第78話(謀)
「…以上になりますわ」
「後始末までさせてすまんな」
「当然のことですわ。ですけど、フリギア様…」
「どうした」
「その、私、出すぎた真似をしてしまったのかと心配で。お怒りではなくて?」
「何を言うかと思えば。逆だ」
「逆、ですの?」
「ああ。俺こそ、クラヴィアの力を頼りにして怒られるのではないかと、な。それに、今回は良かったが、万一負傷でもされたら、気が気ではない」
「ま、まあ! そのようなこと、フリギア様が気になさる必要は……でも嬉しい…ですわ」
「だからこそ、クラヴィアはアンスリムに戻っていた方が良いと思うのだが」
「そんな! もっと私を頼りにしてくださっても! あ、あの…その…頼りにしていただければ…」
「無論、頼りすぎぬよう手は打っているが」
「安心なさって。私も出来る限り協力しますわ。では、迎えの者を待たせているので、帰らせていただきますわ」
「見送りだけで悪いな。気をつけてくれ」
「え、ええ!」
夕方、城での雑務を終えて戻ってきたフリギア。門前で、染み一つないドレス姿のクラヴィアから、数時間前まで起きていた事の報告を受ける。
諸々の情報を脳内で整頓するフリギアを前にして、頬を上気させたクラヴィアは、今後の情報収集も兼ねて名残惜しそうに帰宅していく。
クラヴィアの家、アンスリム家の紋章を掲げた馬車が小さくなっていく様を見届け、背を向けたフリギアは、月光に照らし出された夜の庭へ足を踏み入れる。
「相当派手にやったな」
一瞥した分には等間隔に伸びた木々といい、芝が隙間無く生えた様といい、整備されたように見える。
が、目を凝らせば幹には真新しい傷が付き、芝も所々抉れた箇所を戻した形跡がある。随所に転がる戦闘の痕を認め、自然とフリギアの口元は苦笑の形を取る。
同時に、二階の一室でうっすらと明かりが灯っていることも確認し、屋敷へ足を進めていく。
「坊ちゃん、お疲れ様でした」
「坊ちゃま、お帰りなさいませ」
「ああ。二人とも、普段以上に嬉しそうだな。何か楽しいことでもあったか」
「やだもう、坊ちゃんったら! 分かってるくせに!」
屋敷に入れば入ったで、見慣れぬ傷が増えた壁に、交換された、もしくは見覚えがない金属製の調度品が置かれ、主人を出迎える。
それらと共に扉の左右で控えていたサフォーとアザレアが揃って同じような表情をしているのを前に、フリギアは苦笑度合いを強める。
執事が前に出て、食堂へと手を向ける。
「坊ちゃまも色々あってお疲れでしょう。そこで一つ、食事でもいかがでしょうかな?」
「ですです! 私もお腹すいたし、早く夕食にしましょう!」
「そうだな。では、お前たちの話でも聞こうとするか」
見るからに昼間起きたことを話したくて仕方がなさそうな執事と女中と三人で、食堂へと移動する。
「…と、いうわけで、表からのお客様が十五人で」
「裏口が七…八人、でしたな」
主人と、執事と女中が同じ部屋で、同じテーブルを囲んで食事を摂る光景。
婚約者から聞いた話と、眼前の二人から聞いた話をつき合わせ、フリギアは眉を寄せ若干呆れた様子で呟く。
「二十三、か。初日から景気がいい話だ」
「そうでしょうか? お父上がこちらで職務に従事していた時分には、数倍の来客があったものですが」
「え、そうだったの? じゃあ、毎日賑やかだったんじゃない?」
「それはもう。あの頃は四方八方より来客がありまして。振り返れば、実に充実した日々を過ごしていたものですな」
「いいな、いいな。お爺ちゃんだけいい思いしちゃって羨ましい」
サフォーの昔を懐かしむ様子に、アザレアが羨望と嫉妬が混じった眼差しを向ければ、フリギアは半眼で二人を見下ろす。
「お前たち、物足りないとでも言いたいのか?」
「はいっ!」
「ええ、と言いたいところですが、坊ちゃまに叱られそうなので止めておきましょうか」
「………」
「一つ問題がありまして」
露骨な沈黙を無かったことにし、執事はわざとらしく眉を寄せ、隣で美味しそうに食事をしている女中へ目を向ける。
「私共の『説得』で『お客様』が『お帰り』したところまでは普段通りなのですが…」
「が?」
「困ったことに、アザレアが悉く首を刎ね飛ばしまして」
「…またか」
「はい。また、でございます」
サフォーの報告に返ってきたのは深い、深い溜息。執事は神妙な表情でそれを受け止め、頷いてみせる。
自然と四つの目がアザレアに向き、無言の視線に気付いた女中は手を止めて首を傾げてみせる。
「あらら? お二人ともどうしたんです? なんか私、悪いことしちゃいました?」
「首を飛ばすのは、少々やんちゃし過ぎではないかと」
「ええっ? だって『お客様』の首の上に頭が乗っかってたら、飛ばしたくなるじゃない? なるでしょ?」
「なるか。相手は魔獣や魔物ではないから止めろと、その癖は後始末が大変だから治せと、散々言っただろうが」
「あれれ? そでしたっけ? そだったかなあ…?」
若干の怒りが混じった声を受けるも、アザレアは心底心当たりが無さそうに首を捻り、実に適当な様子で記憶をさらい始める。
眼前の、実に既視感溢れる光景。フリギアは即座に手を振って、その行為を止めさせる。
「アザレア、頼むからアイツみたいな返答と行動をせんでくれ。もういい、サフォー、後はお前に任せる」
「そうですな。そこはアザレアですので、諦めましょう」
「おい。部下の教育を放棄するな」
「では、お言葉に甘えまして。話を続けるとしましょう」
「人の話を………もういい、勝手にしろ」
「アザレアのお陰で、外がもう酷い有様でして。賊、ではなくお客様の処分、ではなく…処分よりも庭掃除の方に時間を取られまして」
「クラヴィアの部下も使ってか」
「ええ。お手を煩わせてしまいましたな」
クラヴィアの好意で、この屋敷には現在も、令嬢から借り受けた六人の部下が気配を消して潜んでいる。
フリギアは、彼らがいるであろう階上を仰ぐ。
その視界に映るのは、精霊石を装填した簡素な灯りと、大小様々な斬撃の痕。
暫くそれらに目を向けた後、顔を戻し、フリギアは再び食事に戻る。
「アザレア」
「はいはい、なんでございましょうか?」
「これからはもう少し、いや、かなり穏便に済ませろ」
「かなり?」
「出来んとは言わせんぞ」
「そりゃあできますけど…でもやっぱりほら、勢いって大事じゃないですか! こう…スカッと飛ばして気合を入れ直さないと!」
得意の槍で、招かれざる客たちの首を刎ね飛ばした張本人は、語った勢いもそのままに、こんがりと焼かれた肉へフォークを突き立てる。
誰かを彷彿させるような言葉と行動。フリギアは渋面で受ける。
主人だろうがなんだろうが、相手の反応を一切気にせず、アザレアは笑顔のままフォークが貫通した肉を持ち上げて続ける。
「お掃除も、ちゃんとしっかりやりましたっ! だから大、丈、夫ですです!」
「全く大丈夫には見えなかったぞ」
「ええっ? ちゃんとやりましたよ?」
「…まあいい。それで、サフォーの方は」
「それが…」
まともに相手をしていられない、と投げかけられた問いに、執事は無念そうに首を振る。
続けて、自らの手へ視線を落とし、その時の記憶を確かめるかのように開閉する。
「…手ごたえが無さ過ぎまして、消化不良でございます」
「誰もお前の感想なぞ聞いておらん」
「これは手厳しい」
フリギアの冷たい指摘に、サフォーはすぐさま言い直す。
「目立った被害はないですな。それと、お客様にお訊ねしたところ、どうやら今回の、正面と裏口からの襲撃は依頼した者が別とのことで」
「俺は依頼されただけだから悪くない! って言われてもねえ…皆、正々堂々、坊ちゃんと真正面からやりあえばいいのに」
「ほっほっほ。中々そうもいかないでしょう」
王宮に『魔王』の名が轟くフリギアと、正面から敵対する気概も実力もない。
そうこうする内にも、フリギアは数々の任務で確実に成果を挙げ続け、今回の長期任務では凄腕の鍛冶までをも連れてきた。
更に漏れ聞いたところでは、魔法の権威であり、数多くの魔法師を排出している名家、フォルツァンドの『娘』へ杖を製作しているという。
ただでさえフリギアのことを重宝がっている王族らに対して、彼の覚えをこれ以上良くしたくない。
『これ以上、フリギアに力をつけてもらっては困る』
そういった新興貴族たちの考えが無駄に一致した末が、先ほどまでの襲撃として現れたのであった。
「真正面からくれば、容赦なく潰してやるというのに」
「それが嫌なら、襲撃なんてかけなければいいのに」
アザレアは不満そうに呟き、ナイフを扱う。
「最近の若者は根性が無くて悲しいことです」
嘆くサフォーは、言葉とは裏腹に優雅な動作で茶を飲む。
「根性入れてきても困るだろうが。こちら側の人数は限られている」
少数精鋭であるフリギアたちの人数は、十人にも満たない。他方、相手は金と伝手と時間が許す限り、人数に制限を設けず襲撃をかけられる…
と、分かりきったことを告げるフリギア。
だが、女中と執事はその言葉を受けた途端、双方目に闘志を燃やしてみせる。
「坊ちゃんたら何を言うんですか! 数じゃないですよ! 質! 質!」
「ほっほっほ、たまには焦ってみたいものですなあ」
「お前たちには、何を言っても無駄だな。むしろ逆効果か」
一瞬の諦念を見せ、フリギアは改めて屋敷を攻める手段を考える。
「…罠は考慮せんでいいか。となればやはり遠距離……魔法、か」
「魔法は怖いですよねえ。いくらお屋敷が耐魔法仕様でも、限度がありますし」
「そう、だな…」
貴族やそれに近い人間であれば、闇討ち襲撃はある意味伝統行事でもある。だからこそ、随所に対策が練られている。
特に、ミノアの実家は外からだけでなく、屋敷の中で大規模な魔法を展開しても傷一つつかないほど、頑強な防御魔法が構築されている、という噂もある。
他方、『お古』の屋敷を譲り受けたフリギアの棲家は、中程度の強固さ。中規模な魔法を展開された場合、屋敷の壁に痕が残ってしまう程度の防御力。
当然、それを乱打されれば屋敷が落ちる可能性が出てくる。
「アイツが引き篭もっている間だけでも、魔法師を雇うか…?」
思案に暮れるフリギアが呟いた瞬間。
外が目が眩むほどに光り輝き、間髪入れず雷鳴が轟く。
「わわわわっ!」
「信頼にたる魔法師、か…」
一瞬でテーブルの下へと隠れるアザレア。サフォーは優雅に食事を続ける。
突然の落雷にも動じることなく、考えを巡らせ続けるフリギア。
「わ、わ、わ!」
「アザレアは雷が嫌いですか」
「だ、だってだってえ…」
隠れたアザレアは雷から身を守るためか、頭頂部を両手押さえたまま顔を覗かせると、サフォーを恨めしそうに見上げる。
「雷、槍に落ちる! 怖い! しかも最近多い! もうヤダっ!」
「戦闘時は雷雨でも平気で振り回しているでしょうに。して坊ちゃま、魔法師を雇うならばギルドへ依頼を出しましょうか?」
「そう……いや」
執事の問いかけに、フリギアは一瞬首を縦に振りかけ、横へと動かす。
「止めておく。下手に情報を漏らせん」
「ふむ。私共が魔法に対して対抗手段を持たない、という事実。表に出来ませんな」
「…しかし、こうなると分かりきっていたはずだ。なのに、何故アレをここまで連れてきたのか。何故、ミノアの杖を作ることに協力したのか」
らしくない、と自身の行動理由が分からず呟くフリギア。
と、そこでテーブルから這い出たアザレアが左右を見回して危機が去ったことを確認し、何事もなかったように食事を再開する。
「仕方ないですって! 坊ちゃまは私たちと一緒で、目先の敵にしか興味ないし、だから未来のこととか魔法のことなんて考えない! ほら、仕方ないですよ!」
一転して普段の調子に戻る女中へ、フリギアは口元を緩めつつも眉を寄せる。
「…勝手な理屈を、嬉しそうに言うな」
「ふむ、なるほど。目先のみ、と。一理ありますな」
フリギアの視界の隅では、アザレアの言葉を首肯していたサフォーが映る。
鋭い視線が執事へ突き刺さるも、執事は普通に視線を合わせ、普通に口を開く。
「して坊ちゃま、如何いたしましょうか」
「…心当たりがある。明日会ってみるが、それまで何事もなければ、な」
「そう不安にならずとも、ただの魔法であれば、私どもでも対処できますので、ご安心を」
「それに、向こう様がすっごく強い魔法師を雇えるかって話ですけど。そういう人って頭いいし、坊ちゃまのこと分かってるから、手を貸さないんじゃないですか?」
「大部分はアザレアの言う通りだろうが、どこにでも例外はいる。くれぐれも驕るなよ」
「はいはい」
「分かってますって!」
真面目に忠告しているにも関わらず、どこまでも軽い調子で首を縦に振る二人。
「先ほどからだが、お前たち、俺の言うことを理解しているのだろうな」
「無論。これほど身を引き締めているのは、久しぶりでございますぞ」
「はいはいはい! 私はちゃんと理解してますよ! ホントですよ!」
「…………」
真剣、の二文字とは遠く掛け離れた返答に、最近増えてきた溜息を吐くフリギアであった。




