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第79話(謀)

 フリギアの頭痛の種が増えた、その翌日。

 長期任務の間中フリギアがいないから、と事務仕事を溜めていた部下たちに怒りの鉄槌を下し、容赦なく追加の仕事を命じ。

 嘆く部下たちを放置し、色んな意味で今後の対応に頭を悩ませていたフリギアがやってきたのは、城の一室。


 そこにいる人物。


「…なるほど」


 作りかけと思しき魔法具や、用途が分からない魔法具が転がり、計算式のようなものが書かれた無数の紙が散らばる部屋。

 床から積まれている本は天井付近にまで届き、少しの衝撃を与えれば崩れそうだが、魔法で支えられているらしく、崩れることは無い。

 どこまでも混沌としているように見えるが、他の魔法師たちに比べて綺麗な部屋の中。


 膨大な紙の束に埋もれたレガートを探し出したフリギア。

 突然の訪問を詫びたうえで事情を説明すれば、レガートは得心したように首を縦に振る。


「私が『心当たり』ということかい?」

「その通りだ。急で悪いがレガート、数日の間でいい、家屋を補強するような魔法具を貸してくれないか」

「補強…防御用の魔法道具だね」

「あるか?」

「ここは魔法具の保管庫でもあるからね。骨董品から最近開発された物まで、大小様々あるけれど、何か希望はあるかな?」

「いや。大きさや形は問わん」


 続けるレガートにに拒否の色が無いことに一先ず安堵し、フリギアは言葉を重ねる。


「急なことだとは分かっているのだが、俺にとって都合良い相手がお前しかおらん。無論、礼も…」

「礼なんて必要ないよ」

「レガート?」


 珍しく強い否定を含んだ声に、疑問の目が向けられる。その視界に映るのは、普段と変わらず穏やかな顔を浮かべたレガート。

 但し、その目だけは強く、鋭く輝いていた。


「『杖』のことでこの状況を招いているのだから、私が協力するのは当然だよ。アルナ」

「はい、お呼びでしょうか」


 左右を紙の山に囲まれていたレガートは、自ら席を外し、外で待機していたアルナを呼び出す。

 返事と共に、薄い、青色のローブを着たレガートの右腕は、上司と同じような雰囲気を漂わせて姿を見せる。


「四番倉庫に置いてある私の『石』を出してきてくれ」

「すぐに」


 何の前置きもない、突然の命令。

 けれど疑問の表情を浮かべることもなく、微笑むアルナは頷き身を翻す。


「手持ちの中で、それなりの効果を持った魔法具を貸すよ。あまり強い魔法具だと、余計な疑惑を生みかねない。だから、そこは了承して欲しいけれど」

「いや。貸してもらえるだけでも助かる」

「フリギア。礼はいらないよ」


 アルナを真剣な目で追いかけたレガートだが、フリギアに戻った顔は笑みを浮かべていた。

 魔法師にしては物腰が柔らか過ぎる、レガートらしくない態度に疑問を覚えるも、彼が口を開くのを前に黙る。


「それにしても早速襲撃されたのだね。人気者は辛いね」

「よく言う。俺はお前たちほど人気はない。ただ、屋敷にアイツがいると分かっているからな、連中も遠慮せず訪問してくる」

「場所が割れている、というのもあるだろうけれど…やっぱりフリギアが人気者だから、遠慮せずやってくるのではないかな?」

「いらん人気だな。昨日であの程度、ならば今頃も、か」


 自身のことにも関わらず、やれやれ、と他人事のように肩をすくめるフリギア。口では愚痴を溢しつつも、そこに危機感はない。

 けれど、レガートは友人の災難へ、同情を示すように小さく頷いて背後を、部下が出て行った方向を見やる。


「今、アルナ取りに行かせたのは魔法具の中でも結界石と言われるものでね。守護したい範囲を囲むように石を設置すれば、それだけで効果を出す魔法具だよ」

「ああ、あれか。以前…」


 簡単に説明された装置に聞き覚えがあったのか、軽く相槌を打つフリギア。

 が、次の瞬間には、ちょっと待て、と動きが止まる。


「レガートよ。それはフォルツァンドの」

「だからこそ、効果は折り紙付きだ」


 何かに気付いたらしいフリギアは、若干早口でレガートへ問いただす、も、先を言わせないレガートを前に、口を閉ざす。


「すまんな」

「何度も繰り返すけれど、フリギアが気に病む必要は一切ないのだからね」

「だが、礼は言わせてくれ」

「ふふ。まったく君らしいよ」


 互いが互いの態度に苦笑を交わす。と、二人の耳に足音が近づいてくる。


「失礼します。『石』をお持ちしました」

「来てくれ」


 遠くから飛んでくるレガートとフリギア、二人の視線を受けて、アルナが部屋へ足を踏み入れる。

 その手には蓋の無い簡素な木箱が抱えられており、その中には四つの透明な石が鎮座している。


「どうぞ」

「ご苦労。アルナ、戻らないでここにいてくれ」

「はい」


 レガートは差し出された箱を受け取とると、そのままフリギアへ渡す。


「フリギア、これが結界石だ。既に使える状態になっているから、そのまま持って帰って平気だよ」

「すまんな。屋敷に戻ったら早速使うか」

「数十日程度効果は持つから心配しないで。それに、普段は君の世話になりっぱなしだからね、役に立ててなによりだよ」


 物珍しそうに箱へと目を落とすフリギアに、レガートは微笑みを見せると、そういえば、と思い出したかのように話始める。


「先日、ファレイが不穏なことを話していってね」

「ファレイ? シグムントがお前に何の話をするというのだ」


 ファレイ=シグムント。

 

 昨日、クラヴィアからも聞かされた名前に、自然とフリギアの声は硬くなる。

 身構えるフリギアを前に、レガートはアルナと顔を見合わせ、口を開く。


「実は、フリギアが戻ってすぐにファレイが僕らのところに来てね。ねえアルナ」

「はい。突然姿を見せて、ミノア様の杖と、杖の作製を任された鍛冶について聞いきました。小耳に挟んだが、本当のことか、と」

「それで」


 不機嫌そうに先を続けさせるフリギアへ、何かに納得した様子でレガートは続ける。


「杖が完成した暁には、是非ともその仕上がりを目にしてみたい、と遠まわしに言ってくれてね」

「………」

「杖自身もそうだけれど、ミノアに使わせてみてはいかがか? とも言っていたかな」


 まさに何かしそうではないかな? とレガートとアルナが揃って目を向ければ、フリギアは機嫌の悪さを示すように押し黙る。


「あの方が言うには、他の方もその意見に賛同し、杖を作製した鍛冶も呼んで披露させれば、彼のためにもなるだろう、と」

「城内で行えば、より広く、より多くの人間にその素晴らしさが伝わるだろう、だなんてわざとらしく付け加えてくれてね」

「…聞き覚えがない話だ」

「そのようだね。君だけには、直前、杖が出来上がりそうな頃を見計らって話が来るのではないかな」

「………」


 フリギアに準備させる間もなく、完成した杖をシグムントと彼に賛同した人間たちの前で披露させる。

 無事に済めば良い。がしかし、その場で何か起きたら。特に城内にいるはずの、王族を害するようなことが起きれば……


 レガートのからかいを含んだ声に、フリギアは嘆息してみせる。

 あいつら、と虚空を睨みつけ、吐き捨てるように呟く。


「最近やたらと視線を感じていたが、なるほど。全く、どいつもこいつも」

「私を共謀にしたいのか、必死に誘おうとしているのが滑稽だったよ」

「あろうことか、レガート様はフリギア様と不仲であるから、その素晴らしさを…などと言っていましたね」


 近くで二人の様子を見ているアルナが、呆れた様子で微笑すれば、フリギアは積み重なった本へと目を向ける。


「どこまで曲解すれば、俺とお前が不仲だと思えるのか、聞いてみたいものだな」

「さてね。ただ、フリギアは誰のところに行くにしても不機嫌そうだから、友人が少ないと思われているようだね」

「下らん」

「もっと愛想よく接すればいいだけのことだよ?」

「知るか」


 からかうような指摘に、フリギアの顔は益々レガートたちから遠ざかる。


「シグムントめが…俺が悪逆無道の人間だと吹聴しているだけあって、行動力だけはあるな」

「そうだね。既に複数の人間がその気になっているようだよ」


 常日頃からフリギアを目の敵にしているシグムント。

 比較的フリギアと接触する機会が多いレガートにまでその話が及んでいる。とすれば、シグムントの計画は確実に、そしてフリギアに露呈しないように、と水面下で進んでいくであろう。

 更なる災厄の気配に、眉間の皺が深くなっていくフリギア。


「しかし、何を仕掛けてくるつもりなのか」

「彼のことだから、妨害工作にしても、魔法が関係するものだと予想できるけれど」

「また魔法、か。悪いがレガート、俺はあまり魔法には詳しくない。お前は、シグムントがやりそうなことが…分かるか?」

「そうだね。すぐ思いつくのは、シアム君が作った杖に細工をすること、ミノア自身に細工をすること、杖を披露する場所に細工をすること。この三点かな」


 恐らく、先日シグムントから話を聞いた直後から考えていたのだろう、フリギアの問いかけに、レガートは淀みなく述べていく。

 顎に手を当て、フリギアは考え、レガートに鋭い目を向ける。


「具体的には」

「ファレイも一応、魔法師の家系ではあるから、杖を暴走させて使い手を負傷させる、という細工はどうだろう」

「ミノアへの細工というのは」

「それは実力が全く持って足りないから不可能だよ、フリギア」


 そこだけ相手を蔑むような笑みを浮かべ、続ける。


「杖を披露する場所については、まだ案の段階だから、とファレイは口にしなかった。だからこそ、これが最も可能性が高いね」

「物へ魔法的な細工を施すためには、一度実物を手にしなければなりません。ですが、特定の場所に細工をする場合であれば、予め仕込んでおくことが可能です」

「なるほど」


 城は広い。杖を披露する場所、としてすぐさま複数の候補が挙げられるほどに。

 だからこそ、場所を直前まで明らかにしなければ、細工を施すことは簡単であり、それを発見させないよう手を打つことも楽である。

 加えて、魔法による妨害を行う場合、事前の仕込みさえあれば、遠距離から展開させることもできる。


 …犯人自身を、事件と無関係にすることも可能。


「念のため、部下を城内警護の名前で見張りに回している。ただ、この広い城内全てを網羅できるわけではないから困っていてね」

「お前、そこまでしているのか」


 細工をされる『可能性』がある。その段階で、自分の部下を介入させる。

 確実性がなければ動かない、というレガートらしくない行動に、フリギアは軽く驚く。

 けれど、レガートの目は真剣そのもの。笑みも引っ込み、普段の穏やかさは鳴りを潜める。


「当然だ」


 代わりに現れたのは、冷酷な魔法師の姿。遠くを睨み付けるその姿は、まるで別人。

 制御していた魔力が溢れ出し、周囲の紙が宙を舞う。


「ミノアの晴れ舞台を、家族だけでなく、あの男にまで邪魔などされたくないのだよ」

「家族…おい、まさか……まさかフォルツァンドも介入する気なのか!」













 最近、誤字脱字がないか気になって眠れない…なんてことはない日々を送っております。

 しかし、遅くなりまして申し訳ありません。お待たせしました。

 そして、他に書くこともないので、これにて失礼をば。

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