なまでに鋭く削られた枝を投擲すること数回。

 尋常でない速度で庭へと撃ちだされた枝たち。


「さあて」


 だが、アザレアは結果を見届けることなく、静かに窓を閉ざす。


「茶葉、茶葉…」


 続いて、戸棚から新しい茶葉を取り出すと、魔法具によって瞬時に沸騰した湯を使い、紅茶を淹れなおす。

 盆によい香り漂う茶器一式を乗せ、何事もなかったように食堂へと戻る。


「クラヴィア様、お待たせしました。今、新しいお茶に取り替えますのでお待ちくださいまし」

「ねえアザレア」

「はい、なんでございましょか」

「料理に愛って…そんなに重要なのかしら?」

「そりゃあもう!」


 一人悩み続けていたらしいクラヴィアは、どのような結論に達したのか、冴えない表情を浮かべていた。

 茶器を取り替えながらも、アザレアは力強い笑みを浮かべて、令嬢の不安を取り除くように勢いよく頷く。

 

「料理に関して、私の言葉に間違いはございませんとも!」

「けれど、家で作ってもこの味が出せないのよ」

「ええ。これは私の味ですから。クラヴィア様にはクラヴィア様の味があるってものですよ」

「駄目…やっぱり駄目よアザレア。フリギア様にお出しする自信がないわ」


 普段から端然とした雰囲気のクラヴィアが、ここまで弱音を吐くのは滅多に無い。

 本気で滅入っているらしい令嬢に、アザレアは相槌を打ち、同情を寄せつつも満面の笑みを浮かべている。


「なるほど。では一度フリギア様に腕を振るってみてはいかがでしょうか?」

「あ、あのねアザレア。私は料理が得意ではないと…」


 突然の提案に、クラヴィアが持ったカップが揺れ、中身が零れそうになる。


「愛があれば得意不得意なんて問題ありません! それに、クラヴィア様の手料理、フリギア様も楽しみにしてますし」


 慌てて持ち直す令嬢に向け、アザレアはお盆を抱えたまま力強く断言する。

 その言葉を受け、クラヴィアはまたカップを揺らし、慌てた様子で動きを止める。


「楽しみと言われても、ああ、困るわ…」

「クラヴィア様の愛が籠められた手料理なんて目にした日には、フリギア様、きっと感激して涙しちゃいますよ!」

「そこまで期待してくださるのは嬉しいわ。けれど、フリギア様に出せるほど上達していないのよ」

「弱気になっちゃあいけません! 何事も挑戦です!」

「そうなのでしょうけれど…」


 できるならば、非の打ち所がない、完璧な料理をフリギアの前に出したい。

 クラヴィアは日々努力しつつも、中々上達しない料理の腕前を思い返して、益々落ち込みながらカップへ顔を落とす。

 

「でしたら、まずお菓子から挑戦してみてはどうです?」

「…お菓子?」


 いつの間にか、クラヴィアの前には焼き菓子が乗せられた皿が置かれていた。一瞬の間で、アザレアが台所まで取りにいったらしい。

 その一つを摘み上げ、女中は片目を瞑ってみせる。


「ああ見えて、フリギア様ってばお菓子が大好きで! フォルツァンド家…ミノア様の影響で」

「まあ、そうなの?」

「はい! 特に焼き菓子が」

「お菓子なら、それなりに…」


 料理とは違い、菓子に関しては作れる種類も多く、家の人間にも好評ではある。

 少しだが自信を覗かせたクラヴィアの答えに、アザレアは嬉しそうに手を叩く。


「では、今度、お菓子を作って出しましょう! 色々準備もあるでしょうし、ここの台所も使ってくださいまし!」

「え、ええ。フリギア様も好きというなら…一度、作ってみてもいいわね」

「お菓子といえば、焼きたて、作りたてが一番! となれば、クラヴィア様がここで作って、出来たてをフリギア様が食べる! どうです? 完璧じゃないですか!」

「………」


 その光景を想像してか、気落ちしていたクラヴィアの顔が真っ赤に染まっていく。

 染まってる染まってる、とアザレアは内心楽しみつつ、それをおくびにも出さず、令嬢を応援している体で続ける。


「クラヴィア様なら珍しい果物も手に入るでしょうし、それを使ってお菓子を作れば、絶対に喜んでもらえますよ!」


 これでフリギア様の心臓鷲掴み! と、アザレアの手は何かを握り潰すような動きをとる。

 そんな物騒な動きから、どのような未来を目に浮かべたのか。クラヴィアは焼き菓子の山へ迫力が無い目をやり、小さく頷く。


「…考えて、おくわ」

「是非とも! その時は遠慮なくおっしゃってくださいまし」

「アザレア! そ、その時は…貴方も手伝うのよ」

「勿論ですとも!」


 そこだけ迫力ある目を向けられ、けれどアザレアは分かっている、とばかり嬉しそうな顔で鋭い視線を受けきる。


「これでさらに進展っと…うふふふふ」


 フリギアとクラヴィアの婚約は、よくある貴族同士の取り決めではあるが、珍しく両者とも互いを好いている。

 それが一番なのだが、クラヴィアは他の令嬢たちとは違い、武術の心得もあり自ら諜報に動く勇敢さも持ちえている。

 耳まで赤くして近い将来のことを考えている姿は恋する令嬢そのものだが、一度その時がくれば、刀を抜いて敵へと立ち向かう。


 まさに、フリギアと出会うべきして出会った女性。


「とくれば、こっそり堂々いじく…応援するのが私の使命! っと」


 こっそり拳を突き上げたアザレアは、再び思考に没するクラヴィアを置いて食堂を出ていく。

 何度も一人きりにしてはいるが、令嬢の部下が近くで護衛していることは把握しているので、心配などしない。

 

「ふん、ふふふふんふんふん…」


 女中は鼻歌を歌いつつ、屋敷の一階奥にある倉庫へと向かい、モップとバケツ、雑巾といった掃除用具を取り出していく。

 そして一階入り口へと戻り、彫像のように広間で直立していた執事へ声を掛ける。


「お爺ちゃん、また床汚したでしょう。お屋敷の中では、お客様を粉砕しちゃ駄目って言ったのに」

「はあ、聞こえませんのう。アザレアさんや、お昼ご飯はまだですかな」

「んもう!」


 シミ一つない執事服に身を包んだサフォーが、顎に手をあて、女中の小言を聞き流す。


「庭に落ちていた枝を集めていた理由が分かり、すっきりしましたよ」

「皆の食事時ぐらい、ゆっくりしたいじゃない。後の掃除は私がするから、お爺ちゃんはお昼ご飯をどうぞ」


 軽く手にした掃除道具を振れば、サフォーは嬉しそうに食堂へと目を向ける。


「本日の献立は何ですかな」

「今日はねえ…お爺ちゃんの好きなお魚よ」

「有難いことです。私は良い孫を持ったものですなあ」

「ねえ、お爺ちゃん。新しい槍が欲しいんだけど」

「なんと」

「今の槍もいいんだけど、もう一つ重い槍も欲しいのよねえ」

「一振りで我慢しなさい」

「やだやだ、買ってよ!」

「可愛い孫のために…と言いたいところですが、私の財布を犠牲には出来ませんな」

「けちっ!」

「では失礼」


 膨れ面してみせた女中へと微笑み、サフォーは逃げるようにして食堂へ姿を消す。

 アザレアは不満そうにモップを肩にかけ、バケツを持ち、二階を見上げる。


「それにしてもシアム君、部屋から出てこないわねえ。結構派手にやってるけど、気付かないのかしら?」


 夜には明かりが灯り、朝には消灯しているようなので生きてはいるらしいが、階下にいても物音一つ聞こえない。


「私の手料理を食べてもらえると思ったのに…残念」


 食事に関してあまり感想を述べないフリギアと、静かに食事を進めるサフォー。

 今一張り合いがない二人とは間逆の、何でも素直に口にしてくれそうなシアムに料理を食べてもらいたい。

 ちゃんとした感想が聞けると思ったんだけどねえ、と呟いたところで、アザレアは自分の役目を思い出す。


「おとと、掃除掃除っと。固まると厄介だから早くしないと。あ、でも固まらないと困るモノもあるのよねえ」


 ちら、と裏口に向けて意味深長な笑みを浮かべた女中は、早足で水場へと向かった。















 今回は鈍足更新にならずにすんで…いますね。

 毎度のことながら、ここまで目を通していただき、有難うございます。


 さて。

 何話か前で書きましたが、絶讃~(謀)は一旦ここで切らせていただきます。

 こちらも前に書きましたが、話数が増え過ぎると、どこまで目を通したのか分からない、マウスカーソルが面倒臭くなる、と思われるので。

 丁度良いところで切れそうでしたので、今回は、ここで完結扱いとなります。

 ですが、そう遠くない内に類似タイトルで続きを投稿する、はずなのでご安心下さいませ。

 とはいえ、鈍足更新なのは変わらないので、続きが気になって仕方がない、という奇特な方は、長い長い目と何事にも動じることのない大らかな心を装備し、続きを、82話をお待ちくださいませ。


 以上、ここまで一読、有難うございました。

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