第80話(謀)
「フォルツァンド家はシグムントとは別口で、方々へ書簡を送っています」
静かに放たれた、しかし無視できない内容を、フリギアは険しい表情で受け止める。
「フォルツァンドが介入するとは、いや、当然か」
低い呟きに、アルナは小さく頷いて、続ける。
「フリギア様のお眼鏡に適った鍛治が、ミノア様へ杖を贈呈することになったと。折角の機会なので懇親も兼ね、杖の披露会と実演を行いたい…という内容です」
「人様の『所有物』に対し、目に余る行動をとれば…か。披露会とやらの場所と日程は」
「何分、急なことなので、追って連絡するようです」
「上手く誤魔化したな。杖が完成した途端、決まるのだろう」
「恐らくは」
押し黙ったレガートに代わり、同じく事情を知っている部下からの説明。
どこまでも一方的で高圧的な動きに見え隠れするのは、事態を穏便に済ませようとする気がない、フォルツァンドの意気込み。
「………」
自身ではどうにも対処のしようが無い動きに、渋面を作るフリギア。
温和な表情に同情の眼差しを浮かべたアルナは、申し訳なさそうに続ける。
「フリギア様も知っての通り、フォルツァンド家はシグムントとは比較にならないほど、周囲への影響力があります」
「…誰もが無視できんほどにな」
「はい。実際、既に多くの貴族たちが興味を示し、参加の意思を伝えています。ですから、披露会とは名ばかりの、足の引っ張り合いが起きることは、確実かと」
「全く。下らんことに精を出す連中が多過ぎる」
各々、これをいい機会として捉えていること、何らかの思惑を持って参加することは間違いない。
それぞれの思惑がぶつかる場が、披露会が、平穏無事に終わるはずもない。
減ることがない頭痛の種を前にし、フリギアは過去を思い返す。
…偶然、任務を終えた途中で、賊と楽しそうに絡まれていた、危機感の欠片も持ち合わせていない、間の抜けた鍛治を助けた。
その前後での道中、様々な場面で惜しみない協力をしてくれたミノアへ、個人的に礼をしたかった。
だからこそ、鍛治以外では囮ぐらいにしか役立たない鍛治に、魔法師に欠かすことの出来ない、けれどミノアは所有していない杖を作らせ、それを礼とする。
ただ、それだけであった、あったはずが…現在の状況を生み出していた。
予想出来ない方向へ広がっていく動き。これを予測しなかったことを再度反省し、フリギアは先への対応を考え続ける。
「…家は『欠陥』であるミノアと、余計な人間たちの排除を。ファレイは目障りな君の排除を」
長い沈黙を解き、普段の調子に戻ったレガートが口を開く。
放出されていた魔力も抑えられ、宙を舞っていた紙片が次々に床へと落ちていく。
「それぞれ違う思惑だけども、その手段は一致するわけだよ」
「残念だが、上手く事を運ばせてやるつもりはない」
「さすがフリギアだ。頼もしいけれど、これから起きるであろう面倒事を確実に避けたいなら、シアム君に杖の製作を…」
「下らんことを言うな」
レガートの台詞を遮り、フリギアは鼻を鳴らす。
「元より、ミノアには礼をするつもりだった。そこで偶然、鍛治が引っ付いてきたため、礼を杖にしただけだ」
ただそれだけのこと、と言い切るフリギアへ、レガートは微笑を返す。
「良かった、いつものフリギアだね」
「お前も、分かりきったことを俺に問うな」
「すまないね。けれど、ミノアがあそこまで何かを楽しみにしているのは久しぶりなんだ。だから、その機会を奪うことはさせないし、そのために出来る限りのことはするつもりだよ」
「そうか。なれば尚更、外野の好き勝手にはさせん」
「普通ならフォルツァンドの名を聞いて萎縮するけれど…そういう所が、気に食わないのだろうね」
「どうでもいい話だ」
結局、どのような形であれフリギアがミノアへ礼をしようものなら、確実にフォルツァンドの横槍が入る状況であった。
そうレガートは遠まわしに伝え。
今更のことだ、とフリギアと二人、頷き合う…が、レガートは悪戯めいた光を目に湛え、フリギアを見上げる。
「ところで、フリギア。シアム君のことだけど」
「アレがどうした」
「いや、さ。君は『引っ付いてきた』と言うけれど、『強引に連れて来た』の間違いではないのかな、と」
「まさか。鉱山への入山許可証をぶら下げたら、一も二もなく食いついてきただけだ」
「それはそれは…」
臆面もなく断言したフリギアへ、小さく吹き出すレガート。
勝手に付いてきた、と言い放った当人はその反応を無視し、鋭い目を肩を震わせているレガートへと向ける。
「レガート、頼むぞ」
「こちらこそ。今度ばかりは私も、レティシアも容赦しないよ」
楽しそうに笑いながらも、レガートの目には強い決意を湛えた光が宿る。
「となれば…」
当然のように、家族を排除するために動く家。
その家に、敵対すると宣言する家族。
そして、この状況を大いに利用するであろう、城内に蔓延る貴族…達。
「…昨日までのように、背後を洗う必要は無い、と言っておれんな」
素早く頭を切り替え、これから更に介入してくるであろう貴族たちを減らすために、フリギアは作戦を立てていく。
ちら、とその目が横へ向けば、レガートはその意を正確に理解し、肩をすくめてみせる。
「私は大人しく、ここで研究をしているよ」
「そうなるか」
「家から余計な介入を受けないようにね。ただ実際の所、看過されているだろう…」
言いかけ、レガートは軽く指を鳴らす。
突然耳に入ってきた聞きなれない音に、半分思考に沈んでいたフリギアの意識が向く。
「どうした」
「妨害…防音魔法を展開しただけだよ」
「うん?」
周囲の音を遮断する魔法を展開し、即席の、密談場所となった室内でレガートは口を開く。
「実は今、魔法の発動を妨害するため道具を、作製しているところでね」
「発動を…妨害?」
「レガート様の命で、私が」
突然の話に眉を寄せるフリギアに、魔法具の作製を任されているというアルナが小さく首を動かす。
「そのようなものを使用して、問題はないのか。それでは…」
今の今でこの話題。当然、その魔法具は『披露会』で用いるためのもの。
だからこそ、実演も兼ねた披露会で使用すれば、ミノアの魔法が失敗するのでは?
このフリギアの疑問を読み取り、レガートは心配することはないとばかり、余裕の笑みを浮かべてみせる。
「あの子に影響を与える道具なんてそうないよ。当然、家の人間にも影響はないけれど」
「フォルツァンドには影響がない…成程、対シグムントということか」
「そう。正確には、ファレイを含む他の魔法師用だね。完成すれば、ある程度の魔法師は無効化できる」
「余計な横槍が減るのは歓迎だが、間に合うのか?」
「アルナ」
「はい」
フリギアの率直な問いかけに、アルナは自信を持った頷きを返す。
「既に試作品は完成しているので、後はそれを改良、調整するだけです。完成は三、四日後を予定しています」
「遅くて四日後。『披露会』とやらに間に合えば良いのだがな」
「詳しくは不明、と伝えているようだけれど、大まかには決めていると思うよ。それに、こういった情報については、アンスリムの方が詳しいんじゃないかな?」
「ああ…そうだな」
レガートの指摘に、フリギアは得心の表情を浮かべる。
表では商売を、裏では諜報を。その二面で繁栄しているアンスリム家の娘である許婚を、クラヴィアを、フリギアは頭に描く。
「何か分かれば私にも教えて欲しい。ただ、杖が完成する時間や、ファレイたちが『準備』をする時間も考えると、すぐさま開催、ということはないだろうけれど」
そうでない場合もあるから、とレガートは懸念を示す。
妥当な意見にフリギアは頷きかけ、何かを思いついたように眉を持ち上げる。
「ならば次いでだ。カーライルにも連絡をしておくか」
「えっ? カーライル? 確かに彼が協力してくれたら助かるけれど、突然の話に乗るのかい?」
「心配するな。第一、アイツにとっては突然の話でもあるまい。ファレイやフォルツァンドが様々な貴族たちへ話をしているならば、アイツの耳に入らないわけがない」
「まあ、そうだろうね」
かつて、エルフのドゥールが『腹黒天使』と楽しそうに評した男の名を上げるフリギア。
良い案ではあるが…と頷きつつも乗り気ではないレガートに、唇を吊り上げてみせる。
「それに…アイツは必ず食いついてくる」
「その根拠は?」
突発的な思いつき。にも関わらず、自信に満ちた表情を浮かべているフリギア。
その様子に不審を隠そうとしない質問が飛んでくれば、益々フリギアの口元が吊り上る。
「『面白そう』だろう?」
「ああ……そう、だね…とても納得したよ」
喜ぶべきか、呆れるべきか、と微妙な表情になったレガートは、フリギアの言葉に同意する。
そのまま再度指を鳴らすと、今一度、気を引き締めた顔でフリギアを見上げる。
「フリギア。ミノアは私たちが守る。シアム君のことは…頼んだよ」
「言われるまでもない。だが、どいつもこいつもアイツを過大評価し過ぎではないか?」
落ち着きがない子どものような男を、屋敷で籠っているだけの青年を思い浮かべ、フリギアは納得し難いと言った体で零す。
その姿を前にした二人、何故かアルナが驚いた様子で瞬きし、おずおずとレガートの耳元で口を開く。
「レガート様、もしかしてフリギア様は、その」
「どうやらそうらしい。珍しいこともあったものだ」
「ですが、何故」
「それこそ…」
「レガート、何の話だ?」
「なんでもないよ」
突然目の前で、素早く言葉を交わす二人へ、フリギアの問いが飛ぶ。
しかし、レガートは軽く笑うだけで答えはしない。
「おい。誤魔化すな」
「誤魔化すだなんて。私は君にこれ以上厄介…いや、面倒事を増やしては可哀想だから口を噤んでいるというのに」
「もって回った言い方を…」
「ああそうだ! 君は職務が立て込んで忙しいと聞いているよ。早く戻らないと君の部下たちが…」
「おい待てレガート」
強引に話を逸らそうとするレガートに、けれどフリギアは食い下がる。
「流れからして、あの阿呆に関係する話か」
「そうだね」
「重要なことか?」
「いいや。それなら素直に話しているよ」
「本当か?」
「勿論だとも」
「………」
「………」
レガートの面白がるような笑みと、フリギアの憮然とした表情がぶつかる。
数秒でフリギアが目を逸らし、身を翻す。
「ならいい。すまんな、長居した」
「私こそ、この時機に話ができて良かったよ。アルナ」
「はい」
名を呼ばれ、アルナは退室するフリギアを先導するように立つ。
「フリギア様、こちらへ」
「ああ。失礼する」
軽い世間話を交わしつつ、アルナはフリギアをレガートの執務室、研究室の入り口まで案内する。
レガートの部下は別れ際に、フリギアが抱えている木箱を、中の結界石を示し口を開く。
「その結界石ですが、定期的に魔力を込めなければ力を失ってしまいます」
「ふむ。だが、数日は持つのだろう?」
「数十日は持ちますので安心して下さい。恐らく、今回の事態が落ち着いたぐらいに魔力が枯渇すると思われます」
「予想以上に長期化すると不味い、ということか」
「そうですね。なので、この件がひと段落したら、こちらに結界石を持ってきて下さい」
「…どういうことだ?」
結界石を求めた原因である襲撃、そこに繋がる『披露会』が終われば当然、返却するつもりであったフリギア。
けれどレガートの部下は、長期間それを必要とするような言い方をする。
「レガート様は、ミノア様の杖のお礼も兼ねて、その結界石をフリギア様に差し上げるようなので」
「そういうことか。有難いが、これ以上フォルツァンドに睨まれたくないのでな。悪いが、これは今回限りで使わせてもらう」
「それが出来ればよいのですが…」
重ねて意味深長な発言をするアルナを視線で問うが、微笑まれるだけで望んだ答えは返ってこない。
睨みつけるような視線にも、柔和な雰囲気を崩すことなく、アルナは口を閉ざしたまま。
「………」
フリギアは釈然としない面持ちで、それでもアルナへと再度礼を述べ、レガートの部屋を後にした。




