第72話(謀)
「こんなに早く材料が集まるなんて、本当にナントカ国って凄いや!」
「そうだな。しかしシアムよ…敢えて訊ねるが、お前は一体何を作るつもりなのだ」
「……へっ?」
フリギアの家、もといお屋敷へと戻る途中で、唐突に訳が分からないことを訊いてくるフリギア。
えっと? 何を作るつもりだ、って?
「えっ? え?」
「いやいい。なんでもない。聞き流せ」
「えっと……フリギア…?」
「すまん。愚問だったな」
「変なの? まさか、どっか調子でも悪いの?」
「いや…」
奥歯に物がはさまったような言い方が、らしくなくて不審過ぎるんだけど。
だなんてフリギアの顔を見れば、険しい眼光にぶち当たって即座に視線を逸らす。
なんだろう、この、色々もやもやして仕方がない感じ。
どう見ても僕が購入したのは杖の材料なのに、どうしてフリギアは何を作るかだなんて訊いてきたのか。
フリギアが牽いてる台車に鎮座してる呪鉱石と、僕が持つ革袋に詰まった精霊石。
この組み合わせで、他に何を作るっていうんだろうか。ううむ。
「お前はミノアを呪う、わけではないな?」
「…えっ? あ、うんうん! ミノアならどんなに呪われた杖でも、きっと平気な顔で使うよね!」
「どんな聞き間違えをしているのだ。俺は、お前がその道具を使用してミノアを呪うのではないか、と危惧しているのだが」
「だよね、やっぱりフリギアもそう思うよね。でも、これ以上呪力が詰まった材料っていうと、魔物の角とか悪魔の血を浴び続けた石とかで、手に入れるのが難しいからさ。そこは我慢してもらって」
「どうすれば、ここまで会話が成り立たんのか」
「そりゃそうだよ。魔物と会話なんて無理無理。悪魔なんて、僕会ったことないし」
「いや、だからな…」
「そう言うけど、フリギアも当然分かってるだろうけどさ、さすがに根性でどうにかなるものじゃないって」
「………」
武器を持った一団が忙しそうに僕らの前を通り過ぎ、市場や屋台では世間話に花を咲かせる人たちが見える。
遠くの方じゃ、高らかに楽器を鳴らす集団に人が集まり、皆、その音に聞き惚れている。
子どもたちが我先に、と近くの公園に向かって駆け出す。そして、遠くから聞こえてくる、低い低い唸り声。
いやはや、実に平和な光景…………………んっ?
「今! 今聞こえた! 同じ声! ほらやっぱり何かいる!」
「喧しい。突然叫ぶな」
「だってだって! なんか向こうから!」
「俺が理解できるように説明しろ。全く、何を見つけたと」
明らかに、活気溢れる平和な城下町っぽくない唸り声が聞こえたんだけど!
「いやおかしいって! フリギア、聞こえないの? 唸り声だよ唸り声! 昨日言った、アレ!」
「唸り声だと? いや、俺には聞こえなかった。どこから聞こえたと」
聞こえただろう方向に顔を向けると、フリギアが耳を押さえて顰め面で見下ろしてくる。
ていうか、そんなのどうでもいい。とにかく、その方角を指差す。
「多分、こっちから聞こえた、と思う」
「多分? 思う?」
「ええと! 兎に角聞こえたんだって! なんか肉食で凶暴そうな魔獣っぽい唸り声!」
「なんだ、その喩えは」
今は日も高いし、晴天。前回とは比較にならないほど見通しもいい。
だから、今度こそ魔獣っぽい唸り声を上げる何か、を見つけてフリギアを見返してやらないと!
「あの声だし、かなり大きな魔獣だと思ったりしたいんだけど…」
「魔獣? 小動物と間違えているだけでは」
「いやあ……あんな凶悪な唸り声をあげる小動物、いて欲しくない」
呆れたような声から想像しかけて止める。それよりも、まずは唸り声の主を探さないと!
って、魔獣どころか、野生動物の影すら見つからない。
「おっかしいなあ…」
声は聞こえたのに。結構近くで聞こえたのに。でも、それっぽいのが見当たらない。
さすがに諦めるしかない…本当になんだったんだろう?
そもそも、僕に聞こえてフリギアに聞こえないというのが変だ。
逆なら納得でき……したくないけど、するしかないんだけどなあ。
「お前のみに聞こえているようだな。幻聴、ではないのだな」
「違う。聞こえた。絶対に聞こえた」
「ああ分かった。分かったから拗ねるな」
「拗ねてないし。ふんっ」
フリギアも僕と同じことを思ったみたいで、失敬なことを言いつつも一応周囲を確認してくれてたり。
だけど、若干人間離れしてるフリギアでさえ、それらしい姿を見つけることは出来なかったっぽい。
眉を寄せ、僕を見下ろしてくるフリギア。疑いの眼差しを向けられても、困る。
「やはりおらんぞ。聞き間違いではないのか」
「フリギアに断言されると、自信なくなってきた…けどさ、昨日の夕方も今日も聞こえたんだよ? そんな聞き間違いってある?」
「同じ声だったのか?」
「うん。なんか低くて、ゴロゴロ言ってて、怖い魔獣っぽい感じ」
胸を張って答えれば、何故だかフリギアはがっくし頭を前に倒す。
「お前な……もう少し、正確な表現をしてくれ」
「失敬な! どこが不正確なんだよ!」
「本当に、本当に武器以外はからきしなのだな…子ども以下、か」
「なっ? ひ、酷い! 分かりやすい言い方したってのに!」
「事実なのだが……ああ、丁度良い。シアム、見てみろ」
「むっ。なんなのさ」
フリギアは笑いながら立ち止まると、公園で遊んでる子どもたちに視線を向ける。
うん? 四、五人の子どもが、男の子一人を囲んでるみたいだけど…?
「なあなあ? しってる?」
囲まれてる男の子が、目を輝かせ、興奮した様子で手を握り締めている。
「え? なにを?」
「きかないほうがいいぜ。コイツ、またジマンしだすぞ」
「キツネがいるんだぜ! って言うんだぜ」
一人がそんな男の子に聞き返すと、他の子どもたちは男の子が何を言うのか分かってるらしく、小馬鹿にした笑みを浮かべてたり。
「うるさい! オレ見たんだからな! カミナリみたいなこえの、おっきなキツネ! ここにすんでるんだぜ!」
得意げに叫ぶ男の子。途端、周囲の子どもたちが一斉に口を開く。
「なんだよ、またかよ。こないだウソだって言ったじゃん」
「そうよ、またウソついて!」
「ウソついたらいけないって、かあちゃん言ってたぞ!」
うんざりとした顔をした子もいれば、ほうらやっぱり、と馬鹿にしたような笑みを浮かべた子もいる。
そんな全員に共通してるのは、男の子の話を信じていない、という一点。
総攻撃を受けても、男の子は怯まず、拳を握って叫ぶ。
「ウソじゃない! オレ見たもん! 黄色くて、ながいヒゲがあって、シッポが二つもあったんだぞ! オマエも見ただろ!」
「うん……でも、すぐいなくなっちゃった」
男の子が、さらに小さな男の子に返事を強制させると、他の子どもたちから非難の声が飛んでくる。
「あ、いじめた! そうやっていじめないの!」
「オレ見たんだからな! 本当だぞ!」
「そんなの、オレたち見たことないし! そんなのいないし!」
「ウソつき、ウソつき!」
そうして、男の子と他の子たちが喧嘩し始める……一部始終を、フリギアは見ていた。
勿論、僕も見ていた。
僕と子どもたちを見比べて、薄笑いを浮かべるフリギアを。
「子どもの方が、シアムより優れていたな」
「いやいや! そんなことないし! そもそも、あれ、ウソじゃん」
「嘘だとしても、具体例をしっかり出してみせる子どもが、お前より優秀だという話だ」
笑いを堪えながら、フリギアは歩き出す。
「む」
そうですか、僕は子ども以下ですか!
小走りでフリギアを追いかけ、抗議する。
「でも唸り声は聞こえたんだから! 本当だからね!」
「お前、先ほどの子どもと同じことを言ってるぞ」
「ち、違うし! 嘘じゃないし! 本当に聞こえたんだから! 本当だよ!」
「シアム、お前……」
肩を震わせ…とうとう我慢できず噴き出し、笑い声を上げるフリギア。
散々僕を馬鹿にするフリギアに、何か言い返さん、と意気込めば、雷鳴が轟く。
むっとしながらも、空を見上げてみれば…
「晴れてるのに……やっぱ変なの」
「そうだな。原因は不明だが、実害がないようで放置していたそうだ」
「ただ、雷鳴がするだけだもんね。雷が落ちてくる、ってことはないんでしょ?」
「ああ。しかし、流石に調査をすると言っていたか」
口元は歪んでいるものの、それなりに真剣な眼差しを空へ向けるフリギア。
雷鳴は一度大気を揺るがしただけで、その後天候が急に変わる、とか雷が落ちてくる、とかはない。
「調査? みんな慣れてるみたいだし、五月蝿いぐらいで被害もないんでしょ? 別に放っておいてもいいような?」
「そうやって慣れた頃に、この音に紛れて何かを起こそうと企む者がいる、可能性もある」
「はあ、なるほど」
「最近は頻度が高くなってきたようだからな。警戒しないわけにはいかん」
「そうだねえ」
「お前にとっては他人事だがな」
「そんなことないって。うん」
そうして、穏やかな日差しを受けながら、適当に会話しつつ、フリギアの家に戻る僕らであったとさ。




